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ご近所さんと挨拶をする話。約850字。 ————————————————— 懐かしいバス停のベンチで、一年ぶりに山田さんに会った。 「こんばんは、橋本さん。お久しぶりですね」 山田さんは丸まった背を揺らし、去年と同じようにふがふがと笑う。 私もそれに笑って返した。 「こんばんは。今年も山田さんとお会いできて嬉しいです」 「橋本さんはお変わりありませんでしたか?」 「おかげさまで。山田さんもお変わりなさそうですね」 私たちは笑いながら、実のあるようなな
ケンカした友だちと謝り合うお話。約2300字。 「あたし、実は、三十年後から来たの」 放課後になり、校舎を出たところで私を待ち伏せていた菜々美は、仁王立ちになってそんなことを言いだした。 菜々美の顔は大まじめ。 けど、突っ込むだけでバカらしいし、そんな気分になれない。菜々美の横をすり抜け、私は校門目指して歩いていった。 「あー、もう、待ってってば! 無視しないで! せっかく三十年後から紗良ちゃんに会いに来たのに!」 演劇部らしく、菜々美の声は通り過ぎる。仕方な
中編(2/3)はこちら。 -----------(続き)----------- 槻の木祭の当日は朝からよく晴れていた。 オープニングセレモニーが終わり、クラスのわたあめ店の手伝いをしてから私は軽音部の部室に向かった。 軽音部の体育館ステージは午後からだが、希望があれば午前中のうちに交代で部室で練習してもよいことになっている。部室に到着すると先輩たちのバンドがちょうど練習を終えたところだった。 おつかれさまでーすと先輩たちを見送り、部室に入ろうとしたら背後から肩
前編(1/3)はこちら。 -----------(続き)----------- その日の昼休み、廊下の壁にもたれかかり、行き交う生徒をぼんやり眺めていた私の眼前に何かが差し出された。 「これ、波田先生が好きなんだよね」 イチゴ模様のビニールに包まれた三角形のキャンディを長い指でぶらぶらさせつつ、伊月が私を見下ろしている。今日は長い前髪をしばらず下ろしていた。 「じゃ、波田先生にあげなよ」 「さっきあげてきたところ」 受け取ったそれを放り込んだ途端、口の中は
YA小説を書いてみよう部2018作品集『ハイブイン』向けに3年前に書き下ろした作品の再掲です。 《あらすじ》 文化祭に向けてバンドの練習をしていたある日、メンバーの優の様子がおかしいことに岬は気がついた。優はダメな自分を「廃部員回収部」で修理してもらったと言いだして……。(約1万字、3分割掲載) ---------------------- 夏休みも後半のその日の午前中。私たちのいつもの練習場所、被服室に現れた優(ゆう)は、その登場からしてどこかおかしかった。 「お
林檎が大好きなお話。※微グロありホラー。約4,500字。 noteにいつも投稿している短篇より長いので、区切りの数字を見出しで入れてあります。 -------------------------- 1 まっ赤な林檎が、だぁい好き。 皮ごとシャリっとかぶりつくとか、想像しただけで唾液が滲む。甘いのもいいけど、ちょっと酸味が感じられるくらいが好み。実を噛み砕きながら、舌に絡まる甘い汁をゆっくりと味わう。 なんて贅沢。 なんて至福。 ……だからまぁ、私は一向にか
勝手に物を捨てられる話。約700字。 -------------------------- お母さんが、弟のCDをごっそり捨てた。 私の三つ下、中学生の弟はCDが好きだ。 音楽ならスマホでたくさん聴けるじゃんって思うけど、弟にとって大事なのは収録されている音楽ではなく、CDという物体そのもの。 弟のCDとの出会いは、遡ること幼稚園児の頃。 裏が銀色でキラキラ光る、音が出る円盤に魅了され、すっかり心を持っていかれたのだという。 「CDって、コンパクト・デ
八谷は、自他共に認める冴えない男子。 とにかくおっちょこちょい。 水彩画を描こうものなら、筆洗い用のバケツを三十分に一回のペースで倒す。少しは足元を見ろ。 とにかく不器用。 針に糸を通すだけで時計の針が何周もする。なお、糸通しは着手早々に壊すのがお決まり。 とにかく要領が悪い。 断るのが下手でいつも面倒な委員会を押しつけられる。おかげで朝の挨拶運動が大変不評な生活委員を中学三年間勤め上げた。 とにかく頼りない。 年中貧血を起こすし、いじめっ子にもすぐ
大学生の女の子の話。約1400字。 -------------------------- 五円玉をなんとかお賽銭箱に投げ入れ、人でごった返した神社の境内を抜けた私とマユは露店で買った熱い甘酒を道の端でちびちびやっていた。そして思い返してもさして記憶にも残らないであろうどうでもいい話をしていた最中、「アサちゃんってあたしのことなんだと思ってるの?」とかなんとかマユに訊かれたので私は答えた。 「宇宙人?」 マユと私は趣味も好きなものもまったく違う。別の宇宙の住人っぽい
女子高生が電車で話してる話。約1200字。 -------------------------- 「自分でどうにかするしかないじゃん」 アキのその台詞はさも当然と言わんばかりで、その瞬間、私は相談する相手を間違えたのを悟った。 アキは中学時代に同じクラスだった友人だ。進学先の高校は違ったけど、たまに連絡は取り合ってたし、通学時に朝で駅で会うこともあった。 それである朝、駅で遭遇したときにポツッと漏らしたのだ。もうすぐ高一の一学期も終わるのに、クラスでいまいち
走る女子高生の話。約2500字。 -------------------------- 早風さんが走ってた。 その名のごとく風のように私の脇をすり抜け、あっという間に廊下の向こうに制服のブレザーの後ろ姿が去ってった。 ……あんな早風さん、初めて見た。 同じクラスの早風さんは派手ではなくかといって地味すぎもしない、中間層のグループにいる女子だった。これといって目立つこともなく、おしゃべりの輪のはしっこで品よく笑っているイメージがある。長い黒髪も相まって、おしと
女子大生がだらだら愚痴ったり諭されたりする話。約1100字。 -------------------------- 「毎度毎度愚痴るくらいなら、すぱっと別れてほかの人探した方がいいって」 冷静な親友の言葉に、カシスオレンジのグラスを勢いよく空けたばかりの私は「そうはいっても……」と途端に言葉の勢いをなくし、目の前のもんじゃ焼きをヘラでつついた。 来週にはバイトのシフトがわかるって言ってた彼氏から、もう三週間まともな連絡がない、と愚痴ったのは私だ。 「LINEの
ぐるぐる考えちゃうことあるよねという話。約2000字。 ----------------------------- 塾のクラスが一つ落ちた。 先月の月例テスト、解けなかった問題が多かったし、自分でもこれはちょっとマズいかもって思ってはいたけど。 いざ先生に呼び出されて、AクラスからBクラスに下がるって言われると、やっぱりそりゃさすがにヘコむ。 これまで同じクラスだった子たちと顔を合わせるの、とっても気まずい。正面からバカにしてくる子なんてもちろんいないだろう
本音を隠して大人になっていくのかもしれないお話。約1700字。 ----------------------------- 「――ほんっとうにごめんねー」 真壁さんはパンッと両手を顔の前で合わせて謝ってきた。 「これだとみんなが納得してくれなくて……」 みんな、という単語を強調して真壁さんはそう説明し、私が描いた絵のコピーに目を落とす。 三ヶ月後に行われる、うちの高校の文化祭のイメージイラスト。それを描いてくれないかと、文化祭実行委員長の真壁さんに打診された