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二十四回 「出鱈目なパズル その壱」

一九九四年初頭の出来事  草加

我ながら出鱈目なことばかりしている、と分かっている。この数か月は順序もちぐはぐだし、論理的とは全く思えないことばかりに遭遇している。いや、結局のところ自分でそういう事態を引き起こしていたりする。

自分で振り返っても、想像してなかった展開になっているので、とりあえず並列に書き出してみる。

 

一、サークルを辞めた

一、連日物乞いのように先輩たちの家を渡り歩いている

一、先月また北海道へ旅に出た

一、夜間の専門学校に申し込んだ

一、映画の企画が始まってしまった

一、一限の講義のみ出席している

一、あの映画研究会に入部

一、R女史との関係の変化


〇 伏せてたけれど少し前に始めたこと

一つずつ振り返って考えてみようか。自分のことだと思うと意味が分からなくなるが、物語の上のお話だと考えればどんな展開でも、ふぅんそういうものかと思えたりするから不思議だ。

 

「めくらぶどうと虹」という小説がある。宮沢賢治二十四才の時の未発表作品。またの名を「マリヴロンと少女」というのだが、これを映画にしようということになった、成り行き上僕が監督をするということで脚本づくりが始まっていた。こんなことになってしまい、思い返すだけで冷や汗が出てくる訳なんだけれど、これにはいくつか伏線となる背景があった。

 

その一つはR女史との関係だ。一年前のサークルの新入生歓迎コンパから始まり、時間があればいつも傍にいるようになっていた。僕は授業の合い間に彼女のバイト先の喫茶店で暇つぶしに本を読みふけり、終わったら一緒に呑みにいった。同級生の奴の家にも沢山遊びに行ったけれど、(当時は、独り暮らしをしている状況というのを色々見ていたかった)最後は、彼女と落ち合うことになっていた。僕から呼び出すこともあったけれど、彼女からもしばしば「ひろきー何してんの?」とメールが来た。

 

確かその日はサークルの飲み会からカラオケといういつものパターンではどこか物足りず、ユキの家で呑み直そうという流れだったと思う。僕としては家呑みは有難かったし(カラオケまで続く呑み会のお金は学生にとって馬鹿にならないんだよね)、大宮の家に帰るのも億劫だったので当然参加することになった。

ユキのアパートは、草加からほど近く流行りの歌を口ずさみながら歩いているとすぐ着いてしまった。うっかり早く着き過ぎて、酒を買いにコンビニまで戻るメンバーまでいる程だった。

「お邪魔しまーす」とはしゃぎなながら入っていく僕らに、ユキは「しーっ、壁が薄くて周りに響くから」と諫める。部屋に上がると彼女の大雑把な性格の印象とは違い、いわゆるちゃんとしている雰囲気に驚いた。

「へえー、ユキの部屋いいねぇ、きれいだし、何でも揃ってる」

いつの間に戻ってきたのか、買い出し組のノリがキッチンを物色しながら言う。

「当たり前でしょ、こう見えても三食自炊してるんだから」

 人の家を観察するのは仮面の下の素顔を覗くようで実に楽しい。

 

棚には、写真館で撮られたであろう家族写真がフォトフレームにきちんと納められている。隣には留学した時のもの、高校時代の仲良しとの写真などがコルクボードに丁寧にコラージュされて飾られていた。しかも人は見かけによらないというか(単なる僕らの偏見なのかもしれないが)、数々の卓球大会での偉業が分かるものまでそこにはあった。

「言っとくけどねー、わたし結構凄いんだから」

「へぇ~ユキがね~」

屈託ない笑顔で語るユキの顔を見ていると、嫌味に感じられない。そこが彼女の好かれるところなんだろう。

そして、酔っ払いの僕らにも分かったのは、ユキは意外と静岡のいいとこのお嬢様だったりするのかもしれないと、そんな育ちの良さを感じさせる手掛かりが幾つも見受けられた。

家の雰囲気がそうさせるのか、珍しく皆は真面目な語りに入っていった。自分の出身地の話、家族の話、これからどうしていきたいのかみたいな話だ。

 

 

 話が少し逸れた。ユキの話じゃなかった。まずはR女史の話をしなければならなかった。とはいえ僕らはいつも一緒にいながらも、お互いがどういう存在かということは表に出すことは今までなかったし、語ることは難しい。

 

 ふと、ユキが流れを断ち切るように突然、僕らに質問を浴びせかける。

「ところでさ、ヒロキとR子はどうなってんの?」

「どうって?」

「どうもこうも夏休みもこの前も一緒に北海道に行ったんでしょ?」

「まあね、高校時代の友人に会いに…。この前は冬の牧場巡りをしたっていうか…、なあ」

「うん」

さらっとR女史にお鉢を渡してみた。

まさかこういう場で公開処刑に合うとは思ってもみなかったので、当然しどろもどろになった。

「ふうん、随分と仲良しじゃん」

「まあ、そりゃあ…、仲良しだよなっ」

「うん…」

R女史も下を見ながら相槌を打つ。僕らがいつも一緒にいることはみんなの周知の事実であり、特に隠してた訳でもないんだけれど、改めて語るとなると話しにくいこと、この上ない。

 R女史と仲が良いくせに今日のユキは意地が悪かった。でも、もしかしたら仲が良いからこそ、敢えて煮え切らない僕に突っ込んできているのかもしれなかった。

 周りもにやにやと聞いている。気づけば酔いつぶれて横になっていたマチャルまで身を起こしてきていた。

 

 付き合っているかと言われたらそうかもしれないけれど、別にお互いそういう話をした訳でもない。時間があれば一緒にいて、心で感じていることをそのまま素で話せる間柄、そう「仲良し」ってことだ、多分僕らはそういう相手を欲していたし、たぶん今後もそういう感じじゃないのかな云々かんぬんと、話し始ているところで、

「で、R子はどうしたいの?」

ユキは矛先をR女史に変えて問い始めた。

「うーん、弘樹くんとはまあ今までもこれからも仲良しで一緒にいる…、とは思う」

「ふむふむ、んでっ?」

「私としては…、モノを書ける人になりたいかな」

「あらー、そういう話?まあいいけどさ。書くって何を、脚本とか?」

「うーん、脚本もいいいかもね。でも私にはまだ無理かな」

「Rちゃん、そんなことはないでしょー。書いてみればいいじゃん。うちらの代もそろそろ作品とか撮らなきゃいけないんだしさ」

横からノリも話に入ってきた。

 

 そういえば、前からR女史は「書きたい、書ける人になりたい」と言っているのは聞いていた。でも、ほんとにそこまで思っているとは知らなかった。近くにいながら…、僕は自分のことばかりで精一杯だったのかもしれない。

でも、そんな中で

「R子は賢治好きなんだから、賢治原作で書いてみたら?」

と言ったのは何かチカラになれればと思って出た僕の素直な気持ちだった。

「えっ、賢治って宮沢賢治?銀河鉄道の夜とか?」

ユキが言うのを僕は遮って語る。

「いや、銀河鉄道もいいけれど、僕もR子も好きなのは『グスコーブドリの伝記」なんだよね」

「ふうん、むふふ。じゃあ決まりじゃん」

ユキはしたり顔で言う。

「R子が賢治原作で脚本書いて…、」

「弘樹がそれを監督すると…」

ノリも相乗りして続けた。

「えっ」

「えーーーーっ、俺も連帯責任ってこと?」

僕ら二人は思わぬ展開に驚き、戸惑い、汗をかいていた。

「いやぁ、グスコーブドリはちょっと荷が重いな、もうちょっとライトなやつにしようよ、ね?」

なんて成り行きで答えてしまった。

「いいねいいね、いいよお二人さん拍手~!」

「弘樹、任したぞ~」

 ってなことで酒の場で決まってしまったこと。どうする?と顔を見合わせて戸惑いながらも、どこか嬉しかったこと。映画をつくるイロハもまだろくに知らなかったのに、翌日からR女史とひっそりとミーティングを始めたこと。なるべく少人数で短い短編にしようということで「めくらぶどうと虹」にしようと決めたこと。

 

 そんなこんなが、伏せていたけれど僕らが始めた小さなことだ。サークルのみんなもちゃんと覚えてるかは分からないけれど、出鱈目でもいいからとりあえず進めてみようということになった。

 

 ただ、一番の失敗は、めくらぶどうの役をR女史がやり、僕が虹の役をやることになったことだ。幾らでもサークルのメンバーで演じる人がいるだろうに、そんな羽目に陥った一番の理由はといえば、僕がそのあとすぐにサークルを辞めることになったせいだろう。しかし、それはまた別のお話。そのろくでもないお話はまた更なる出鱈目な展開を生む伏線に繋がっていくのである。

(次回出鱈目なパズル その弐妄想映画人の誕生」へ続く)

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