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絶罪殺機アンタゴニアス #7

  最初

 最も効率的にエネルギー資源となる罪とは何か。人類史上、常に感情的に忌まれてきた最大の罪とは。

 ●

 ――あぁ。
 奇妙な安堵すら抱いていた。
 防御不可能。回避不可能。己の総身に勁力が充溢していれば、銃撃の反動で軌道変化も期することができたであろうが、それも今この瞬間は不可能。迂闊に空中へと逃れたことが敗因か。足がかりとなる大地から離れれば、武術家は無力だ。
 さきほどビルを両断した威力から考えて、助かる可能性は万に一つもあるまい。速やかで慈悲深い救済だった。
 考えてみれば、どうして今まで銃を己のこめかみに当てて引き金を引くということをしなかったのだろう。まさか、まだこの世で何かを成せるとでも思っていたのか。おめでたいことだ。
 男の眉間から苦悩の皺が薄れ、ずっと忘れていた「安らぎ」という感覚を思い出す。
 だが。
「……ぎッ!?」
 全身を刺し貫くような苦痛が弾けた。
 光の斬撃が間違いなくこの身を通過し、跡形もなく蒸発させたはずだというのに。
 なぜ意識がある。なぜ痛みがある。
 何も理解できぬまま、男は鋼床に墜落した。
「がッ……ぐッ……」
 銃を取り落し、呻く。まるで全身が焼け爛れたかのような苦痛の海。不随意の痙攣。
 手足が言うことを聞かず、もがくことしかできなかった。
 静かな足音が、迫り来た。
『今のは電磁波を罪業場で束ねたものだ。殺傷力はないよ。しばらくは動けないだろうけどね』
 仮面ごしの、くぐもった声。
 なぜかその声を聴いた瞬間、男は悪寒を覚えた。何か致命的な事態が発生しようとしていることを予感した。
 ――零式は。
 人を二、三人殺した程度の、並の罪人では起動すら不可能だ。機体から要求される罪業量の桁が違う。
 だが、この罪業至上社会において大量殺人犯はあまり歓迎されない。被害者たちがこれから罪を犯す可能性を摘み取ってしまうからだ。巨視的に見て、効率の良い罪業産出方法とは言えない。
 では、最小限の殺害人数で、最大限の罪業を得るにはどうすればいいのか。
 乙零式が、歩み寄ってくる。ゆっくりと、底知れぬ感情を込めて。
「よ……せ……」
 男はかすれた声を出す。その声には、怯えと懇願の色があった。
『どうしてだい? いったい何を恐れているんだい? あなたはどんな苦痛にも耐えられる人だろう?』
 どこか哀し気に、乙零式は首を傾げた。
「やめろ……来る、な……」
 言葉も空しく、死の天使は男のそばで膝をついた。
 背に手を回し、優しく抱き起す。自らのこめかみに手をやり――仮面が、開いた。

 ――最も効率的にエネルギー資源となる罪とは何か。

「ァ……」

 ――人類史上、常に感情的に忌まれてきた最大の罪とは。

「あ、ああ、あ、あああ……ァ……」
 その顔を見た瞬間、男の魂は死んだ。
 目から光が失せた。無意識のうちに視覚をシャットアウトしていた。
 澄み切った青い瞳の、少年の顔がそこにあったから。
「久しぶり、お父さん」
 親殺しの罪人が、わずかな悲哀を込めて、男に微笑みかけた。

【続く】

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