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絶罪殺機アンタゴニアス #6

  最初

 床に、かすかな振動を感じた。人体よりも明らかに重いものが接近している。
 男は目を見開く前にその場を転がり、跳ね起きた。
 体の側面に熱を感じる。
 ゆっくりと、瞼を開く。
 一瞬前まで男が寝そべっていた場所が、溶鉄の川と化していた。
 一直線の、斬撃痕。
 それが伸びる先に、ひとつの影が佇んでいた。
 甲冑のごときものを装着した人型だ。視界に入れるだけで、目に写る情報量の多さに眩暈がしそうになる。
 蛇腹状に連結した鋼板が、緊密かつ精緻な構造を形作っている。人体の動作を全く阻害せず、その身のこなしは寒気を覚えるほどに生物的だ。黒くのっぺりとした鎧の上から、骨色の増加装甲を装着していた。所々に赤いエネルギーラインが走り、血のごとき陰惨な光を湛える。
 前腕から伸びる突起物を振り下ろした姿勢で、それはゆっくりと顔を上げた。
 スリットから赤い光が漏れ出て、こちらを上目遣いに睥睨する。
 その周囲に、骨色の鉤爪めいたものが六つ。本体と同じく赤い光を宿しながら浮遊していた。
「乙零式……」
 男は畏怖を込めて呟いた。
 乙零式機動牢獄。
 搭乗型の甲式と、装着型の乙式。まったく異なるコンセプトの系譜に連なる更生支援兵器だが、共通して存在する「規格外型番」というものがあった。
 それが、零式。罪業物理学のグロテスクな結晶。恵みと滅びを司る死の天使。
「いよいよ本腰を入れてきたというわけか」
 男は両銃把からマガジンを排出し、袖口から飛び出てきた新たな弾倉を叩き込んだ。一秒にも満たぬリロード。
 だが――
 赤黒い閃光が視界を両断したとき、男は無様に転がって逃げることしかできなかった。
 見ると、乙零式は立ち上がり様に足を振り上げていた。ふくらはぎに装着された装甲から突起物が展開し、光の刃を伸長させたのだ。
 背後の廃墟ビルが斬断され、崩壊する音が轟いた。振動が腹の底を揺るがす。
 硬質の音がして、突起物が装甲の隙間に折り畳まれてゆく。乙零式はなめらかに脚を下ろした。両足を一直線に揃えた優雅な立ち姿で、こちらを見下ろしてくる。一連の動作に体幹が一切揺らいでいない。
 暗い目の男は片手を突いて跳ね起きざまに側転。回避機動を続けながら鋼板に震脚を打ち込む。
 軽い勁力を帯びた弾丸が撃ち放たれた。甲式には力不足だが、人間+αの質量しかもたぬ乙式に対しては打撃として有効だ。
 前腕の装甲で無造作に弾かれるところまでは予想内。その刹那の隙により体重の乗った踏み込みを――
「ッ!」
 突発的にバック転。浮遊する骨色の鉤爪から赤黒いビームが照射され、男のいた地点が赤熱した。
 鉤爪どもは鋭角的な軌道を描きながら殺到。男を包囲して全方位より光線を浴びせかける。照射時間は一瞬。だが頻度が多い。飛蝗功にて大跳躍。キルゾーンを脱する。
 そこへ、本体が狙いすましたかのような光の斬撃を叩き込んできた。

【続く】

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