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聖水はちょっと苦みがあって、ほんのり花の香りがした。。。

さて、これをどうやってMに飲ませるかだが、、、疑わしい人物(M)にだけ飲ませるのではなく、うちに出入りすることが可能な全員に飲ませてみた方がいい、というのが賢者の助言だった。
その日の夕方、賢者の聖水を飲むことになる全員がうちに集められた。まずYを含む絞り染めのスタッフが4人、つぎに下の子供をあずかってもらってる近所の主婦が1人、そして本日の主役M。それにプラス、ダンナと私の計8人。ダンナと私がメンバーに加わっているのは、自然な形でその場に居合わせるためであり、公正を期するためでもあった。集合をかけた時点で、これがお金を盗んだ犯人を捜すための集まりであるとは、誰にも言ってない。
ついに「賢者の聖水」劇場の幕が開けた。

「みなさん、お疲れさま。今集まってもらったのは、健康にいいという水が手に入ったので、みんなでいっしょに飲んで、体の疲れをいやしましょう、というわけです。サヌールの有名は賢者のところでもらってきた聖なる水です、、、」とかなんとか、ダンナが始めた。ダンナと私以外の6人は、少し怪訝そうな顔をしながらも、無言であった。そこで私が用意してあった8つの紙コップに聖水をそそいだ。そして、ひとりひとりにコップを手渡した。聖水はコップの底から5センチくらいの量だった。
「はい、じゃあ、みんなでいっしょに飲みましょう」
ダンナの言葉が合図になって、全員がコップを口に持っていき、飲み干した。聖水はちょっと苦みがあって、ほんのり花の香りがした。

この瞬間、私の頭の中にはさまざまなイメージがうず巻いた。
「ごめんなさい。私がやりました」と言って、Mが首(こうべ)を垂れ、泣き崩れる光景。。。
「悪かった。盗ったのはオレだ」と言って、ダンナが気まずそうに名乗り出る光景。。。ダンナにお金を渡して買い物を頼むと、おつりをちょろまかすことがよくあるのだが、そういう盗みも聖水の効き目の対象になるのだろうか。もし、なるとすれば、こうした光景もあり得ないことではない。

さあ、どうだ、どうだ、どうだ!!!
映画だとここで、聖水を飲んだ人間の顔が、ひとりずつ順番にパン、パン、パンとアップになって、緊張が高まるところだが、、、しばらく何も起こらなかった。な~んだ、何も起こらないじゃんと、落胆しかけたとき、
「じつは今飲んでもらった水は、健康にいいと言ったけれども、ちょっと違う。聞いてくれ、みんな」とダンナ。
「きのう、うちに置いてあったお金が失くなっていたことがわかって、さっき村長さんとサヌールの賢者のところへ相談に行ってきたんだ。今飲んだのは、そこでもらった聖水で、お金を盗ったのが誰かをつきとめるための、特別な水なんだ。だから、お金を盗ってない人間には何の害もないので心配しないでほしい。しかし、お金を盗った人間は、自分がやったと名乗り出たくなるはずだ。この聖水にはそういう効果がある。さあ、どうなか、そろそろ名乗り出たくなってきたんじゃないか?」
ダンナと私は、そこにいる全員の顔を見渡した。まだ何も起こらなかった。ダンナが続けた。
「いいかな。このまま名乗り出ないで、だんまりを通すと、あとでバチが当たって、たいへんな目にあうという効果も、この聖水にはあるんだ。あとでバチが当たるのが怖ければ、今すぐ名乗り出たほうがいい。この中にお金を盗った犯人がいるはずだ、、、」
(よし、黙っていても進展がないなら、ゆさぶりをかける作戦だな。バチが当たって、たいへんな目にあうか、、、私はつぶやいた。こう言われれば、犯人にはかなりのプレッシャーになるはずだ。バリ人は罰というものを異常に恐れる。もし、これで犯人が自白するとすれば、ダンナのお手柄だ。うまくいったら、これまでの傍若無人な振る舞いの数々を不問に付し、惚れ直してやろう、、、)

そのとき、、、Mが体をもぞもぞさせながら、口を開いた。
「ちょっとお、何飲ませたのよ」「私はやってないわよ」「私は盗ってない」「お金なんか盗ってないんだから」そういうMの目は落ち着きがなかった。「ああ、やだ、変なもの、飲ませないでよ」「ほんとに私は何もしてないんだから」「ほかの人はどうなの」「Yだって、しょっちゅう家の中に入っているし、、、」「YはどうなのYは?」次から次へと言葉を発しているのはMだけで、他の7人は無言であった。

次号(part8)に続く。お金を盗むのが好きな妖精の登場。。。

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