長谷部浩

自由に長い劇評を書きたい。そんな願いが高まってきましたので、NOTEを選びました。 書…

長谷部浩

自由に長い劇評を書きたい。そんな願いが高まってきましたので、NOTEを選びました。 書くことは、今も、大好きです。読者のみなさんが、こんな考えもあるのかと、 思っていただけるような評でありたいと思っています。

マガジン

  • 長谷部浩のノート お芝居と劇評とその周辺

    歌舞伎や現代演劇を中心とした劇評や、お芝居や本に関する記事は、このマガジンを定期購読していただくとすべてお読みいただけます。月に3から5本程度更新します。お芝居に関心のあるかたに愉しんでいただけるとうれしいです。

  • 長谷部浩の俳優論。

    歌舞伎は、その成り立ちからして俳優論に傾きますが、これからは現代演劇でも、演出論や戯曲論にくわえて、俳優についても語ってみようと思っています。

  • 外国人演出家の仕事

    ストレートプレイもミュージカルも、演出家を外国から招聘して、稽古場をゆだねる傾向が続いています。私にも、シアタープロジェクト東京の芸術監督を務めたデヴィッド・ルヴォーの演出論『傷ついた性』があります。なぜ、日本のプロデューサーは、外国人演出家を呼ぶのでしょうか。

  • 野田秀樹の宇宙

    現代演劇を代表する劇作家・演出家・俳優の野田秀樹についての劇評、エッセイをまとめました。 近年の野田の仕事が見渡せるマガジンです。長谷部は、二十代から野田の仕事を見守っています。NODA MAP以降の劇評をまとめた『野田秀樹の演劇』(いずれも河出書房新社)をこれまで公にしてきました。 『野田秀樹作・演出『パンドラの鐘』初演のときに書いた劇評「白い雲」』からは、長編評論「白い雲」の全文をダウンロードして頂けます。PDFファイルで16ページ。この評論には、『パンドラの鐘』だけではなく、野田秀樹と夢の遊眠社がどのような歩みをたどり、どのような演劇のスタイルを作ってきたかが、くわしく書かれています。

  • 本棚に人生がある。

    思えば、本ばかり読んでいた。幼い頃からひとりの時間が多かったので、他にすることがなかったからで、こんな人生になってしまった。けれど、もちろん後悔などない。今日も、明日も、明後日も、きっとまた、本に手が伸びる。頁をくる。そして読み、閉じる。このマガジンには、そんな読書からこぼれ落ちた雫を掬い取っていきたい。

ウィジェット

  • 商品画像

    権力と孤独――演出家 蜷川幸雄の時代

    長谷部 浩
  • 商品画像

    天才と名人 中村勘三郎と坂東三津五郎 (文春新書)

    長谷部 浩
  • 商品画像

    坂東三津五郎 歌舞伎の愉しみ (岩波現代文庫)

    坂東 三津五郎
  • 商品画像

    坂東三津五郎 踊りの愉しみ (岩波現代文庫)

    坂東 三津五郎
  • 商品画像

    権力と孤独――演出家 蜷川幸雄の時代

    長谷部 浩
  • 商品画像

    天才と名人 中村勘三郎と坂東三津五郎 (文春新書)

    長谷部 浩
  • 商品画像

    坂東三津五郎 歌舞伎の愉しみ (岩波現代文庫)

    坂東 三津五郎
  • 商品画像

    坂東三津五郎 踊りの愉しみ (岩波現代文庫)

    坂東 三津五郎

最近の記事

のたうちまわる演出。藤田俊太郎『リア王の悲劇』をめぐって

 のたうちまわって演出をする。蜷川幸雄さんは、自らの演出について、こんな言葉を使った。日本でももっとも恵まれた立場にいならがも、演劇は集団作業である以上、すべてが思い通りになるはずもない。まして、シェイクスピアにも、ギリシア悲劇にも、見上げれば遙かな上演史がある。すべての意味で、「のたうちまわった」人生だったのだろうと思う。  横浜のKAATで『リア王の悲劇』(シェイクスピア作 河合祥一郎訳)を観た。演出の藤田俊太郎が、師蜷川の遺髪をつぐべく「のたうちまわって」演出している

    • 【劇評351】俳優、峯村リエへの巧みなオマージュ。『ミネムラさん』の慈愛あふれる世界

        注目の劇作家 今、注目の三人の劇作家、笠木泉、細川洋平、山崎元晴が、俳優、峯村リエのために、新作を書き下ろす。ここまでは、例がないわけではないと思うが、全体のタイトルが『ミネムラさん』となれば、虚実が入り交じった演劇の本質に斬り込むのではないかと期待された。  こうした予想を覆すように、劇壇ガルバの主宰山崎一と演出の西本由香は、さらに智慧を絞って、企画・構成にひねりを加えた。当日、受付で配布された配役表を見ると、細川の作には、峯村リエの名前がない。三人の劇作家による

      • 多文化を受け取ることの難しさ。ピナ・バウシュ『春の祭典』の現在

         ピナの振付を新しいプロダクションで再生させた『春の祭典』を見た。ヴッパタールによって初演された舞台は、肌の色が異なり、育った母語も違うダンサーたちが、混ざり合ってふたつの集団を作り上げ、ストラグルをおこすところにあった。  今回のプロダクションは、躍動感と野性に満ちあふれている。ただ、これは私の問題だけれど、黒い肌のダンサーで統一されていると、おそらく、それぞれが持っている異なる文化的背景を読み取ることがむずかしくなった。このあたり、短文にまとめるのは、誤解を生むかもしれな

        • 「ミネムラさん」の差し出す謎と答え

           笠木泉、細川洋平、山崎元晴。今、とても気になる三人の劇作家が、俳優峯村リエのために書き下ろした『ミネムラさん』を面白くみた。  配布された紙に客席で目を走らせた。細川洋平が書いた「フメイの家」の配役表には、峯村リエの名前がないではないか。三人の劇作家によるオマージュ、そしてオムニバスを予想していたのだが、見事に肩透かしをくった。いや、期待はさらに高まった。  後日、劇評を書く予定だけれども、こうした趣向のおもしろさ以上に、一本の芝居として、いかに物語っているかを面白くみた。

        のたうちまわる演出。藤田俊太郎『リア王の悲劇』をめぐって

        • 【劇評351】俳優、峯村リエへの巧みなオマージュ。『ミネムラさん』の慈愛あふれる世界

        • 多文化を受け取ることの難しさ。ピナ・バウシュ『春の祭典』の現在

        • 「ミネムラさん」の差し出す謎と答え

        マガジン

        • 長谷部浩のノート お芝居と劇評とその周辺
          初月無料 ¥500 / 月
        • 長谷部浩の俳優論。
          84本
          ¥1,480
        • 外国人演出家の仕事
          17本
          ¥980
        • 野田秀樹の宇宙
          43本
          ¥1,480
        • 本棚に人生がある。
          28本
          ¥980
        • 贔屓といえば中村屋
          31本
          ¥980

        記事

          キャリル・チャーチルの今。混乱を怖れぬ覚悟。

           キャリル・チャーチルの二作、ダブルビルを見た。「A NUMBER 数」と「WHAT IF IF ONLY もしも もしせめて」は、ジャサンサン・マンヴィの演出、広田敦郎の訳である。 それぞれ2002年と2021年に初演された短い戯曲をなぜ、ふたつ並べたのか。もちろんパンフレットには、マンヴィの考えは示されているけれども、「WHAT IF IF ONLY もしも もしせめて」のあとに、二十分間の休憩を挟んで、「A NUMBER 数」が上演された舞台を観て、考えに沈んだ。この二

          キャリル・チャーチルの今。混乱を怖れぬ覚悟。

          私の「推し」は、白熊さんです

           言葉については、偏屈なところがあります。今時の「学び」とか「振り返り」とか「協働」とか聞くと、さしたる理由なく、引いてしまいます。    演劇を仕事にしているので、「好きな役者は」と言われるととても困ってしまいます。ですが、「大相撲の力士で推しは」と問われるなら、きっぱり白熊関と答えます。  西前頭十六枚目、二所ノ関部屋。福島県須賀川市出身の二十五歳。本名は、高橋優太で、しこ名は白熊優太。気は優しくて力持ち。なんとアトラクティブな名前ではありませんか。  なにしろ前から

          私の「推し」は、白熊さんです

          【劇評350】『妹背山婦女庭訓』と『勧進帳』。藝を後世に手渡す舞台

          播磨屋と秀山祭  時が過ぎるたびに二代目吉右衛門の役者としての大きさが胸に迫る。  秀山祭九月大歌舞伎の夜の部は、歌舞伎の代表的な演目が並んだ。なかでも、『妹背山婦女庭訓』の吉野川は、仮花道を使った劇場そのものが桜満開の吉野を写す。重厚な義太夫狂言だけに、そうそう出せる演目ではない。  歌舞伎座の立女形として重い位置にある玉三郎が、あとに続く役者のために、歌舞伎のあるべき姿を示す舞台となった。   花渡しを出すことの意義 大判事清澄と太宰の家が、抜き差しならぬ対立

          【劇評350】『妹背山婦女庭訓』と『勧進帳』。藝を後世に手渡す舞台

          【劇評349】観客の心を熱くする歌舞伎役者。尾上右近の「研の會」の達成

           歌舞伎を観て、心を熱くした  自主公演も第八回を数える。尾上右近による『研の會』は、大阪、東京と二都市でそれぞれ二日、昼夜四公演だから、熱烈に支持する贔屓が、右近を後押ししているとわかる。その期待にきっちりと応えていくだけの技倆と熱意が備わっている。 出にたちこめる過去 まずは、『摂州合邦辻』。右近によって、人間の業をめぐる芝居だとよくわかる。花道の出から、堂々たるものだが、夜の道をひとりあるく玉手御前に、これまでの来し方を探っている趣がある。  あでやかな片袖は

          【劇評349】観客の心を熱くする歌舞伎役者。尾上右近の「研の會」の達成

          研の會、初日夜の部。圧倒的な成功といっていいだろうと思う。確かな技術に魂を吹き込むのは、尾上右近の歌舞伎への憧憬の強さだろう。一座が一丸となって、火の玉のような舞台が生まれた。「摂州合邦辻」「連獅子」いずれもいい。眞秀が一回り大きな役者へと成長しているのがよくわかった。

          研の會、初日夜の部。圧倒的な成功といっていいだろうと思う。確かな技術に魂を吹き込むのは、尾上右近の歌舞伎への憧憬の強さだろう。一座が一丸となって、火の玉のような舞台が生まれた。「摂州合邦辻」「連獅子」いずれもいい。眞秀が一回り大きな役者へと成長しているのがよくわかった。

          野田秀樹は、なぜ唐松富太郎を花火職人としたのか。

            俳優と役柄  やくざと兵隊 日本人の男優は、やくざと兵隊を演じさせるとうまい。そんな警句は今でも流通しているように思う。  日本の映画界は、長くヤクザ映画や戦争映画を量産しつづけてきたから、俳優の思想的な背景とは直接むすびつかないにしても、やくざや兵隊を演じる機会が数多く与えられたのは事実だろう。やくざも兵隊も、その言動は様式に縛られていて、その定式をはずなさければ、「それらしく」見えてしまうこともあったろうと思う。 職人の行動様式  ただし、昨今になってから

          ¥300〜

          野田秀樹は、なぜ唐松富太郎を花火職人としたのか。

          ¥300〜

          舞台で主演する資質とはなにか。

          男優の資質  野田秀樹作・演出の『正三角関係』で、松本潤は、堂々たる厚みで舞台を支配していた。松本には、スターとしての帝王学がそなわっているからだというのでは、理由を解明したことにはならない。まぎれもなく松本は、野田秀樹の舞台の主役ととして、揺るぎなく舞台にいた。  私はかつて友人たちと交わした会話を思い出していた。  昨年の冬だったろうか、気の置けない友人たちと、神保町の新世界飯店で夕食をとった。頭脳明晰なふたりなので、談論風発。話題はあれこれ飛んで、めくるめくような言

          ¥300〜

          舞台で主演する資質とはなにか。

          ¥300〜

          池谷のぶえ藝の冴え

           特異であることが、すなわち自然であること。  あるいは、どこにもいずはずもない人間が、どこかにいるはずの人間に見えてくること。  野田秀樹作・演出の『正三角関係』で、池谷のぶえが演じたウワサスキー夫人は、俳優であることのパラドックスをよく体現していたように思う。おしゃべりで、おせっかいなおばさんと見えたところが、劇が進むにつれて、巨大な陰謀の黒幕のようにも見えてくる。なぜ、こんな謎めいていて、不可思議な存在を演じることができるのだろうか。  東京は千穐楽を迎えたとはい

          ¥300

          池谷のぶえ藝の冴え

          ¥300

          8月の東京芸術劇場の豊かさ。劇場の栄枯盛衰について。

            24日の夕方、東京芸術劇場のシアター・ウェストで『天守物語』を観た。開演前、少し時間があったので、イキウメの制作中島さんとB1のピロティですれ違って立ち話をした。少し用があったので、ノダマップの広報伊藤さんに連絡をとって、また、少し話した。  考えてみると、この日は、プレイハウスではノダマップの『正三角関係』、シアター・イーストでは、イキウメの『奇ッ怪』、ウェストではPRAY+篠井英介の『天守物語』が公演中だった。もちろん偶然ではあるけれども、魅力ある公演がひとつの劇場

          8月の東京芸術劇場の豊かさ。劇場の栄枯盛衰について。

          【劇評348】篠井英介の富姫が『天守物語』をふたたび現代に召喚する。

          初演からの歴史  意欲的な快作を観た。  篠井英介の富姫による鏡花の『天守物語』(構成・演出桂佑輔)である。今回は、『超攻撃型〝新派劇〟天守物語』と題している。あえて、〝新派劇〟と名乗ったのには、理由がある。この芝居は、長く舞台にのらず、読む戯曲(レーゼドラマ)と思われてきた。昭和二十六年になって、ようやく新派によって初演されたからだ。このとき、鏡花はこの世から去っていて、初演の舞台を観ていない。  上演年表を辿ると、富姫を演じたのは、初演の花柳章太郎に続いて、六代目

          ¥300〜

          【劇評348】篠井英介の富姫が『天守物語』をふたたび現代に召喚する。

          ¥300〜

          書店から姿を消していた「新潮」九月号をようやく入手。神保町を何軒か歩いても見あたりませんでした。私の劇評が掲載されている「文學界」九月号も、どうぞよろしく。川上未映子のインタビューも読めます。

          書店から姿を消していた「新潮」九月号をようやく入手。神保町を何軒か歩いても見あたりませんでした。私の劇評が掲載されている「文學界」九月号も、どうぞよろしく。川上未映子のインタビューも読めます。

          河合祥一郎訳の『新訳 ドリアン・グレイの肖像』は、クリアな世界を構築する。

           すっかり忘れていたのだけれども、オスカー・ワイルドは、中学生時代に愛読した。今、思えば、ワイルドが好きな中学生などというものは、鼻持ちならないどころか、うさんくさく思える。私が読んだのは、新潮文庫版、福田恆存訳だった。  その後、二○一二年には、光文社の古典新訳文庫から、作家の平野啓一郎訳が出ているが、私はこの訳を読んでいない。  今回、角川文庫から出た『新訳 ドリアン・グレイの肖像』は、シェイクスピア学者として知られた河合祥一郎の訳である。一読して、その訳文は実に平易で

          河合祥一郎訳の『新訳 ドリアン・グレイの肖像』は、クリアな世界を構築する。