短編小説:教えてほしいのは一つだけ
本音を隠して大人になっていくのかもしれないお話。約1700字。
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「――ほんっとうにごめんねー」
真壁さんはパンッと両手を顔の前で合わせて謝ってきた。
「これだとみんなが納得してくれなくて……」
みんな、という単語を強調して真壁さんはそう説明し、私が描いた絵のコピーに目を落とす。
三ヶ月後に行われる、うちの高校の文化祭のイメージイラスト。それを描いてくれないかと、文化祭実行委員長の真壁さんに打診されたのは先月のことだ。
文化祭のパンフレットやチラシに使われるイメージイラストは、毎年文化祭実行委員長に直々に指名された生徒が描くのが慣例になっていた。イラストは大きなポスターになって街中に貼り出されるし、ウェブサイトでも大きく表示される。
美術部員である私にとって、それは高校入学時からの憧れの一つでもあった。一年生の頃の美術部の部長さんが、その年のイラストを描いていたことも大きい。三年生になった私は現在美術部の部長を務めている。
「なんていうのかな、去年までのイラストとテイストが違いすぎるんだって」
明るい色調ではっきりした線で描かれた、アニメのワンシーンを切り取ったかのようなイラストが例年多かった。それはそれでわかりやすいし、確かに明るくて綺麗だとも思う。
「もっとポップじゃないとウケないっていうの」
そして私が描いたイラストは、油絵のように塗りが厚く、印象派の絵画を思わせるテイストだった。
せっかく描くなら去年までとは違うものにしたかったし、それは真壁さんにも話してあった。いいと思う! ってすぐに賛成してくれた。
「色ももっと明るくしたいって」
私のイラストの色調は抑えめだ。ラフを見せたときにどんな色にするかについても、もちろん真壁さんに相談した。
「だからね、」
真壁さんは手にしていたコピーを私に押しつけるように渡し、わざとらしいくらいの明るさで提案してくる。
「これはとりあえず置いておいて、別のイラスト、描いてみない? ――あたし、山中さんがネットに上げてたイラストも見たことあるんだ。もっと明るい絵も描けるんだしさ。どう?」
その「どう?」はとっても軽かった。
「ダメかな? 山中さんなら絶対描けると思うんだ!」
……そりゃ、キャッチーじゃないのは認める。
ほかの文化祭実行委員にウケなかった、評価されなかったなら仕方ないとも思う。
納得いかない気持ちを、それでもやっぱり文化祭のイメージイラストを描きたいという気持ちが上回る。
理不尽でも納得いかなくても、イメージイラストを描きたいのだ、私は。
「……わかった」
「ホント?」
「どういうイラストがいいのか、詳しく教えて」
「ありがとー!」
真壁さんは心底ホッとしたような顔になる。
「ごめんねー、ホントに」
地味な美術部員の私から見ると、バスケ部所属でクラスの中心人物でもある真壁さんはキラキラしていて別世界の人って感じだった。
だから声をかけてもらえたときは本当に嬉しかった。一緒にイラストのことを考えるのも楽しかった。
そんな真壁さんに言われたらしょうがない、私はごちゃごちゃ言える立場じゃないのだから。やれと言われたことをやるしかない。
――でも、けど、だけどですよ。
「とりあえず置いて」おかれた私のこのイラストは、どうすりゃいいの?
美術部の仲間にだって協力してもらって、何度もアドバイスをもらったりもして。
毎日毎日、頭を悩ませて時間をかけて描いたこのイラストは。
イメージイラストに使えなくても、例えばパンフレットの裏表紙とかチラシとか、そういうものには使えるんだろうか。
それとも単純に、なかったことにしてくれってことなんだろうか。
……謝ってほしかったわけじゃない。
ただせめて、一つだけ教えてほしかった。
あなたを信じて描いたこのイラストを、私はどうしたらよいのかを。
「今日の放課後、打ち合わせできるかな?」
もうこれで面倒な話は済んだ、また一緒にがんばろうという雰囲気の真壁さんに、沸騰したお湯みたいにぶくぶく浮かんだ色んな感情に蓋をする。漏れ出ないように壁を築く。そうして浮かんだ疑問も心のすみにしまった。
教えてくれなんて言うものか。
……人間、こうやって大人になっていくのかもしれないな。なんちゃって。
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ちょっと六月後半はあまりnote更新できなかったんですが久々に書きました。
若かった頃は相手に理解してもらえるまで対話する努力もしたけど、大人になると話してもしょうがない相手なら割り切って本音と建て前を区別するしかないことが増える。悲しい気もするけどこれが大人の省エネモード、怒るエネルギーがあるならよそへ回した方がいい。みたいなお話。
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