【小説】僕には自信が無い ②
僕には自信が無い ①の続き
一定の支持を受ける理由も気になるが、俺には急務の課題があった。もちろん30万円使ってしまった「事件」を笑い話に変えるつもりで、今日は来たわけだが目的はもう一つあった。それについて彼に意見を求めたかった。
「実は、来週ぐらいに会おうとしている人がいるんだけど…」
「おっ!次ですね!いいですね」
コウの目の色が変わった。好奇心旺盛。切り替えも割と早い。
「まだ行く場所決めてないんだよね、どこ行ったらいいと思う?」
失敗だったと凹んだが、失敗が大きかった分、意外にも切り替えは早かった。マッチングアプリだ、失敗も成功も紙一重、ダメなら次がいる。現金な話だが、そういうアプリなのだから仕方がない。
今回会う相手は、これまたディズニーが好きで、市内に住んでいる人。ラインでのやりとりはしているし、写真も何度か送ってもらっているが、会う事自体は初めてだった。
市内に住んでいるので比較的会いやすいし、初めて会うのにたとえ日帰りでもディズニーランドなどに行くのは荷が重い。となると、でかける先の候補選びがより難しかったのだ。
コウに、相手のプロフィールを少し話してみると、すこし考えてから口を開いた。
「そうですね~、じゃあ翔さんが一番好きなところに連れていったらいいじゃないですか?」
「一番好きなところ?」
「そう。お互い「ディズニー好き」できっと検索にひっかかったんでしょうから、共通項であるディズニーリゾートなんて行こうと思えば、いつだっていけるじゃないですか。」
「なるほど。」
納得はするが、具体的にどこに行ったらいいのか見当がつかない。
「旅館」?いやいや邪な考えが…いきなり温泉っていやらしいじゃないか…「カフェ」?たくさんあるしなぁ、いつだっていける。「水族館」…定番かもしれないけど、別に好きじゃない。
頭の中でグルグル考えているとコウが、一言。
「ほら!野球!」
何言ってるんだこいつは。確かに彼と一緒に年に10回程度見には行くぐらい好きだ。地元には、15年ほど前にファルコンズと言うプロ野球チームが発足し、ペナントレースの時期にはホーム戦があれば、いつでもと言っていいほど観に行くことができるようになった。
「いや、いきなり野球って、女子が球場に観に行くと思うか?」
野球はおっさんのスポーツであり、男のスポーツ。これまで出会った相手はほとんどサッカー派か、スポーツに全く興味のない人ばかりだった。野球なんて女子に不人気だというイメージがぬぐい切れないのになんであえて野球なんだ?
「野球を観に行くんじゃなくて、試合のある日に球場に行ってくださいって話です。だって翔さん好きでしょ?球場の雰囲気も、野球も。」
「たしかにそうだけど」
「じゃあ、考え付いたところ言ってみてください」
「旅館。カフェ。水族館。あとしいて言うなら映画館。」
「最初に旅館…翔さん大胆やなぁ!このぉ」
「アホ!」
「まぁそれはさておき、今あげたところ、ぶっちゃけ言いますけど、無難です。」
まぁぁ、こいつは、しれっと刺さる事を言い出す。人が一生懸命考えたのに「無難」片づけるってどうなの!?
「だから、お前に聞いてみたんだよ!!」
「あ、すいませんハイボールお願いします!」
こっちが不満を口にしているのに、そんなのお構いなしに、彼は通りかかった店員に飲み物のおかわりを注文。見事にかわされて悔しい。注文が終わったかと思ったら、余裕の笑みを浮かべて、
「あぁごめんなさい。無難って言ったのは何も翔さんが悪いわけじゃないです。俺が言いたいのは、「翔さんだから」連れて行く場所に行って欲しいってことです。」
# 俺だから連れていける場所#とは
「翔さんが考えたところは、向こうからすれば、相手が翔さんじゃなくてもいい。こっちからしても同じです。相手がその人じゃなくたっていい。それに別に今行かなくたってあとでもいけるじゃないですか。」
「確かにそうだけど」
「だからこそ、ニッチな場所で勝負です。ファルコンズを愛してやまない翔さんだからこそ、テレビ中継じゃなくて、わざわざ球場に足を運んで観に行くんだ!ってことを見せつけてきてください。もちろん割り勘で!」
「相手が興味もってくれなかったら、つまらなくないか?」
敢えて俺だから行く場所に連れていくのはわかった。でも、一番のネックはそこだ。もてなすこと、尽くすことに対して一番価値を感じている俺からすると相手に退屈な時間を過ごさせるのが耐えられない。
「翔さんにも選ぶ権利があるし、たとえ興味もってもらえなくたっていいんですよ。とにかく、「俺はこういう人間だ!」って理解してもらうための段階です!翔さんが野球が好きで野球が無いと死ぬ人ぐらいなんだぐらいの理解をしてもらって、野球を観ることを認めてくれるような相手じゃないと、たぶん翔さん幸せになれないと思う。」
コウが言い終えたタイミングで店員さんがハイボールを持ってきた。
ハッとした。今まで、目の前にいる女性に良く思われようと必死だったんだ。それに自分という人を理解してもらう前に、おもてなしをすることやお金を多く出すことで補おうとして、全然「野球が好き」とか「音楽が好き」とか自分の好きなモノを話に出したことが無かった。来週はファルコンズの試合に行くことを提案してみよう。俺の好きな野球を楽しんでもらおう。
「なるほど、じゃあ行ってみるよ。バックネット裏でいいかな?」
向かいで頬杖をついていた左腕がずれ、ガクッと頭が落ちた。
そうじゃない!とばかりの表情をして、
「また!そうやって!外野席で良いんですよ!!それも割り勘でね!」
「そうか・・・」
必要以上にもてなすな!!!というように釘を刺され、さらに
「それに、興味が無いのは構わないけど、せめて野球を観に行くことを認めてくれるような人じゃないと、俺が困るんですよ。とりあえずその人誘ってみてください。んで、行かないって言いだしたら俺が行きますから」
と付け加えて、ニッと笑顔を見せた。
そして、この話は終わり、サシ飲みはお開きとなった。
帰りのバスで、試合日程を確認すると、埼玉キャッツ戦がちょうどよく、1週間後にあり、1週間後に会う女性にファルコンズの試合を見に行くことを提案する旨のラインを送った。
一緒に球場にいけるのだろうか…
そんな不安と期待を持った俺を乗せて、バスは夜道を走った。
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