FC今治とは誰の夢なのか vol.1 【サッカーツーリズム紀行文】
夢。
美しい言葉。
保育園でも、小学校でも、あるいは中学校でも、「あなたの夢はなんですか?」という質問が気軽になされる。だから子供たちは、「返答用の夢」を常にこしらえておく必要がある。
プロスポーツ選手、アイドル、Youtuber、研究者、社長、お花屋さんなどなど。「お花屋さん」と言うのは愛する我が息子なのだが、彼はお花のことにはあまり関心がない。大好きなおばあちゃんがお花を育てているので、おばあちゃんに綺麗なお花をプレゼントしたいのだそうだ。可愛い理由だが、2年近くぶれることなく言い通している。
ぼくの場合、幼稚園の時は「研究者」あるいは「工事のおじさん」さらには「宇宙刑事シャイダー」と答えていたらしい。小学校を卒業するときには「小説家」と答えるようになっていた。そして中学校を卒業する時には夢のことなんか考えなくなった。
「ノストラダムスの大予言」によって18歳の時には世界が滅ぶと思っていたから、その先のことを考える必要がなくなったのだ。
もっともそれはよくある話。そもそも、夢には2つの意味がある。
1つは子供が見る夢。未来の理想的な輝かしい姿を描き、実現することを託したもの。
もう1つは寝ているときに見る夢。夢物語、絵空事。誰も実現できるとは思っていない。
子供の時に語っていた「夢」はいつしか寝ているときに見る「夢」へと変わっていく。
さて、ぼくが訪れたのは愛媛県今治市にある「ありがとうサービス.夢スタジアム」、通称夢スタである。新進気鋭のクラブ、FC今治の本拠地である。
FC今治が見ているのはどんな夢だろうか。
そんなことを考えながら旅をした。そして帰ってきてから、小さな疑問が頭に残った。
FC今治という夢を見ているのは誰なのだろうか?
FC今治とは誰の夢なのだろうか?
この記事は旅とサッカーを綴るウェッブ雑誌OWL magazineに寄稿しています。有料マガジンですが、この記事のおまけ以外の部分は無料で読むことが出来ます。今治への紀行文は3〜4部構成になる予定です。記事単体でのご購読よりも月額購読のほうがお得です。旅とサッカーというテーマにご興味がある方は、是非月額購読をご検討ください(ご購読は文末より)。
「FC今治には興味がないのよ。」
実のことを言うと、このクラブが話題になる度に、そっけなく答えていた。
日本代表の監督を務めた岡田武史氏の肝いりの元、大きな会社が関わっているという話は知っていた。
そのため、地域リーグのクラブとしては異例なほどの資金がつぎ込まれ、Jリーグ入りは「夢物語」ではなく「理想的な未来」ですらもない。「現実的な目標」となっていた。
小学校1年生が、5年後には中学1年生になる。それと同じだ。エスカレーターの行き着く先がJ2なのかJ1なのかはわからないが、岡田武史氏がいて、大きな資金の流れもあるならば、上に行くのは当然のことだ。外からはそのように見える。
FC今治は、日本サッカー史上屈指の有名人と、外からの資金の流れを持っている。それは悪いことではないし、むしろ良いことだと思う。
優秀な誰かが稼いで来たビッグマネーをサッカーへと投入して頂く。日本におけるサッカーという競技が、世界的な競争力を持つためには、それ以外に方法はないのだ。理屈はわかるが、個人的にはあまり興味がない。どうやら脳がついていかないらしい。
というわけでFC今治というクラブに特別な興味を持たずに来ていたのだが、中島啓太さんというアラサー男子がFC今治のスタッフとして務めていることを知り、縁があって一晩飲み明かした。
彼の口から出る言葉が、マクロ経済的な、あるいは世界戦略的な、要するにお金の流れが大きすぎて理解できないような話であったら、その場は興味深く聞くものの、翌日には忘れてしまったかもしれない。何せ渋谷の鳥貴族で朝まで飲んでいたのだ(P.S. えとみほさん、たっけさん、中島さんなど皆様、あの会合またやりましょう)。
中島啓太さんの口から飛び出すのは、ぼくにはわからない誰かの大きな野望の話ではなく、今治の街の魅力や、地域リーグのクラブスタッフの苦労など、ぼくでもよくわかる話ばかりだった。
何だか楽しそうだな。
それが今治に赴いた唯一最大の動機であった。
そして、2019年のホーム開幕戦に参戦することをぼんやりと呟いたところ、宇都宮徹壱さんにお声がけ頂き、試合の前日に今治サポーターを招いてイベントすることになった。
この話が決まったときは実はとても体調が悪かったのだが、イベントに登壇することになった以上、逃げることは出来ない。
よし、今治に行こう。
今治に行こう!!
旅だ!!
久々に旅が戻ってきた!!
ここのところ、育児やら金欠やらでしばらく国内の旅にも出れていなかったのだ(正確に言うと育児による金欠である)。住み慣れた家を離れ、旅に出ることが出来る。
住み慣れた家があること以上の幸福はないが、家を離れることもまた幸福である。不思議なものだ。旅の準備をするのは億劫なのだが、旅が目前に迫ると心が躍ってくる。
今回は今治で釣りもしようと思う。8年ぶりにルアーロッドを引っ張り出してきて、PEラインを巻いたスピニングリール、ジグヘッド、ソフトルアーを鞄に放り込んだ。
予定は3つだけ。
到着初日のイベント。
翌日の試合。FC今治vsHONDA FC。
そして翌々日は、地元の漁師の方に釣り船に乗せてもらうことになっている。いや、実は漁師ではなかったのだが、お会いした後もしばらくは漁師だと思っていた。3泊4日の旅である。
比較的時間に余裕のがある旅なので、釣りをする時間はたっぷりあるはずだ。のんびりルアーロッドを振ってみよう。久々の釣りだからあまり自信はないのだが、魚影の濃そうな土地なのでうまいこと釣れるかもしれない。釣りにおいて一番大事なのは竿を出すことであり、次の大事なのは竿ををしまわないことだ。
自分で釣った魚を捌いて、ビールのあてにしたらさぞ楽しい旅行になることだろう。
ともあれ、2019年3月23日。
朝7時のバスに揺られて羽田空港へと向かった。
釣り竿が機内に持ち込めず、また通常の荷物とは異なる特別な扱いなので少し手間取ってしまったが、何とか飛行機に滑り込むことが出来た。ちなみに釣り竿は、ペットや楽器などと同じ扱いであった。
往路の所感は「釣り竿が邪魔」という一言に尽きる。どこへ行くにも竿を持っていないと行けないのはなかなかのストレスであった。
竿に苦しめられながらも、めくるめく期待を胸に、たっぷりと溜まったJALマイルを使って松山空港まで一気に飛ぶつもりだった。
しかし、松山への便がなかった。
松山は観光地として人気があるようで、土曜日の朝の便はマイルでは取れなかったのだ。そういえば声優さんのライブもあったのだそうだ。関係ないのだが、前回松山に行ったときもケツメイシのライブがあって大混雑していた。
代わりに香川県の高松まで飛ぼうかと思ったのだが、こちらもうどん需要なのか席が取れなかった。
高知まで飛ぶのはどうかと思ったのだが、高知から今治はかなり遠く、交通費もかさむ。それならば最初から新幹線で行ったほうがマシだった。現在10万マイルまで溜まっているので、国内なら6〜7往復することが出来る。
ちなみにこちらがマイルの溜め方についてブログにまとめたもの。
マイル交換特典のチケットは数が限られるので、もっと早く確保する必要があった。いつも旅の準備がギリギリなのだ。
結局、がら空きだった岡山空港まで飛ぶことにした。岡山から予讃線特急しおかぜに乗る。予讃線が止まっているというニュースがあったので少し気がかりだったのだが、既に復旧しており遅れはするが普通に到着するとのことだった。
余談だが、Twitterで予讃線と検索すると「今治に到着できるかどうかを心配しているぼくのツイート」が、声優ファンによる「ああああああ……ライブに辿り着かない……予讃線なんで止まるんだ……」という嘆きの声に包まれていた。この世の地獄、阿鼻叫喚である。
ちなみに、岡山駅から福山駅まで移動して、そこからバスで向かうルートもあり、こちらのほうがリーズナブルかつ到着が早かったのだが、確実に席が取れないと困るので電車を選択した。
また、後でイベントの際にFC今治サポーターの皆様に聞いたのだが、尾道で自転車を借りるという手もあるらしい。自転車は、旅先で乗り捨てできるようになっている。公営の「しまなみレンタサイクル」の場合は、レンタル料は1日1000円。保証料としてもう1000円かかるのだが、乗り捨てをしなければ1000円返ってくる。
尾道には高級なロードバイクを借りられる私営のサービスなどもあるようだ。関東地方から今治入りをするルートとしては、松山まで飛行機が一番速いのは間違いない。一方で、岡山まで新幹線や飛行機で飛び、尾道からレンタサイクルを借りて、島々を観光しながらスタジアムを目指すのもなかなか粋な計らいだ。
もっとも今回に関してはレンタサイクルについて知ったのが到着後であったことと、キャリーケースと釣り竿を持っていたので自転車を使うのは難しかった。
というわけで羽田から岡山空港へ。
機内でパソコン仕事をしようと思ったのだが、結局何も出来ずに眠ってしまう。朝一で何も食べずにビールを飲むとものすごい眠気に襲われることがわかった。その代わり、岡山空港までの体感時間は10分以下であった。
岡山空港からシャトルバスで岡山駅へと移動する。
スポーツツーリズムの掟はただ一つ。試合の開始時刻の30分前には会場に到着すること。そこだけクリアすればのんびりとした旅なのだが、今回は初日の夜にイベントがある。
岡山空港からバスに乗っていると岡山の市街地が見える。ぼんやりと見ていたらスタジアムが見つかった。シティライトスタジアムと書いてある。
!!!!
ファジアーノ岡山の本拠地ではないか!!
慌てて写真を撮ろうと思ったのだが、すぐに通り過ぎてしまった。市街地のど真ん中にあるのは少し意外だった。地元にある江戸川球技場という野球場を思い出した。無骨で少し古びたコンクリートのスタジアムであった。岡山もいずれ来たいのだが、なかなか岡山の行く切っ掛けがなく、今回も通過であった。
岡山駅に到着。
しまかぜの時間を見ると、10分ほどで発車するようだ。これなら問題なく乗車することが出来る。ホームに駆け込むと、既に電車が待っていた。しかし、遅延があった影響か自由席は座れない客で寿司詰めになっていた。
流石に釣り竿を抱えて2時間以上立つのはしんどい。どこかで空くかもしれないが、空かないかもしれない。というわけで一度改札付近まで戻って、隙間スペースにうまいこと作られたドトールコーヒーに入り、遅めの朝食をとる。
MacBookを広げることも出来たので、OWL magazineのInstagramを最終調整していた。誰もやることがしないので、ぼくがお洒落ツールの投稿担当になったのだ。無事に設定が出来たので岡山駅あたりから初めての投稿をする。
フォロー大歓迎!!
さて、なかなか今治に到着しないので先を急ごう。
予讃線の中では少し眠ったり、パソコン作業をしたり、イベントでのトーク内容を考えたりしながら快適に過ごした。
そして今治へと到着した。
どんな街なのだろうか。期待してホームを降りてみると、自動改札ではないことに少し面を食らう。自動改札ではない駅に降りたのはいつぶりだろうか。記憶の糸をたぐるがまったく思い出せない。随分と昔にSC相模原を訪れた時の原当麻駅が最後かもしれない。
子供の頃。小学生の頃は地元の駅も、駅員さんがパチンパチンと切符を切っていた。それは30年ちかく前の話だ。今治タオル、今治造船など全国的に有名な産業もある街で、特急が止まる駅なのに関わらず自動改札ではないというのが、最初の違和感だった。そして、30年前のようだという直感もいい線であったような気がする。
駅の構内にはセブンイレブンと飲食店があった。鳥取駅と比べても随分とこじんまりとしている。何となく京都府の西京極駅や、静岡県の磐田駅を降りた時を思い出した。感覚的な話なのだが、観光客が使う駅ではなく地元の人しか使わないタイプの駅なのではないかと感じたのだ。
駅ナカにある地図を読む。ぼくは事前に旅の予定を組まない。試合に行く以外は、その場の気分で決めるのだ。そのため、現地に着いてから地図を見ることが殊の外重要なのだ。
しかし……。
あれ? 狭くない?
何にもなくない?
学校や役所などを差し引くとほとんど何もない。これは釣り竿を持ってきて正解だったかもしれない。かなり暇を持て余すことになりそうだ。
今治駅を出る。
駅前のロータリーで、まっさきに目に入ったのがこの建物だった。
廃屋……?
駅前の一等地に廃屋……?
なんで?どうして?どんな街でも駅前くらいはもう少しまともな建物があるはずだ。もちろん、廃屋は一軒だけだったのだが、今にも崩れそうな骨格が異彩を放っていた。
この時は、変わったこともあるもんだなと思った程度だったのだが、第一印象というのは真実を捉えているものなのかもしれない。
元々はカウンター式の小料理屋だったのだろうか。残されたままのブラウン管のテレビ、冷蔵庫、そしてウィスキーボトルが誇りをかぶっている。窓はなく風が吹き抜けていき、奥にある暖簾がパタパタと煽られていた。
この建物が駅前から撤去されずに残っていることも、今治市の表情の一つだと気づくまでにはもう少し時間がかかる。
気を取り直して歩こうと思ったのだが、釣り竿が邪魔すぎて歩く気がしなかったのでタクシーを拾った。中年くらいの女性が運転手で、走り出すと様子を見るように話しかけてきた。
サッカーで来たことを告げ、FC今治の市内での認知度はどうなのかと聞いてみると、かなり盛況なようだ。サッカー目的で来る観光客もいて、時々乗せるのだという。
「スタジアムまではどうやって行かれるんですか?」
「そうですねー。まだ考えてませんが歩いてみようと思っています。」
「歩きですか?!不可能ですよ!!」
「不可能?!そうですか。でも、そう言われるとやってみたくなるんですよね。」
「上り坂になっていてかなり大変なので歩く人は誰もいませんよ。もし、タクシーが必要でしたら、呼んで頂けましたらホテルまで行きまけど……。」
そういうことか!
「大阪商人を騙せるのは、今治商人だけ」という言葉を思い出した。日本でも随一の商魂たくましい土地なのだそうだ。有人改札、廃屋、今治商人と立て続けに今治の洗礼を受けた。
最大の収穫は、釣り人にとっては聖地のような場所で、今治に転勤になった場合、釣り好きの人は大喜びするのだという。街にはあまり期待できないかもしれないが、瀬戸内海には大いに期待しても良さそうだ。
ホテルへ。何のこともない薄暗いビジネスホテル。
日本全国のどこにでもごく普通の安いビジネスホテルだ。この地味で薄暗い部屋に入ったところで気持ちが盛り上がるわけもない。
というのは大嘘だ。
こういうビジネスホテルの一室ほど楽しいものはない!!旅の荷物を片付け充電器をスタンバイ、その間にお風呂のお湯をためる。
お湯が溜まったらどぼんと入って旅の疲れを取る。ほかほかに暖まり、浴衣に身をくるんで、コーヒーを一杯。そしてベッドに横たわり足を伸ばす。
極楽だー!!!最高だーーー!!!
ビジネスホテルを発明した人は誰なんだろうか。こんなに快適な部屋がこの世に存在していていいのだろうか。余計なものは一切なく、休むかパソコンを打つことしか出来ない。
これでコンビニで買ってきた唐揚げとストロングゼロでもあったら、まさしく極楽浄土だ。明日死んだとしても後悔はないだろう。甘美で幸福な時を二時間ばかり過ごすが、酒は我慢した。というのも夕方からイベントに登壇しなければいけないからだ。
酔っ払って登壇することに抵抗はないのだが、酔っ払って寝過ごすのは流石にまずい。ここは我慢だ。
この部屋での一杯は釣った魚にプレミアムモルツ。それで決まりだ。メバルの刺身で一杯……。場合によってはアジも釣れるかもしれない。楽しみだ……。
随分とのんびすることが出来たので、散歩してみることにした。とりあえず、今治港の偵察をしてみよう。夜中にいきなり行くと危険かもしれないからだ。
安息の地、406号室をでて、今治の街へ。
釣具屋があったら覗きたいと思っていたのだが、窓から外を眺めたら……。
あった。
というわけで外へ。
ホテルの近くに水路があった。どことなく寂れたイメージ。写真は撮っていないが、コサギが一羽いた。
中心を通るアーケード街なのだが、人間が歩いていない。営業しているお店もあるにはあるが、ほとんどはシャッターが降りている。
とても寂しい光景だが、暗澹たる気持ちにはならない。不思議な感覚であった。まったく良いところが見いだせない商店街であったが、ネガティブな気持ちも覚えない。清潔感があるからなのか、あるいは、このくらいの静寂さが性に合っているからなのか。
港の方に歩き出すと、嘘みたいに綺麗な建物が目に入った。どう考えても船をモチーフにした建物だろう。非常にお金のかかった建築物で、駐車場など周辺環境も整備されている。まるでお台場やみなとみらいのようだ。
これは「はーばりー」という施設で、テラスでクラフトビールが飲めるらしいのだが、この日は結婚式で貸切であった。屋上のデッキでやっているのでマイクの音が響いてくる。
これまでの死んだような商店街から一転、屋上からこぼれ落ちてくる嬌声からは未来への希望が響いていた。もっとも部外者にとっては少しうるさい。やはり商店街の静けさが気に入っているようだ。
港をチェックすると街頭もあり、手すりもあったので一人でほろ酔いの夜釣りをすることも何とか出来そうだ。ただ、岸壁から海水面までかなり高さがあるので、少し釣りづらそうだ。
ぼくがやろうとしている釣りは、2,3 cmの小魚を模した疑似餌を放り投げて、それに食いつくメバルやアジを狙ったものだ。従って昼の間にどんな「ベイト」が泳いでいるかを見ておくのが有効なのだ。「ベイト」というのは、エサという意味なのだが、おしゃまなルアーフィッシング用語ではこういう言い方をする。
【おしゃまなルアーフィッシング用語の活用例(うろ覚え)】
沖合にボイルが目に入ったので、メタルジグをロングキャストし、高速リトリーブ。ボイルの手前でフォールさせるとフック。強烈なアタックをテンションをかけすぎないようにドラグを出しつつ寄せていくと、何とジャイアントレバリーであった。
海をのぞき込むと透明度が高い。注意深く探すと魚影も目につく。ベイトフィッシュも泳いでいる。かなりサイズが小さい。このくらいのサイズはメバルの好物だ。夜になる接岸する可能性は十分にあると判断した。
余談だがメバルは昼間にダイビングで出会うと岩礁帯で斜め上を見てぼんやりしている。落ちてくるエサが来るのをただ待っているのだ。夜になると、積極的に餌を探すために岸まで寄ってくることもある。それを釣るのだ。
透明度の高さといい、魚影の濃さといい、海藻の雰囲気といい、どこかの港に似ているなと思ったら、大分県別府の漁港であった。あそこはかなり特別な海だと思ってみていたのだが、非常によく似ている。よく考えると大分と愛媛は海を挟んで隣ともいえるし、瀬戸内海なので水系は同じであった。似ているのも当然だ。ぼくが海洋生物の研究をしていた相模湾や三陸海岸とはまったく異質の海である。
海をのぞき込みながら歩いているが、釣り場としてどこまで戦えるか。もう少し外の海に接している堤防もあるのだが、手すりなどはないため、夜中に一人で行くのはちょっと怖い。海は生命に溢れているが、それと同じ数だけ死が存在しているのだ。どれだけ街が近くても舐めてはいけない。
こういう感じの桟橋に入り込むととても釣れるのだが(なぜなら水深と潮の流れがあるから)、立ち入り禁止、釣り禁止のことが多い。それでも無視して入り込むと、どう見てもその筋の人にしか見えない海の男たちとヘビーなトラブルになることもあるので絶対にやってはいけない。
そんなことを思っていると突然のにわか雨に襲われた。多少の雨は気にせず歩こう。ぼくはフィールドワーカーなのだから……。などと思った10秒後には土砂降りになったので、走って逃げ出す羽目になった。目の前に「はーばりー」の入り口があるので、滑り込む。短い時間だが随分と濡れてしまった。
そして入ってから気づいたのだが、ここは船着き場になっているようだ。そういえば外にも桟橋があった。釣り場を探すのに夢中だったので意識していなかったのだが、フェリーが入港するのだろう。
中には自転車を抱えた人が何人か船を待っていた。船を待つ人の中で、漢字の書き取り練習のようなことをしているおじさんや、競馬の予想をしている人も座っていた。もしかしたら市民の憩いの場なのかもしれない。
そこで見つけた地図を見た時、今治という街の別の姿が見えたような気がする。
そうか、今治市は瀬戸内海の島々の玄関口だったのか——。
この地図を見れば一目瞭然であった。今治駅で見た地図は、画面の下部にあるタツノオトシゴのような部分だけである。かつては村上水軍の居住地となっていたエリアなのだという。
後で聞いた話なのだが、20年ほど前に来島海峡大橋が開通し、しまなみ街道が整備されたことで、今治はその輝きを失ってしまったのだそうだ。例のシャッター商店街には、島々の人が日用品を買うために船でやってきて、大変な賑わいを見せていたのだそうだ。しかし今は、車でどこへでも行けてしまうので、わざわざ今治に来る必要がないのだそうだ。
来島海峡大橋が開通したのが1999年。悲願の建築であったそうなのだが、それは今治市にとっては、ノストラダムスが予言した「恐怖の大魔王」になってしまったのかもしれない。
はーばりーの2階に落ち着いたスペースがあったので、そこでInstagramを更新。少しニヒルに書いてみようという試みをしているので是非ご覧あれ(ニヒル更新は数回で頓挫したのでレアなのである)。
はーばりーでしばしくつろぐと雨があがった。ちょうどいい時間なのでイベント会場となるMACCHIさんへと向かう。店の前でふらふらしていると宇都宮徹壱さんが通りかかったので一緒に入店した。
店内は、昔勤めていたブックカフェに似ているところもあるなと思い、よくみてみると壁に掛けてある本はNewspicks books。登壇中も、マスターは真面目な顔でずっと頷いていてくれて、どういう人なのだろうと思い後で調べてみたらクラウドファンディングで作ったお店だということがわかった。
今治を燃やすという目標はまだ途上のようではあるが、この町に来て始めて何かが生まれようとしているのを見た気がする。
東京の渋谷で見られるような、新しい巻き込み方、新しいお金の流れを、今治で見ることになるとは思わなかった。
さて、イベントは宇都宮徹壱さんが最近のぼくのテーマである「旅とサッカー」に寄せてくれたこともあって非常に楽しいものとなった。そして、非常に失礼な言い方になってしまうのだが、これだけ寂れた街だとは思えないくらい、参加しているサポーターの皆さんが明るく、快活で、楽しそうだった。
港町とか漁村はもっと閉鎖的なノリなるものなんだけどなとも思ったが、よく考えたらそういうタイプの人はイベントには顔を出さないだけかもしれない。
参加者の中にボランティアスタッフのタカハシさんという方がいて、聞いてみるとセミプロクラスの釣り人だということもわかり、ぼくのなかで弟子入りが決まった。終始笑いに包まれた非常に楽しいイベントであった。
「明日の試合で期待していることはありますか?」
という質問があったので
「駒野選手がPKを蹴るかどうかが気になっています」
と答えて笑いが取れたので、余は満足じゃ。
宇都宮さん、参加された皆さん、MACCHIさん、どうもありがとうございました。
しかし、本当によく笑う方々であった。少し不思議なくらいであった。なので後で考えてみた。どうしてだろうかと。そして、その気づきの裏にも、また今治の表情が隠されていることに気づくのはもう少し後であった。
さて、ここまで書いてきて思った。
この今治紀行文は一体いつ終わるのだろうか。
それなりにはしょって書いているのだが、まだ一日目も終わっていない。
この後は二宮かまぼこの美人看板娘に大量の日本酒を勧められて轟沈しそうになり、確か「今治に嫁いできてくれてかつFC今治サポーターになってくれる人を募集する記事を書く約束」をさせられたような気がするのだが、それはこっそり破棄させてもらおう……。
最後に、有料のおまけ記事として「二宮かまぼこの看板娘に教えてもらった隠された最高の寿司屋さん」について書く。店主は、サッカーが大好きで、店を閉めるのも忘れてサッカーの話をしてくれるような方である。
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