8/9,10 ~私は聖人君子にはなれねぇよ~
8月9日 (木)
職場で健康診断があって、身長・体重、視力検査、尿検査、聴覚検査を一通り回ったら最後に血圧と健康相談で終わりなんだけど、(尿検査、折角忘れずに持っていったのに生理中だったからやり直しになってしまった。あれって入ってないように見えて血入るもんなのかな。別のところから出てるのに何故混じるんだろう。)最後の健康相談の時に、保健師の人に事前に記入した問診票渡していくつかの質問に答えた。
「メニエール病はいつから?」
「3月末からですかね」
「今年の?」
「そうです」
「忙しかった? 今はどう? 薬は飲んでるの?」
保健師の女性が母親みたいに心配した顔で色々と尋ねてくるのに驚きつつ質問に答えた。
「人事異動で仕事が分かるのが私しかいないみたいな状況になっちゃって人の分の仕事までしていたっていうのと、4月から6月が仕事的に忙しい時期だったので業務量が多くて大変でした。今は通常に戻ってますが繁忙期に出来なかった通常業務が溜まってしまってるので負担感はあります。今は毎食後薬飲みながら、睡眠時間長くとったり生活リズム崩さないようにしたり気を付けながら働いてます」
「それは大変だったねぇ。もうちょっと人事異動考えて欲しかったね。今何年目なの?」
「2年とちょっとです、多分……」
「まだそんなに経ってないじゃない。でもそれでも仕事分かるようになっちゃったんだね、優秀なんだねぇ」
「いや、そんなことは、ないんですけど……」
「自分がやったほうが早いと思っても他の人にやってもらうようにしてね」
「はい。今はそうしてます。引継ぎうまく出来てなかったから結局私がやってましたけど本来やるべき人にやってもらうようにしようと思いました。上司にも仕事の分配について相談して、なんとかしてもらえそうです」
「頑張ったんだねぇ。頑張り過ぎないでね」
そう言われて、「いや、違うんです」と言いそうになった。頭の中で即座に否定している自分に気づいた。私、別に頑張ってないんです。大事な時に体調崩しちゃったし、病気になって職場に迷惑かけてるし、全然頑張れてないんです。ただ弱くて、身体壊しただけなんです。脳内でそう言っていたけど、保健師のおばさんはまるで私のことずっと知っているみたいに
「責任感が強くて、頑張り屋さんなんだねぇ。偉かったね」
なんて言うもんだから、
「いや、全然、そんなことないんですけど……」
ってさめたふりして必死に涙こらえてた。どうして学校の保健室の先生とか、入院してた時世話してくれた看護婦さんとか、職場の保健師さんとか、皆、こんなに優しいんだろう。実の母親でさえ、「メニエール病、一人暮らし結構つらくて、来年実家戻るかも」とラインしたら「仕事はどうすんの」と返す素っ気なさなのに。(もっと優しい言葉かけられないんか? 心配じゃないんかよ? 仕事より健康の方が大事だろ。と少し思った。親に病状とか全く聞かれたことないし。でも期待も別にしてなかったけど。うちの親はそういう親だから仕方ない。この前の転職話を貰ったときに身元保証人にサインしてもらえなかった時点で、この人たちは自分たちに迷惑がかからないことが一番大事なんだ、と悟った。)だから初対面なのにそんな何もかも分かってるよ、みたいな目で優しい言葉をかけられて、びっくりした。完全なる不意打ちを食らって、涙を留めるのに必死だった。優しい人は苦手だ。ふいに泣きそうになる。
「休める時は休んでね」
「はい」
表情を固めたまま、席を立ってそのままトイレで泣いた。頑張れてないんだよな、全然さ。働くだけで精一杯で何も出来てない。サビ残だってしてたけど前の会社に比べたら全然してないし、こんなことで壊れるなんて思ってなかった。たいして頑張ってもないくせに身体壊してほんと弱いなぁってほとほと自分が嫌になった。だからさぁ、そんな風に言われると、苦しいんだよな。優しい言葉かけられると胸が苦しくなるんだよ。優しい言葉をもらえる資格があるのか分からなくて戸惑ってしまう。
その後何にも無かった顔でデスクに戻って普通に仕事してたけど、ずっともやもやしてて、「あーあ。あんなこと言わなきゃ良かった」って思ってた。「人事異動もっと考えて欲しかった」とか言っちゃったけど、私が病気になったのは人事異動のせいじゃない。自業自得なのに、職場が悪いみたいな言い方をしてしまった。実際新しく来た人がポンコツ過ぎて教えても教えても全く覚えないし(この前あまりに同じことを何度も訊いて来るので、覚えられないならメモをとれよ、と間接的に言ってしまった!50代のおじさんに……。こういうのが凹むんだよな、私って余裕がねーなと思って……)任せれば任せるでミス連発するし、そしてその尻拭いを全部私がやる羽目になるのでもう何もするなお前は……という気持ちになって結局私がその人の仕事をしてしまっていたので、人事異動もっと考えろよ!? とは思ったけど、でも私がもっと割り切って仕事してたらこんなことにはならなかった。「私は知りませんけど。前任者に訊いてください」みたいな顔してすましてりゃ良かったんだ。だけど私はヒーローになりたかったので、人が困っている時は、私が助けなきゃと思っていた。人を助けられるように色々覚えたいなと思って仕事してたし、今がその時じゃん!?と思ってたんだよな。
それに原因は業務量が増えたことだけじゃない。本当に私のせいだなと思うことのひとつは、新しく来た50代のおじさんの覚えが悪かったり要領が悪かったり察しが悪かったりなんでもかんでも上司じゃなく私に訊いてくることに関して苛々していて、苛々してしまっている自分に苛々していた。人の能力には凹凸があるって分かってる。優しく時間かけて根気強く付き合わないとだめだって言い聞かせていたけど、出来なかった。「自分で調べろよ!」「過去のファイル見ろよ!」「前任者に内線で聞けよ!」「これはお前の仕事だぞ! 来年はお前がやるんだぞ、覚える気あんのか」等々心の中はそうとう荒れてたんだけど、その度に「私って、余裕ねーな……」と自分の心の小ささを思い知らされて惨めになる。自分が出来ることを当然のように他人が出来ると思ってはいけない。自分の考えを正しいと思い込んではいけない。それはずっと自分に言い聞かせてきたことだから、「なんでこんなことも思いつかないの!?」みたいなことを思う度に「いかんいかん、私が正しいってわけじゃないんだし、そんなこと思っちゃだめだ、それに相手は私の倍は生きている年長者だし、もっと敬わないと……」と思って凹む。私って、結構傲慢では?と思って落ち込む。
人事異動で別の職場に行ってしまったけど、隣の席に座っていたイケメンの先輩は頼りになって仕事が出来た。面白くて優しくてその先輩がいると職場の雰囲気も明るくなった。憧れてて、そんな風に私もなりたいって思ってた。
「こんなんじゃイケメンの先輩みたいになれねぇよ……」と凹んでいた。今思えば、馬鹿だったなと思う。そもそも他の誰かになんてなれないってことに、早く気付くべきだった。私は私にしかなれないし、皆のヒーローなんて存在しない。『世界の果てまでイッテQ!』でイモトが安室ちゃんに感涙しながら「あなたはずっと私のヒーローです」って言ってたの見て、なんか、腑に落ちたというか、分かった。皆のヒーローなんて存在しない、皆それぞれが誰かのヒーローなんだなって。私の小説に「生きる元気と勇気をもらった」ってコメントくれた人とか、即売会で手紙くれた人とか、私の作品読んで感想くれた人は皆顔も名前も知らないけど私にとってのヒーローだし、私も誰か一人のヒーローになれればそれでいいんじゃないかと、むしろ、結局は誰しもが誰か一人のヒーローにしかなれないんじゃないかと、そう思った。アンパンマンが常にヒーローじゃないのと同じ。
だからメニエール病発症したのも、私の理想が高すぎたせいであって、もっと気楽に、適度に諦めつつ、だらしなく、苛々する自分も受け入れてやって、「頭じゃ分かってるけど感情なんかコントロールできねぇよ、恋と同じだバカヤロー」くらいの開き直りでやってりゃ良かったんだ。と今なら思うので、健康相談終わった後「あーあ。言わなきゃ良かった色々と」ってずっともやもやしてた。書いてて自分でも分かるけど、こういうところなんだよね、こういうところ。愚痴くらい罪悪感背負わず言えるようになりたいもんだな。
8月10日 打ち上げ花火横から見た。
色々なことが少しずつ良くなかった。
まず9日の夜の「school of lock」のゲストがBUMP先生だったので番組が終わるまで起きてしまっていたこと。(明かりは消して布団で目を閉じて聞いていたけどそれでも23時まで意識があったのは良くなかった。)それから日中暑くて部屋で寝られなかったこと。気圧の急激な変化、友達と一緒に花火をみるのが嬉しくて本来休むべき時間になっても帰らなかったこと、家電量販店で乗った足元が激しく揺れるダイエットマシーン、光と音が激しいプリ機。とりあえずめちゃくちゃ気持ち悪くなって結局自分の車を友達に運転してもらって家まで送ってもらった。地面が歪んで、重力がめちゃくちゃになって、あらゆる音がうるさくて、吐き気が苦しくて駐車場まで辿り着けずその場でうずくまってしまった。世界が蠢いている。音が痛い、車のライトがまぶしすぎる、海底にいるような圧迫感。友達が車に乗って迎えに来てくれて家まで送ってくれたんだけど、うずくまって待っている間、悔しくて泣いてしまった。まだダメなのか? どうして友達と花火見る程度のことが出来ないんだよって悔しかった。ずっとえづいてて、恥ずかしいのと情けない気持ちで車の中でも泣いてた。地獄すぎてつらくて泣いてたのもあるけど。
メニエールの発作は死なないけど本当につらい。軽いふらつきとか目が回るなとか地面が動いてるな、程度の軽いやつだったら冷静でいられるけど、難聴、耳鳴り、眩暈、吐き気の全てが重なると世界の輪郭が歪んで重力もめちゃくちゃになって音も聞こえなかったり響きすぎたり耳鳴りがうるさかったりでとにかく不安感がやばい。昨日も友達の肩借りて車から降りる時「落ちる!」と叫んでしまって、今思い出すと超絶恥ずかしい。落ちねーよ。どこに落ちるんだよ。
静かな場所で目を閉じてじっとしていると良くなるので自分で歩けるようになるまで車の中でしばし休んでから家に入った。
職場でも限界まで頑張ってしまいぐったりとして結局上司に家まで送ってもらうみたいなことあって、本当大人なんだからちゃんとして?って自分でも思う。昨日は私が車だから途中で帰るって言いづらいなとかあったけど、結局具合悪くなって迷惑かけるので今度からそろそろ帰るとか少し休むとか自分でちゃんと具合悪くなる前にコントロールしないとダメだわ、と反省した。
あと日中は乳がん検診に行った。大学の時から左胸にしこりがあって、少しずつ大きくなっているので去年病理検査したんだけど異常なしだったので今は経過観察中で、一年に一回の検査のみ。生理前、めちゃくちゃ左が痛くなるから不安だったけど、今年も特に異常なしだった。母親も叔母も乳がんしたので私もなりそうだなとは思っているけど、出来れば40代とかまで待ってほしい。
ついこの間まで、別に今乳がんになったらなったでいいかなとも思ってた。そんなに生きたいと思ってなかったのかもしれない。病気になればもう頑張らなくて済むと思っていた。免罪符が欲しかった。だけど病気になっても頑張らなきゃいけなくて、頑張るのも生きるのただ難しくなるばかりで良いことなんか何一つない。人生に投げやりな態度でいて良いことなんて何もない。
今苦しみはすぐそばにあって、出来ないことも増えたけど、長生きしたいって思っている。長生きしたいとか今まで思ったこと無かったけど、最近は長生きしたいって思うようになった。高校の頃は30までに夢を叶えると思ってた。30までに夢が叶わなかったら死のうと思っていたけど、今は、夢ってそんな全か無かの法則成り立たねぇよって知った。とにかくずっと小説書き続けたいから、長生きしたいなと、今は結構人生に前向きになってる。小説さえ続けられれば何でもオーケーだ。
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