夏を掴んで離さない

一度秋が訪れたのに、また夏に戻った。
気が早く、もう衣替えをしてしまったから、汗が噴き出るような暑い日でも、七分丈で痩せ我慢していた。
なのに、来週からまた気温が下がるらしい。
もしかしたらこれが今年最後の夏日かもしれないと思い、箪笥の奥にしまい込んだタンクトップを引っ張り出した。

タンクトップは、すごくいい。開放感があるし、何より夏を全身で感じることができる洋服だ。
露出した肌が太陽を吸収し、全身を熱くする。終いには自分が太陽になってしまいそうなくらい体温が上がるが、それもまたいいものだ。

それにしても、今年の夏は特に最高だった。
何が最高だったか?
何を隠そう、人生で初めてボーイフレンドがいた夏なんだ。
そりゃもう、浮かれたね。

7月半ば、夏休みが始まるっていうのに、中々就職先が決まらなかった私は、最後の望みである会社から、ちゃんとした「不合格」をもらった。頭には「死」がよぎるほど、ひどく落ち込んだのだが、次の日には彼とデートに行く予定があったので、すぐに立ち直った。

そんな私の夏休みをサクッと振り返ると、海に行ってウクレレを弾いたり、サンセットを眺めるためにドライブに出たり、炎天下の上野動物園でアリクイのぬいぐるみを買ってもらったりした。

どうです、聞くだけで羨ましがられるエピソードばかりでしょう。言うまでもなく、それはもう楽しい夏だったんだから、当たり前です。胸を張って羨ましがってくれ給えよ。

ただ、そんなに楽しかった思い出ばかりに囚われていると、9月下旬の夜が、もうすでに寒いということをつい忘れる。…忘れていた。
ジャケットを持ってくれば良かった、と後悔しながら、寒さを耐え忍び、電車に居合わせる周りの視線を掻い潜る。

タンクトップなのは私だけで、周りの人は皆、長袖だ。どうやら、夏を掴んで離したくないのは、私だけらしい。


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