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絶罪殺機アンタゴニアス #10

  最初

「待ってよ……お父さん……待って……」
 よたよたと、赤ん坊のようにつたない足取りで、泣きながら。
 まるで、つかまり立ちができたばかりの頃のように。
 男は、こらえきれずに身を折って胃液をぶちまけた。アレが自らの胤である事実が呪わしかった。
「く……」
 くるな、と。反射的にそう言いかけて、言葉を呑み込んだ。
 違う。逆だ。
「来い……ッ! 殺してやる……ッ!!」
「お父さん、僕のこと、嫌いになった? もう、愛してないの?」
「愛していたとも! 愛していたんだ!」
 引き金を引く。引く。引く。
 すべて装甲に弾かれ、傷一つつかなかった。それでいい。もっと来い。近くへ来い。
 過ちだった。彼女と出会ったことも。愛し合ったことも。なにもかも、過ちだった。
「お前さえ……お前さえ生まれなければ……ッ!!」
 今きっと、自分は醜い顔をしているのだろうな――と。諦念と嫌悪の入り混じった絶望を抱きながら。
 男は、殺し間に、我が子を捉えた。
 そこに、落ちてくるはずなのだ。そうなるように撃ったから。
 対数螺旋の射撃フォームによる、化勁弾道制御。
 想定外の敵が出現した時のための、保険である。
 乙零式が、また一歩、歩みを進めた。

 ――来る。

 天より降り来るものあり。
 龍の咆哮を上げ、落雷のように、隕石のように、死のように降り来るものあり。
 黄金の勁気をまとい、二重螺旋を描きながら、甲高い悲鳴を上げ、腹の底に響くような轟きを宿し。
 先刻、地中の「何か」から力を汲み上げるため、上空より回転しながら床に着地した際。その螺旋形の推進力を得るために、二挺拳銃より重厚な勁力を帯びた弾丸を、斜め上方に向けて撃ち放った。
 それは化勁の作用を受けてすこしずつ軌道を曲げながら、今の今まで大きな弧を描いていたのだ。
 巨大な偏向半径をなぞりながら、二発の滅びは、神の鉄槌となって真上より戻ってきたのだ。
 都市機能の中枢に直結した、超大型罪業変換機関の輝きにも匹敵しそうな、目も眩むような光の弾。
 それが、落着した。
 瞬間、音が消えた。次いで壁のような勁風が男の体を吹き飛ばし、耳を聾する熱波となって全周囲に押し寄せた。
 命中。男は何もしていない。目くらましに引き金を引いていただけだ。機動牢獄を殺す、いかなる動きも見せなかった。
 ゆえに、必中だ。前触れもなく真上から降り来る脅威に、人間は対応できない。
 甲式の装甲すら貫通する威力だ。乙式では耐えられぬ。
 だが。
 神経を掻きむしるような硬質の悲鳴が大気をつんざき、男は眉をしかめた。
 そして、信じがたい光景に目を剥く。
 六つの骨色の鉤爪が、乙零式の頭上に陣取り、六角形の障壁を展開していたのだ。
 勁力弾頭と、高密度罪業場の盾が激突し、超自然的な不協和音を奏でながら鎬を削っていた。それは物理法則に亀裂が入るような、条理の埒外にある光景だった。
 ――ゆえに、男は、踏み込んだ。

【続く】

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