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長谷部浩のノート お芝居と劇評とその周辺

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記事一覧

夏の仕事

  慶應義塾大学では、永井荷風や久保田万太郎らが健筆をふるった「三田文學」を刊行しています。最新号に、演劇時評を書きましたので、機会があれば、どうぞお読みください。  今週は、雑誌『悲劇喜劇』のゲラ戻しがあります。 2017年から長期にわたって「シーン・チェンジズ」を連載してきましたが、この号をもって閉じることになりました。7年ほどになります。いよいよ閉じるとなると感慨深いものがあります。  先週からずっと雑誌『文學界』(8月7日発売)に掲載される『正三角関係』の劇評執筆に取

【劇評345】法廷劇に巻き起こる風。野田秀樹作・演出『正三角関係』。

 『正三角関係』には、何が賭け金となっているのだろう。 ずいぶん以前、夢の遊眠社解散のときに、野田秀樹の仕事を概観して、「速度の演劇」と題した長い文章を書いた。今回の舞台は、まさしく役者と演出とスタッフワークの圧倒的な速度を賭け金として、日本の近現代史のとても大切な結節点にフォーカスしている。  舞台写真にあるように、色とりどりのテープ、球、蜘蛛の糸などが、大きな役割を果たしている。 年齢を重ねるに従って、日本の藝は枯淡の境地にたどりつくと思われているが、野田秀樹はどうやら

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堀尾幸男の舞台美術の全体像が見られる展覧会へ、ぜひ。

 舞台美術は、演劇のスタッフワークのなかでも、まんなかに位置するといっていいと思います。  日本の現代演劇を代表する堀尾幸男の『堀尾幸男 舞台美術の記憶』が、東京芸術劇場のシアター・イースト、ウェストと同じ階にある両翼のギャラeで開かれています。野田秀樹の舞台装置が数多く展示されているほか、たとえば横浜ボートシアターのように「あれ、これも堀尾さんだったんだ」と、驚くような舞台もある。  ずいぶんたくさん、堀尾さんの作品を見てきたな。スケール感と細部へのこだわりが両立していて、

【劇評344】ナイロン100℃の『江戸時代の思い出』は、世界を黒く塗りつぶす。

 たたみかけるような悪夢が連続する。  ひとつの悪い夢から覚めたかと思うと、また次の残酷とグロテスクが迫ってくる。  ナイロン100℃三十周年記念公演の『江戸時代の思い出』(ケラリーノ・サンドロヴィッチ作・演出)は、シンプルなタイトルとは裏腹に、本質はシリアスなホラー劇の快作である。  たしかに、スタイルとしては、達者で魅力的な役者を集めたナンセンス・コメディでもあるので、悪夢の連続は、観ているうちは意外に顕在化してこない。けれども、見終えて時間が経つうちに、笑いの要素は消

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【劇評343】趣向の夏芝居で観客を沸かせる幸四郎。進境著しい巳之助と右近。

 趣向の芝居である。  七月大歌舞伎夜の部は、『裏表太閤記』(奈河彰輔脚本 藤間勘十郎演出・振付)が出た。昭和五十六年、明治座で初演されてから、久し振りのお目見え。記録によれば、上演時間は、八時間半に及ぶ。私はこの公演を見ていないが、演じる方も、観る方も恐るべき体力が必要だったろう。  二代目猿翁(当時・三代目猿之助)が芯に立つ。猿翁は、スピード、ストーリー、スペクタクルの「3S」によって、復活狂言を打ち出していたが、この作品は、太閤・秀吉を核とした「太閤記物』の集大成であ

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【劇評342】文学座の『オセロー』は、滑稽で愚かな現代人の鏡となった。

 鵜山仁演出の『オセロー』(小田島雄志訳)は、滑稽にしか生きられない現代人のありようを写している。  イアーゴの巧みな計略によって、ムーア人のオセローが嫉妬に燃えて、妻デズデモーナを殺害する。この筋は、現代においては、悲劇ではなく、滑稽な惨劇になってしまう。  シェイクスピアのメランコリー劇だからといって、荘重に演出するのではない。SNSのなかで、興味本位にいじられるスキャンダルに、人間の愚かさが見えてくる。その姿に共感する。そんな現代の構図を生かしているように思われた。

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花組芝居の『レッド・コメディ』を観ながら、思い浮かんだ感想いくつか。

 さしたる根拠がないので、劇評には書きにくいことがある。  今回の『レッド・コメディ』は、『一條大蔵譚』の長成が、意識されているような気がしてならなかった。加納幸和演じる葵は、桂木魏嫗として歌舞伎の舞台に立っていたとき、硫酸による暴行に巻き込まれた。本作のほとんどは、東新聞社主の田岡の庇護のもとに、狂気を癒やしているという設定になっている。  狂気といったが、加納が演じる葵は、実にわがままいっぱいで、かわいらしい狂いであり、愛嬌にあふれている。青年川野に、いたずらを仕掛け

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【劇評341】細川洋平は、俳優と観客の顕微鏡的な関係を再構築する。

 細川洋平が、ほろびての初期作品に改訂を加えて上演した『Re:シリーズ『音埜淳の凄まじくボンヤリした人生』』は、「ボンヤリ」観ることを許さぬ緊迫した舞台となった。  冬である。登場人物たちは、熱いコートやマフラーをして、下手の扉から登場する。中年の音埜淳(吉増裕士)は、息子の大介(亀島一徳)と、気の置けない父子のやりとりをしている。上手の机に置かれたラップトップコンピュータに向かっている。 「これは内緒なんだけどな。父さん宇宙人に会ってきた」。  私たちは、ちょっと風変

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【劇評340】加納幸和にとって「赤姫」は、人生そのものだった。

 赤姫という言葉がある。  歌舞伎好きには、何をいまさらといわれそうだけれど、役者には、得意の役柄があり、「仁にあっている」と呼ばれたりする。女方の役柄は、姫、娘方、世話女房、武家女房、女武道、傾城、遊女、芸者、悪婆、婆、変化などに分類される。  なかでも、姫は、女方の精華であり、主に時代物に登場するお嬢様で、恋に身をゆだねる役が多く、緋綸子または緋縮緬の着付なので「赤姫」と呼ばれることもある。鬘は、銀花櫛付の吹輪と決まっている。  花組芝居の加納幸和は、まさしく赤姫の役

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【劇評家の仕事7】文体模倣までしました。渡辺保と扇田昭彦が私に与えた影響

 劇評を書き始めた頃、十代後半から二十代は、先行する劇評家の文章をよく読んでいました。  私は一九五六年生まれだから、当時は七十年代から八十年代にかけての時期です。雑誌の『テアトロ』や『新劇』に掲載されている評をかたっぱしから読んでいった。そのなかで、私が夢中になったのは、古典では渡辺保、現代演劇では扇田昭彦の評論でした。  心酔したといってもいい。けれども、いざ、自分に書く場が与えられると、今度は、模倣にならないかが気になりはじめたのです。  ごくごく初期は、文体模倣ま

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【劇評家の仕事6】視力を失う恐怖感は、いつも頭を去らない。

 批評家にとって、何が一番大切なのか。  月並みですが、劇場に行って、資料を読み、劇評を書くためには、健康が必要です。体力、気力を支えるのは、なによりもまず、健康だろうと思います。  健康と一口にいいますが、私にとって、もっとも気になるのは眼です。  なぜ、こんな話をはじめたかというと、ごく最近、白内障の手術を受けたからです。二年ほど前から、白内障と診断され、半年に一度の検診を受けてきました。特に進行することなく、手術は先かなと思っていたのですが、右目のにじみが感じられる

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【劇評家の仕事5】遊興の徒となるべく、学生時代を過ごしました

 なぜ、文藝でもなく、映画でもなく、演劇評論家になったのでしょうか。  ひとことで答えるのは、むずかしいのですが、子供のころから藝能に触れる環境があったからです。人形町の末廣亭、上野の鈴本演芸場、新宿の末廣亭の風情が思い出されます。  なかでも、今はもうない人形町がなつかしい。当時は椅子席ではなく、桟敷でした。父とふたりで毎週のように寄席に通っていました。座布団や煙草盆を持ってくると、心付けを渡す。父のその姿を見ていると、大人の世界をのぞきみているようでした。 落語家が私

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【劇評家の仕事4】中谷美紀の『オフ・ブロードウェイ奮闘記 』を読んで。

 書くのをやめないこと  演劇評論家と名乗り続けてきました。そのためには、批評を書き続けることが必要で、書くのをやめたとたんに、この職業名は捨てなければいけないと思って来ました。  女優の李礼仙は、別冊新評の『唐十郎の世界』(昭和四十五年)に収録されたインタビューのなかで、好きな言葉は?と問われ「女優でいたければ、芝居をやめないこと」と答えています。この言葉がなぜか私に取り憑いていて、評論家も同じことだと思い定めてきました。  また、「女優として気をつけるところは?」とい

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【劇評339】初代萬壽の一門の隆盛を願う気持ちが伝わってくる『山姥』

 時蔵が萬壽となり、名跡を梅枝に譲ると聞いて、ある種の感慨に捉えられた。  子供時分はいざしらず、歌舞伎を自覚的に観はじめたとき、当時は三代目梅枝を名乗っていた可憐な女方に心惹かれた。私よりはひとつ上で、同世代意識もあった。同じ年代の勘三郎、三津五郎が五十代でこの世を去ったこともあって、私にとって、萬壽と彌十郎が同じ時代を生きてきたと、共感できる役者となった。  六月大歌舞伎は、初代中村萬壽、六代目時蔵、五代目梅枝の三代が襲名する。あわせて、獅童の息子二人、陽喜、夏幹が、梅

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