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好奇心に素直に向き合うことで道をひらいていく|女子大生100人インタビュー#9

彼らとの出会いを通じて、自分も今歩み始めているレールをどれだけ完璧に歩けるのか、そうではなくてもっと自由に手を広げて色んなことに興味を持って、素直に追いかけてもいいんじゃないかなと思えるようになりました。

HATACHI Communityが運営する女子大生100人インタビュー、9人目はオーストラリアで自分の夢を追いかける女子大生にお話しを伺いました!

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|小松サラさん
シドニー大学理学部・法学部3年生(薬理学専攻)
*1998年生まれ/シドニー出身
*大切にしている価値観:愛と好奇心!

|メカニズムにワクワクする幼少期

ニュージーランドで生まれ、生後5ヶ月で両親と一緒にシドニーへ移住しました。小学校3年生まで文科省の日本人学校に通い日本と同じ教育を受け、日本語の読み書きを習得しました。小学校4年生からは、現地のオーストラリアの学校に転校し、そこからはずっとオーストラリアの教育を受けてきました。

小さい頃から、パターンというか法則や規則性があるものを見るのが好きだった、と母から聞いています。例えば、母が私を幼稚園に迎えに来てくれた時、「うちの子何してるんだろう?」と私を見たら、絵の描いていないジグソーパズルをやっていたそうです。母は、「あれなんで絵の描いていないジグソーパズルやってるんだろう」と思ったようですが、当時の私は普通のパズルがつまらなくなりピースを全て裏返しで組み合わせていた、というエピソードを聞きました。また算数の時間には、パターンを考えたり、作ったりする問題を楽しそうに解いていましたと先生が話していたことからも、当時の私にとって感覚的に好きなことだったんだな、と思います。

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文科省のカリキュラムを学ぶシドニー日本人学校。入学時、5歳。

高校に入学してからも、それがとにかく楽しくて、自分にとって数字やパターンはすっと理解ができるものでした。特に生命のメカニズムを知ったり、DNAの話が好きだったり、周期表のポスターも持っていたくらい引き込まれていきました。私の両親は日本人なので家の中では日本語で会話をしていたこともあり、私の感覚として日本の社会がベースにありました。そこで、大学進学を考えた時に「理系か文系か」と考えたら私は理系だなと思い、高校1年生の時から理学部に進もうと決めていました。

ただ、高校2年生で法学の授業を受けたのをきっかけに法学にも興味を持ち、大学で何を専攻しようと悩んだ時期がありました。私の性格上、優柔不断で好奇心旺盛なので、「あれもこれもやりたい!これ好き、楽しそう。」という風に、自分にとって好きなものや楽しいことをずっと追いかけていたら、高校3年生になっても理学か法学かどちらを学びたいのか、決めることができませんでした。結果として決めきれず「どっちもやろう!」となり、ダブルディグリーを選びました。シドニーは大学ではなく学位単位で入学するので、私はBachelor of ScienceとBachelor of Lawの両方に入学しました。通常3年制の学部ですが、同時に2つの学問を専攻し5年で卒業するというものです。


|2つの学問を学ぶということ

入学してからも、自分の幼少期の時に好きだったものと繋がるものが、この2つの学問にありました。事象から法則性を見出してそれを説明することが理学であったり、社会を機能させるために範囲を決めて、ルールを指定するのが法律です。これらは、よくよく考えたら小さい時のエピソードと繋がっているなと思いますし、パターンや法則に惹かれるのは大学に入った今でも変わらないな、と実感しています。

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また、ダブルディグリーをやってよかったと思っています。そもそも日本の大学に行こうか、アメリカの大学に行こうかすごく考えていました。「このままシドニーの大学に行って良いのか」と。でもシドニーはダブルディグリーがやりやすい環境だと思い、結局今在籍しているシドニー大学に入学することにしました。

大学に入った時は、法律を学びながらも、しっかりと理学を学んでそのまま医学研究者になるんだ!と思っていたのですが、実際に研究者の方からお話を聞く中で、どこか違和感を感じました。よくよく考えてみて「研究者になりたい」と言っていたけれど、自分が本当にやりたいことが研究なのかきちんと考えたことがなかったな、と立ち止まって考えることがありました。

そこでこの際だから、法律にも目を向けてみようと思い、大学2年生の時にパラリーガルとして法律事務所で働き始めました。それが本当に楽しくて、例えばクライアントの方とお話しするのも、相手に親身に向き合いこの人の問題はどうしたら解決できるのか。それを弁護士が考えるためのアシストをする仕事が私にとってものすごく楽しかったです。上司の人からも「向いてるんじゃない?」と言ってくれたこともあり、本当に嬉しくて。

この経験から「私は弁護士になりたいのかもしれない」と思うようになりました。ダブルディグリーをやっていなかったらそういう風に考えることはできなかったと思います。

|日本へ留学、変わる価値観

実は、1年生の終わりに大学に疲れてしまった時がありました。最初から飛ばしすぎて勉強を頑張りすぎてしまったからかもしれないのですが、そんな時に大学からくるニュースレターに「留学しませんか?」とメールが入っていて、「留学しよう!」と思い立ちました。当時は、「そういえばちゃんと研究について考えたことなかったな」と思い、それを考えるために、医学に精通している京都大学に願書を出しました。ダメ元で応募したのですが、幸い留学できることになり京都大学の薬学部に半年間留学をしました。

留学中は実際に研究者の方のお話しを聞いたり、実験の手伝いをしました。京都大学でやってきたことは面白かったのですが、「これ楽しいな。一生やりたいな!」という気持ちにはなれなかったんですよね。なので、やってみて違うなと思い、じゃぁ私はやっぱりこっちだなと法学の道を選ぶことができたのがよかったと考えています。

また私にとってワクワクする領域も見つけることができました。それは、医療大麻にまつわる研究です。これがとんでもなく楽しくて、医療という私がすごく好きで、心がときめくトピック×私が情熱を注いでいる法学で、研究をやらせてもらえたのでとても楽しかったです。もともとは5〜10ページのレポート課題があったのですが、結局調べていくうちに長くなってしまい、20ページも書いてしまうくらい私にとって楽しいものでした。この留学期間を通して、「結局研究って楽しいな」というのを改めて、実感することとなりました。また、自分にとってその研究は、医学研究よりは法学なのかなということもこの時に気づけたことです。

実は、この半年間の留学で私の価値観が大きく変わることとなりました。
それは、日本の大学生との出会いです。

この出会いは突拍子もない感じで、もともと私は日本に友達が数えられるくらいしかいなくて、その友達もシドニーの日本人学校で知り合った子たちでした。そのうちの1人が早稲田大学に通っていて、「大学のキャンパスを歩くのが好きだからぜひ案内してほしい」と話したところ、ランチに誘ってくれました。そのランチには早稲田大学の先輩も招待してくれたのですが、その人たちが本当に面白い人たちで。

私の中で前々から持ってた疑問として、「日本の大学は人生の夏休みっていうくらい、ゆるくてみんなパリピなのかな」と思っていました。それは、私が通う大学とのギャップを感じていたこともあり、シドニーでは結構勉強が大変で、とにかく勉強。なのにどうして日本の大学生はみんなウェイしてるんだろうと、結構モヤモヤしていたので、思い切ってその先輩にぶつけてみた時がありました。

「日本の大学生って遊んでいる人多くないですか?勉強しないの?」と。そうしたら「今夜、僕の友達の送別会をやるんだけど、来ない?そこに来ている人たちは全然サラちゃんが言っている人たちじゃないから多分楽しいと思うよ」と言ってくれ、そのまま全く知らない人の送別会にいきました(笑)その送別会に行って、とにかく思ったのは「この人たちすごい!」と。私には持っていない価値を彼らは持っていると感じました。

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全国47都道府県+αの学生が集まる大合宿。ここでの出会いが大きく自分を変えてくれた。

特に、大学外での活動です。日本の大学生は、社会や自分を軸にした活動ができている人が多くて、例えばシドニーにいてずっと勉強に追われていて、他のことに興味を持って起業しようと思う人なんてほとんどいないし、学校外の団体に入ろうとも思わないです。一方で、日本の学生は自分の学びや学部の枠に囚われずに、素直に追いかけることができる環境なんだなと思いました。

彼らとの出会いをきっかけに、自分がもう少し素直に生きてもいいかもと思うようになりました。それまでの私は完璧を求めすぎる部分があり、シドニーでは高校でもずっと勉強して、勉強を頑張った結果、今の大学のコースにいて、「研究?いや違うな。じゃぁ法律事務所だ。よし弁護士になろう」みたいに、ある程度決められたレールの中でずっと生きている感じがありました。

要するに、複数ある既存のレールが目の前にあり「このレールを選ぶのか、あっちのレールを選ぶのか」と、そのレールをどれだけ完璧にやれるのかにかけようという思考が働いていました。

そういう風に考えていた私が日本に行った際、大学の外でどれだけ戦えるのかを頑張っている同年代の人たちがたくさんいることに影響を受けました。彼らとの出会いを通じて、自分も今歩み始めているレールをどれだけ完璧に歩けるのか、そうではなくてもっと自由に手を広げて色んなことに興味を持って、素直に追いかけてもいいんじゃないかなと思えるようになりました。

この送別会で出会った人のおかげで、私は日本のコミュニティを持つことができ、日本に留学していた半年間はイベントに誘ってもらったり、いまでも関わっています。


|私が大切にしていること

自分のやりたいことはどれだろうと考えて、実際に向き合ってみる中で「違うな」と思う時は、誰かと話していて分かることが多いです。私は好奇心の強い人間だし、テンションも比較的高いので、1人で悶々と考えて気づく瞬間はあまり少ない気がします。人と話すことで整理していくことが圧倒的に多く、実は日々その繰り返しだと思っています。毎日色んな人と話して、一人ひとりとの会話を通して、少しずつわかっていくことが多いです。

また、私のこの好奇心の強さは「愛」から来るものです。私は本当に色んなものが好きなんですよね。目の前にいる人も好きだし、なんでもないものに愛を感じる瞬間があって、知りたくなるんです。例えば、細胞1つでも「これこんな風になるんだ!好きかも!」という瞬間があります。

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きっと私はこの世界が好きで、すごく綺麗なところもドロドロに汚いところも根本的に好きです。だからこそ興味が持てて、興味を持つと知りたくてしょうがないんです。私は新しいことに触れたり、改めて関わる時、その過程の1つ1つがすごく面白かったり、その細部にまで好意を感じられれば興味を持てる上、やっぱり知りたいという思いが強いです。また、仕組みを知ってそれを自分で動かせるのも私にとってとても面白いです。


|将来ありたい姿

今は弁護士になりたいと考えています。弁護士として、クライアントと向き合い、特に製薬業界に関わりたいです。薬というものに対しての愛は絶えないので、それに関わりたいと思っていてクライアント一人一人、または会社だったら一社一社と向き合いつつも、ちゃんと社会という大きな枠組みに対しても変化をもたらせる人でありたい。

そう言ったところでパブリックポリシー、ヘルスポリシーに関わりたいという気持ちが今は大きいです。それにどうアプローチしていくのかは弁護士になってから見つけていければ良いなと考えています。

また、私にとっての社会は1つではありません。私にとっての社会は3つあり、1つは私が育ったオーストラリア、日本、そしてもう1つは薬や医療という国際的な視点の社会です。今は、どの社会にどういう風に関わるのかが、将来的に考えなければいけない課題だと感じています。

3つ目の学問の領域ですが、どんな社会であれ普遍的なものがあると思います。数学に言語はないのと一緒で、「サイエンス」は国境を超えるものなので、人が健康に生活をしなければ行けないこと、病気というのはどこの社会にもあることなので、私はそういう普遍的なものに関わっていくのだと考えています。

薬への愛が絶えないのですが、ハリポッターとかファンタジーの世界にあるポーションがすごく面白く、子ども的な興味も刺激されます。また、メカニズムが好きなので、薬はその仕組みをしっかりと理解していないと作れないし使えない。1つの薬がたまたま効くというのはありますが、ほとんどの場合は5、10、15年と研究を続けてやっと理解してこそ効くものです。これらの薬学というコンセプト自体が私にとってすごく魅力的です。

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将来はどこで生活するんだろうとか、家族全員日本にいるけど、自分のコミュニティはオーストラリアだし、将来的に自分のパートナーがどこの人なのかとか考えなければいけないと感じています。例えば子どもを持ちたければ、どういう仕事がいいのか、どこで働くのがいいのか等、大人になっていくにつれて考えなければいけないことがたくさん増えてきます。その時には、自分や周りの人の幸せに繋がるのかどうかを考えたいな、と。

そして、どういう女性でありたいのかと考えた時に、愛し愛される人でありたいです。自分が将来的に、社会であれパートナーであれ愛情を注げていられる人間になりたい。そのためには、社会へ貢献することや、いろんなことができる人間でありたいし、自分のプロフェッショナルとしての生活と私生活のバランスがすごく大事だと思っています。愛情がないと好奇心が持てないし、貢献しようって思えないなと。かと言って自分だけが愛情を注ぐのは、結構厳しいんじゃないかなと思います。なので、自分が愛されるくらい素敵な人になっていて、愛情を注ぐことで愛情をもらうこともあるし、そういう循環のある生活がしたいです。

まずは相手を受け入れることと、目の前の人を愛することを大事に生きていきたいと思います。

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