鬼哭街

絶罪殺機アンタゴニアス #16 終

絶罪殺機アンタゴニアス #16 終

 前 目次  導き手は息を引き取った。  アーカロト・ニココペクはそのさまをじっと看取った。  不思議と穏やかな顔だった。眉間に刻み付けられた苦悩の皺が、今は緩んでいる。  自分は、彼の救いになれたのだろうか? 《導き手のバイタルサインの喪失を確認。絶罪規定1095条に従い、繰り手は再び休眠に入り次なる導き手を待つべし。我ら、求められることなく力を振るうことまかりならぬ》 『駄目だ、アンタゴニアス』  即座に、言葉を返す。無垢なる深淵を湛えたその目は、目尻を下げていた。  

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絶罪殺機アンタゴニアス #15

絶罪殺機アンタゴニアス #15

 前 目次  無垢なる深淵が、男を見た。  男もまた暗く沈んだ視線を向けた。  無言のまま、何かを交わし合った。 「……お前は、誰だ? 何だ?」 《声紋登録――完了。以降当機はあなたの声に従います。導き手よ、作戦目標を設定してください》  また老人とも子供とも男とも女ともつかぬ声がしたが、男には意味がほとんどわからなかった。  ただ、黙して少年の目を見続けていた。  少年は、こちらを見返しながら軽く首を傾げた。透き通った、濁り果てた、その瞳。  幼くありながら、老いたま

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絶罪殺機アンタゴニアス #14

絶罪殺機アンタゴニアス #14

 前 目次  生きたままピン止めされた黒い蝶。  ソレの全身を目の当たりにしたとき、男の脳裏にはそのような言葉が浮かんでいた。  実際には、蝶とは似ても似つかぬ姿だったが、その在りようをそれなりに正しく言い表せているという確信があった。  ソレは人に似ていたし、昆虫にも似ていた。あるいは竜にも。  片膝をついた姿勢でうずくまっていたが、それでも男の百倍以上の体高があった。  人型に生育した樹木に巨大な昆虫の外骨格が装着されているような姿だ。  脚は長く、関節が人間よりも多い

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絶罪殺機アンタゴニアス #13

絶罪殺機アンタゴニアス #13

 前 目次  男は呆然と立ち上がった。  親指しかなくなった左手の出血は、止まらない。応急処置などする気にもなれなかった。  銃口をこめかみにあてがい、引き金を引いた。  カチリ。  ひ、ひ、ひ、と笑いがこぼれる。  その場に拳銃を投げ捨て、泣き笑いのまま、あてどなく歩き始めた。  周囲は、奇妙に明るかった。  光源なき地下に落ちたならば、暗闇に包まれていなければおかしい。子供の無残な姿を見ることもなかったはずだ。  だがその不可解さに気づくこともなく、壊れた蛇口のように笑

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絶罪殺機アンタゴニアス #12

絶罪殺機アンタゴニアス #12

 前 目次  意識を取り戻した瞬間、男は身を折り、むせ返った。  気管に入ったメタルセルを必死に吐き出す。  痙攣する身を起こし――即座に視界に入ってきたそれに、肺腑をひきつらせる。  何かの塊が、床に横たわっている。思うようにならない目の焦点を、意志の力で合わせた。  悲鳴がこぼれ出た。  腹で千切れた、我が子の上半身。  男にとって絶望的なことに、まだ息があった。  痙攣のような短い呼気。呻き。すすり泣き。 「お……と…さ、ん……ど、こ……?」  すでに光を失った目が、

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絶罪殺機アンタゴニアス #11

絶罪殺機アンタゴニアス #11

 前 目次  今だけなのだ。六つの鉤爪を封ずることができるのは。  今だけなのだ。本体を守るために六つを総動員しなければならないのは。  乙零式が直下勁力弾の射線から逃れれば、ただそれだけで鉤爪どもは防御の必要がなくなり、フリーになる。  寸毫の勝ち目すら、失せる。  ゆえに。  男の勝機は、この一瞬のみにあった。  軽功による疾走。瞬時に肉薄。踏み込みの脚を、敵の脚と絡める。 『おと……』  前腕部のブレードを展開しかけたが、男は脚を払って体勢を崩させ、倒れかかるその矮躯

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絶罪殺機アンタゴニアス #10

絶罪殺機アンタゴニアス #10

 前 最初 「待ってよ……お父さん……待って……」  よたよたと、赤ん坊のようにつたない足取りで、泣きながら。  まるで、つかまり立ちができたばかりの頃のように。  男は、こらえきれずに身を折って胃液をぶちまけた。アレが自らの胤である事実が呪わしかった。 「く……」  くるな、と。反射的にそう言いかけて、言葉を呑み込んだ。  違う。逆だ。 「来い……ッ! 殺してやる……ッ!!」 「お父さん、僕のこと、嫌いになった? もう、愛してないの?」 「愛していたとも! 愛していたんだ

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絶罪殺機アンタゴニアス #9

絶罪殺機アンタゴニアス #9

 前 最初  ――自分は、何をしているのだろう。  内息を整え、気を練った。無意識の反復。どのような状況にあろうと、本能的にそれは成される。  四肢に残る麻痺は薄まり始めている。震えながらでも、右腕は動く。  今まさに男の親指を切断している少年は、内功についての知識はない。四歳の時に離れ離れになったのだ。内家拳法のさわりすら理解はしていない。だから油断しきっているし、男がすでに行動可能となっていることに気づいていない。  激痛が弾け、左親指がゆっくりと切断されてゆく。  

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絶罪殺機アンタゴニアス #8

絶罪殺機アンタゴニアス #8

 前 最初  はっきりと、自覚した。  なぜ自分がまだこの苦界に留まっていたのか。なぜ無意味に生きながらえていたのか。  ――何かの間違いであってほしかったから。  ささやかな家庭を破壊し、愛した女を惨たらしく殺めたのは、  「社会」や「秩序」という曖昧模糊とした存在であり、  この悲劇に男の息子は関わってなどおらず、  今でも男の助けを待っているのだと、  そのような甘い夢想の中で、  殻に閉じこもった。  だが――今目の前にいる少年が、凛々しく成長した我が子であることを

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絶罪殺機アンタゴニアス #7

絶罪殺機アンタゴニアス #7

 前 最初  最も効率的にエネルギー資源となる罪とは何か。人類史上、常に感情的に忌まれてきた最大の罪とは。  ――あぁ。  奇妙な安堵すら抱いていた。  防御不可能。回避不可能。己の総身に勁力が充溢していれば、銃撃の反動で軌道変化も期することができたであろうが、それも不可能。迂闊に空中へと逃れたことが敗因か。足がかりとなる大地から離れれば、武術家は無力だ。  さきほどビルを両断した威力から考えて、助かる可能性は万に一つもあるまい。速やかで慈悲深い救済だった。  考えてみれ

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