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【小説】菜々子はきっと、宇宙人(第9話)

ドンドンドン

「はるー、ねぇおいしいスイカ手に入ったから、今から一緒に食べようよ。」

家のドアを菜々子がたたいている。休日の昼間だというのにまた、菜々子に起こされた。けれど、それにもだいぶ慣れてきた頃、季節は夏を迎えていた。
キャンプだ、バーベキューだと行楽シーズンとなり、職場は繁忙期を迎え、さらに毎日のように続く猛暑に、身体はヘトヘトだった。
だから、休日は朝から起きる気にもなれなくて、昼までずっと寝ていることが多かった。もう少し寝ていたい。

ドンドンドン

「はるー起きてよー!もうお昼だよ!」

仕方ない。スイカがあるなら食べたい気もするし。仕方なく起き上がって、家のドアを開けた。

「もう少し静かにノックできないかな?これじゃあただでさえ古びたドアなのにほんとに壊れちゃうよ。」

「ごめんごめん。だってはる起きないんだもん。」

「冷えたスイカはどこ?」

「あっ、そうそうスイカスイカ!今、はるの家の前の川で冷やしてたの!冷蔵庫入らなくてさ、朝から仕込んどいた。」

「なんか、トトロみたいなことするね。」

「いやぁ、トトロで思い出したんだよね。あっ川で冷やせるじゃんって!とってきて、はるん家で食べていい?」

「今日は菜々子ん家じゃだめ?最近忙しくて部屋散らかってるんだよね。」

「全然いいよ!じゃあスイカとって、家で切っとくね!準備できたらうちにきて!」

そう言ってバタバタと菜々子はスイカをとりに行った。暑くて開け放っていた窓の外からジャブジャブと川からスイカを引き上げる音が聞こえる。私は着ていたパジャマから涼しげなワンピースに着替えて準備して、菜々子の家へと向かった。

「スイカ切れたよう!食べよう!」

そう言って菜々子は、ただ大きいスイカを4等分しただけの、ひと切れを食べるにはいささか大きすぎる状態で私の目の前にあるテーブルに差し出した。

「これさ、ちょっと大きすぎない?」

「でも、冷えてるから大丈夫!あっという間だよ。」

「そっか。」

私が求めた答えになっているようでなっていなかったけれど、そういえば朝から何も食べていなかったことに気づいて、大きなひと切れにかぶりついた。

「おいしいでしょ?」

「うん、冷たくて、すごくおいしい。」

「よかった!」

最近夏バテで、そもそも食べ物をあまり受け付けていなかったことを思い出す。そんな私にとって目の前に差し出されたキンキンに冷えたスイカは驚くほどにおいしくて、最初は大きすぎると思っていたのに、あっという間になくなりそうな気がしてきた。

「ちょっと寒くなってきた。ベランダで食べてもいい?」

半分くらい食べ終わったところで、部屋のエアコンが効きすぎていることに気づいて、私は菜々子の家のベランダの窓をあけることにした。

「あっ、ちょっと、それは駄目!」

菜々子がそう口にしたときには、私はすでに窓を開けていた。

「うわっ、、何この匂い、、、臭すぎる、、。」

慌てて開け放った窓を閉める。

「なんなのこの臭さ!」

「やっぱり臭いよね。ちょっとね、、。」

「ちょっとどころじゃないよ!ほんとに臭いよ。どうしたの?」

「いやさ、一人暮らしだとどうしても、買った野菜を使い切れなかったりとかするじゃない?
結構安いからたくさん買っちゃうこと多くて、、。そしたら余らせちゃって、そして腐っちゃって、、申し訳ないし、もったいないなって。最近、ワンガリ・マータイさんのもったいないの絵本も読んだばかりでさ、捨てれなくて。」

「それでどうしたの?」

「コンポストってあるじゃない?生ゴミとかを土に返して肥料化するやつ。今度、畑を借りれそうでさ、せっかくなら肥料にして土も作りたいなって思って。」

「それでコンポストはじめたの?」

「うん、しようと思って専用のボックスとか買おうかとも思ったんだけど、せっかく近所に土もあったし、ほら、ミミズもたくさんいるじゃない?だからせっかくだから、なるべく自然に近い状態で肥料化したくて。」

「それでどうしたの?」

「とりあえず、使ってないいいサイズのバケツがあったから、そこに土を入れて、ミミズも5匹くらい捕まえてきて、中に入れたの。そして、とりあえず生ゴミがでたらそこに入れて地道に肥料化するの。ミミズさん頑張ってって応援してたんだけど。なかなかに時間かかるよね。」

「え、バケツの上は開けっぱなし?」

「そう、開けっぱなし。そしたらショウジョウバエも寄ってきちゃってさ、、、。たぶんたくさん産んでると思う。」

「だと思うよ。それにこのままじゃ、アパートの隣の家の人からだって、苦情きてもおかしくないよ!ほんとに臭いもん。」

「やっぱりそうだよね、、。今度生ゴミの日に処理して、ミミズさんたちは土に返すよ。」

「うん、そうした方がいい。」

臭さにに一気に食欲を奪われた私は、仕方がないので一旦手についたスイカの甘い汁のベタベタを洗い流そうと、洗面所へ向かった。

「菜々子、手洗うから洗面所借りるね!」

「あっ、ちょっと待って!」

洗面所のドアを開けると、足元に大きな銀色の樽とその中に洗いかけの洗濯物と洗濯板が置いてあった。

「何これ?」

「朝から手洗いで洗濯しててさ!」

「洗濯機壊れたの?それならうちの洗濯機貸したのに!」

「ううん。違うの。洗濯機は壊れてないよ。これ買ったの。樽と洗濯板。あと、環境にやさしい洗剤。」

「え、なんでわざわざ?大変じゃない?」

「ううん、それがいいの。洗濯物を手洗いする自分でいたくて。でも、、。」

そう呟いた菜々子の視線の先には、溢れんばかりの洗濯物が積み込まれた洗濯かごがあった。

「もしかして、大変で挫折した?」

「ううん、まだ挫折はしてない。だから今日もこうやって朝からせっせと洗濯してたの。いい音がするのよ。」

「いい音?」

「そう、いい音。洗濯物を洗濯板にこすりつけたときの、ゴシゴシっていう綺麗になっていく音。自分まで綺麗になった気持ちになるの!」

「それは素敵だね。だけど、こんなに洗濯物溜まっちゃうなら、着る服がなくなるんじゃない?」

「そうなの。もう明日の仕事に着て行く服がなくて、、。だから今日頑張らないといけないの。」

「そっか。応援してるよ。」

どう考えても効率が悪すぎて、「洗濯機回したら?」と喉元まで言葉が出かかったのだけれど、なんだか頑張ろうとしている菜々子の表情を見て、私はその言葉を必死で飲み込んだ。

「さぁ、パパッとスイカ食べちゃって、洗濯に戻ろう!」

「そうだね、私も家の掃除したいし。」

そう言って、とりあえず2人でもう一度スイカを食べることにした。

「ねぇ、何で洗濯を自分の手でしようと思ったの?」

「うーん、なんでもさ、自分の手でやりたいんだよね。文明の功に頼りたくないの。」

「頼った方が便利じゃない?」

「便利だけど、手間をもっとかけて生きていたいんだよね。」

「手間?」

「そう、手間。今の世の中さ、たとえば、ごはんだってコンビニとか外食すれば、作る手間もいらないし、片付ける手間もいらないじゃない?この洗濯だってそう。スイッチ1つであっという間に綺麗になっちゃう。」

「その手間がいいの?」

「そう、山に住んでるとさ、なかなか外食行こうにもお店ないし、コンビニも遠いじゃない?だから自然とごはんを1から作るようになってさ、私今まで実家に住んでたからほとんど自炊とかもしたことなかったんだけど、野菜だって旬のものがたくさんあってさ、安くて、切るときのザクザクした新鮮な音とか、コンロに火をつけたときのボゥっていう音とか、煮込んだり炒めたりして、徐々においしくなっていく香りをかいだりとかさ、そうやって、手間ひまかけることで、自分の時間が帰ってきたようななんかあったかーい気持ちになるんだよね。」

「うーん、たしかにわからないでもないかもしれない。」

そういえばずっと、社会人になってからというもの、極力手間のかかることを避けて生きていた感覚が頭の中によみがえった。
前職では、とにかく会社の組織に、成績に、同期に自分自身をなじませることに必死だった。そうしないと、置いてけぼりにされて、社会の歯車から外されてしまうことが怖くて怖くて仕方なかった。
だからとにかく仕事のためなら何でもした。深夜までの残業だって、休日出勤だって、社会不適合者だとレッテルを貼られてしまうことに比べたら全然ましだった。
そうやって、食事だっていつのまにか3食ともコンビニになり、昼食も時間がないときなんて、片手に栄養ドリンク抱えて流し込んで、ときどきは食べることさえも忘れて。
洗濯物だって、毎日なんてできないから、着回しを何着も買って、1週間に1度の洗濯でいいように、一人暮らしにしては大きすぎるほどの洗濯機も買っていた。
とにかく日々のすべての選択1つ1つが、仕事に対していかに全力を注げる余力をつくるか、時間をつくるかという優先順位で成り立っていた。
仕事で身に着けたタスク管理が、日常にも適応されてしまって、休みの日なはずなのに、料理が、洗濯が、掃除が、タスクになり、消化しなければならない業務になった。生きるために仕事をしているはずだったのに、仕事をするために生きていた。

「そういえば、コンロの音、私も好きかも。あの、ボゥって火がともってさ、食材を温めていくかんじいいよね。今までずっとIHだったから気づかなかったけど。」

「そう、いいの。ときどきあぶったりするんだよ。海苔とか。ちょっとあぶるだけなのにおいしくなる。」

「あーそれおいしそうだね。」

「生きている実感ってやつなのかな~。便利な世の中にいるとさ、生きていることに苦労しなくなるじゃない?なんでも手に入って、安全で、守られてて、生きていることがあたりまえだから。その実感がなくなる。」

「あー、エアコンがあるのがあたり前すぎて、快適に過ごせてるのがエアコンのおかげだと感謝できなくなるみたいなかんじ?」

「ちょっと違うかもしれないけど、まあざっくりそんな感じなんじゃないかな。だからね、私は生きてたいの。自分自身で。生きてるだけでもすごいことだし、生きてるって実感しながら毎日の生活を送るのって楽しいから。まぁ、コンポストは失敗しちゃったけどね。またリベンジリベンジ。次は畑かな?」

「畑?」

「今ね、知り合いに耕してもいいよっていう土地を紹介してもらったの。だから休みの日に掘ってる。今度は自分の手で、自分の食べるものを作ってみる。」

「そっか。スイカつくるの?」

「やっぱり憧れるよね~。こんなにおっきなおいしいスイカ作れたら、それだけで、人生の大きな功績だよ。」

「楽しみにしてるね。」

「うん、できたらおすそわけするね!」

そう言って、2人であっというまに1個まるまるのスイカを食べきって、菜々子は洗濯に、私は自分の家に戻った。

ドアを開けると、最近の仕事の忙しさで怠けてしまっていた家事の残骸が広がっていた。明日までに、洗濯して、掃除して、仕事にもっていくおにぎりをつくって、そうやってまた、タスク化して業務をしようとしていた自分の行動が頭にちらついた。

今日はせっかくの休みだし、綺麗な部屋で、夜はおいしくキンキンに冷えたビールと、自分で作ったおつまみを、夜は涼しい風に吹かれながらベランダで食べたい。そんなことをふと思う。

きっと私は、仕事のために生きすぎていたのだと改めて実感する。
私の人生のすべては仕事じゃない。仕事はあくまで、自分の人生を豊かにするための手段でしかない。
きっとあたりまえのことなのに、気づいたら日常までもが業務化されていた自分が怖くて、かわいそうに思えた。

今日はコンロに火をいれようと思う。そして、自分の手でビールに合うおいしい料理を作ろうと思う。それであればおいしい食材を調達せねば。気づいたら身体が勝手に、財布とバッグを抱えて、近くの直売所へ向かっていた。

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