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【小説】菜々子はきっと、宇宙人

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<あらすじ> 大学を卒業し、晴れて新社会人となった美春。想像したよりも過酷で、憂鬱な社会人としての生活に、身体と心が限界になり、生きる意味を見失っていた。そんなとき、まるで宇宙か…
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【小説】菜々子はきっと、宇宙人(第16話)最終話

【小説】菜々子はきっと、宇宙人(第16話)最終話

菜々子がいなくなってから約半年の月日が流れた。
もう、この町に菜々子の気配はない。

菜々子がいなくなってすぐは、町の人も、職場も人たちもなんだか物足りないといったように、「菜々子は今どうしているのかな。」と思い出話に花が咲いていた時期もあったのだけれど、時の流れというものは、過ぎ去っていく日々を、少しずつ、少しずつ、気づかないくらいのゆるやかなテンポで消化して、いい意味でも、悪い意味でも、過去の

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【小説】菜々子はきっと、宇宙人(第15話)

【小説】菜々子はきっと、宇宙人(第15話)

厳しい寒さが和らぎ、少しずつ春の訪れを感じるようになった3月のはじまり。旅立ちの季節というのだろうか、職場では、部活やサークルのお別れ会で施設を利用する団体で賑わっていた。

「私はそろそろ旅に出る。」

2月が中旬に差し掛かった頃、そういえば菜々子も旅立つとかなんとか言いだして、新しく原付バイクを購入していた。

「名前はカブっていうんだ。カブみたいに白くて丸っこいデザインに見えるからカブ。」

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【小説】菜々子はきっと、宇宙人(第14話)

【小説】菜々子はきっと、宇宙人(第14話)

季節は冬に移り変わった。山生活の冬は厳しい。私は毎日、痺れるような手足の冷たさに、必死に耐えながら生活をしていた。
1月に入り、一層寒さに磨きがかかってると感じていたが、近所の人いわく、一番寒いのは2月らしい。今でさえ凍え死にそうなのに、さらに寒くなるというのか。

1月は職場も閑散期に入り、定時で帰ることができる毎日が続いていた。私はとにかく冷え切った身体をしっかりと温めようと、仕事が終わるとま

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【小説】菜々子はきっと、宇宙人(第13話)

【小説】菜々子はきっと、宇宙人(第13話)

11月を迎え、紅葉の種類の木々たちは色づき、早いものは、綺麗に散って、ふかふかとした、色とりどりの落ち葉たちが、絨毯のように敷き詰められている中を、音を立ててかき分けながら、私はどんぐりを探していた。

この季節、子どもたちが森の工作で使用するどんぐりのストックを作っておくため、落ちたどんぐりを拾いにいくのも、重要な仕事の一つだ。

拾いはじめて約1時間が経った頃だろうか、地面にしゃがみながら、1

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【小説】菜々子はきっと、宇宙人(第12話)

【小説】菜々子はきっと、宇宙人(第12話)

「えー、優也くん帰っちゃったの?今日まだいるかと思って、仕事終わりはるの家行こうと思ってたのに。」

「あー、ごめんごめん。今日の朝帰っちゃったわ。」

3人で晩御飯を食べた翌日、私は休みだったので、優也をいろんなところに連れて行って、そして今朝、優也が帰途に着くのを見送ってから私は仕事に出社した。

「えー、ほんと残念。ねね、連絡先は共有していいって確認してくれた?」

「それはしたした!いいっ

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【小説】菜々子はきっと、宇宙人(第11話)

【小説】菜々子はきっと、宇宙人(第11話)

10月に入り、朝晩の気温がぐっと寒くなってきた頃、私の家をとある大学時代の後輩が訪れた。

名前は優也。大学時代のサークルの後輩で、年齢は3つ下、ちょうど今、彼は3年生の時期で、就活について悩んでいたらしく、一度私の山暮らしを体験してみたいと約3日間くらい、家に滞在することになった。

昨日、駅に迎えに行き、久しぶりの再会に、お互いのいろいろな話を共有し合って、あーそういえば私もこんな悩める時期が

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【小説】菜々子はきっと、宇宙人(第10話)

【小説】菜々子はきっと、宇宙人(第10話)

季節は秋のはじまり、9月になった。夏休みのシーズンが終わり、職場の忙しさもひと段落した。

そういえば、ここにはじめて訪れた日からもうすでに1年が経っている。つらかったような、楽しかったような、長かったような、短かったような、すごい速さで過ぎ去っていった夏の終わり。久しぶりの定時の仕事終わりに温泉につかりながら思いを馳せて、私の胸はなんだか熱くなった。

「はる〜、今日も仕事お疲れ様〜。」

温泉

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【小説】菜々子はきっと、宇宙人(第9話)

【小説】菜々子はきっと、宇宙人(第9話)

ドンドンドン

「はるー、ねぇおいしいスイカ手に入ったから、今から一緒に食べようよ。」

家のドアを菜々子がたたいている。休日の昼間だというのにまた、菜々子に起こされた。けれど、それにもだいぶ慣れてきた頃、季節は夏を迎えていた。
キャンプだ、バーベキューだと行楽シーズンとなり、職場は繁忙期を迎え、さらに毎日のように続く猛暑に、身体はヘトヘトだった。
だから、休日は朝から起きる気にもなれなくて、昼ま

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【小説】菜々子はきっと、宇宙人(第8話)

【小説】菜々子はきっと、宇宙人(第8話)

何やら、朝から携帯が何度も鳴っている。
さっきから、何度も止めているのに鳴り止まない。
今日は仕事が休みの日。基本休みの日はアラームを切っているはずなのに。間違えてかけてしまっていたのだろうか。

まだ重い身体を無理矢理に起こして、枕元にあった携帯電話を片手に画面を開く。
アラームではない。菜々子からの着信だった。
朝の5時から、もうすでに5回も着信が入っている。時刻は6時半を回ったばかり。こんな

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【小説】菜々子はきっと、宇宙人(第7話)

【小説】菜々子はきっと、宇宙人(第7話)

新しい職場に通うようになってから、もう約1か月が過ぎようとしている。季節は5月を過ぎ、山の木々たちは、旬を迎えたと言わんばかりに青々とその葉をたくましく茂らせている。

木々たちに加え、地面を張っている草たちもものすごいスピードで成長していて、毎朝のように、出勤前から、所長さんが、その草たちの成長速度に負けないようにせっせと草刈機で草を刈っている。

その様子はまるで、草刈りの専門業者みたいだった

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【小説】菜々子はきっと、宇宙人(第6話)

【小説】菜々子はきっと、宇宙人(第6話)

3月の月日はあっという間に流れ、なんとか菜々子の手伝いもあって、引越し作業も無事に落ち着き、晴れて4月1日を迎えた。

今日は、菜々子が紹介してくれた、これから働く山奥の林間学校での仕事の初出勤日だ。

いつもより早く目が覚めた私は、朝からお湯を沸かして、インスタントコーヒーを作り、それを持ってベランダに出る。

今日の天気は晴れ。朝日のまぶしい光と、少し肌寒いけれど朝日によって少しあたたかくなっ

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【小説】菜々子はきっと、宇宙人(第5話)

【小説】菜々子はきっと、宇宙人(第5話)

季節は春、3月の終わり。長かった冬の季節も終わりを告げようとしていて、ぽかぽかとあたたかな昼間の陽気の中で、愛おしいピンク色をした桜たちがまるで、私の新生活を応援してくれているようで、私の胸は躍った。

人生、心機一転、新しい生活がはじまる。そう意気込んで、期待に胸ふくらませて、新しい私の住みかとなる、あの川に面した小さな古民家のドアを開けたその先にいたのは、とてつもなく大きなゴキブリだった。

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【小説】菜々子はきっと、宇宙人(第4話)

【小説】菜々子はきっと、宇宙人(第4話)

「ちょっとお風呂セット家から取ってくるから、川の音聞きながら待ってて!」

そう言って菜々子はすぐ裏にある家へと消えていった。取り残された私はとりあえず、菜々子の言う通り、目の前にある川のほとりに腰掛けて、川のせせらぎに耳を澄ませた。

季節は、一般的に、もうすぐ秋がはじまろうとされている9月。けれどまだ、その気配は遠く、じりじりとした焼きつける太陽の光に反発するように、川の水たちはその光を吸収す

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【小説】菜々子はきっと、宇宙人(第3話)

【小説】菜々子はきっと、宇宙人(第3話)

時刻はもうすぐ朝の7時半。会社へと近づくにつれて増えていく乗客たちによって、「満員電車」と定義される電車の状態が完成しようとしている。

私はその「満員電車」が本当に苦手だ。
田舎で育った私にとって、そもそも人が大量にいることを指す「人混み」にはじめて出くわしたとき、本当に吐き気がした。
人がいないというか、ほとんどの人たちが車移動で、歩行者がほとんどいない町で育った私に、目の前に歩いてくる人をよ

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