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ICTベストプラクティスのためのAI活用〔前編〕

ゲスト:ジャパンマネジメントシステムズ株式会社 代表取締役 前 一樹氏

AIを取り入れれば企業価値は上がるのか?いや、漠然と取り入れるのでは意味はない。CIOコンサルタント 前 一樹氏が、暗黙知と形式知の視点から、付加価値を生む企業価値変革のためのICTベストプラクティスについて、2部構成で徹底解説。


第1部:企業役員に近い立場で行うCIOサポート

――AI技術の活用が叫ばれる中、M&Aの世界でも、企業価値の向上が大きな課題となってきました。M&Aで出口を迎えるという視点に限定されず、その手前で企業価値を上げる必要があり、IT化、DX化推進の流れは無視できません。ぜひ、前社長の取り組みから、AI技術の意義ある活用法を、中堅・中小企業の経営者向けにお話しいただけますか。

前氏(以後、敬称略) 私の仕事を一言でお伝えするなら、ITコンサルティングということになりますが、現在は特に「CIOサービス」に注力しています。
CIOという言葉自体、聞き慣れない方もいらっしゃるかもしれません。正式名称はチーフインフォーメーションオフィサー(Chief Information Officer)。訳すと「最高情報責任者」「情報統括役員」といった意味合いです。

弊社が行なっているCIOサービスは、さまざまな経営課題の解決にITを活用しようとする際、どういったシステムを入れるべきか、どこをシステム化するべきかといった、経営に繋がるIT・DX化のサポートを、取締役や執行役員などに等しい役員レベルのポジションで行うものです。
CIOという役職はアメリカではポピュラーで、最近では日本の大企業でも、経営と技術の双方に明るい人材をCIOのポジションに置き、DX化を推進する流れが見られるようになってきました。

一方で、中堅・中小企業ではCIOというポジション自体がないことも少なくありません。先進的な企業でポジションを設けている場合でも、適した人材を採用することそのものが難しい側面があります。
そのため、他部署の部長などが兼任していたり、アイテムも揃わない環境で、いわゆるひとり情シス状態になっていたりする企業も多く見受けられます。製造業の場合だと、エンジニアでちょっとITに明るい社員が、社長から言われてやっているような流れが多いでしょうか。

そのような場合だと、ITベンダーから、「このシステムでどうですか」と提案されても、どのような質問をして、どうやってチェックすれば良いかが分かりません。システムを変えたい時や新しいことに取り組む時に、どういった手順で考えなければならないかを、社内の人が判断できない状況が多々発生するのです。

弊社のCIOサービスは、そのような悩みを抱える企業に対し、私があたかも企業内の人のような形で入って、CIO的な立場から社長や役員を補佐し、システム導入や今後の進め方を一緒に考えてサポートするものです。

――前社長は博士号を取得されていらっしゃいますが、もともとITの研究をなさっていたのでしょうか。

 もともとの専門は金属材料で、全く違う分野です。工学博士を取得した後に、ベルギーにあるルーベンカトリック大学でポスドクとして2年間、北陸先端科学技術大学院では大学助手として、専門分野の研究を続けていました。

ビジネスの世界は異なる分野でしたが、学生時代の先輩などからの誘いで飛び込みました。
そこから情報セキュリティ分野に携わるようになり、情報の持ち出しを防ぐためのソフトを開発する部門で、責任者も経験しました。10年ほど前に独立へのサポートを受ける機会があり、一念発起して起業したという流れです。

CIOサービスの入り口はさまざま

――ありがとうございます。CIOサービスは、中堅・中小企業の経営者の方が、DX化やIT活用をどう進めたら良いか分からないという時に、企業に入り込んで、CIOとして腕を振るっていただけるということですね。これまでどういったきっかけでサービスの要望があったのか、事例からお話しいただけますか。

 入口としては、私がセキュリティに強いことから、導入しているウイルスチェックソフトのご相談から、というパターンがひとつあります。
セキュリティを導入したものの包括的に見直したことがないという企業は結構あって、「今の対策が十分なのか、十分でないのなら、どういう取り組みをすれば良いのかアドバイスしてほしい」というところをきっかけにお付き合いが始まることがあります。

セキュリティは100点を出すことが難しい世界ですから、可能な限り事故が起きないように対策を十分にする必要があります。万が一事故が起こっても、それに気づいて事後対応ができるか、そのための体制が作られているのかなど、専門的知見からアドバイスをさせていただき、そこからAIの活用法などへご相談が進む形です。

近年はどの企業もDXへの取り組みに対する意識を持っています。しかしどこから取り組むべきなのかが難しい。
DXの機運の高まりを受けて財務会計や人事のシステムは既に導入したものの、「継ぎ接ぎで入れてきたために無駄が発生しているかもしれないし、逆に足りないところもあるかもしれないから、1度見直したい」といったご相談もいただきます。

他にも、付き合いのあるITベンダーからの提案に対して、「どういうものを提案してもらうか」という、そもそもの問題の整理や、「社内でどうやってDX化を整理して行けば良いか」といった部分の相談もあり、RFP(提案依頼書)をまとめるところをお手伝いしたケースもありました。
私の方から、グループウェアと会計システム、人事システムあたりを見繕って、「これで検討してみましょうか」という提案をした例もあります。

――セキュリティの問題が入り口になることもあると。ITベンダーとやり取りをする際には、提案内容の精査や、社内の課題が網羅されているかどうか、そういったところをセカンドオピニオン的に相談することが可能なのですね。

 そうです。当然、ITベンダーからは、企業の運用に合わせた設定の提案があるわけですが、細かな確認事項を行う際には、質問の意図や、企業が実現したいと思っていることをきちんと伝えるために、打ち合わせに参加して通訳役をすることもあります。

――重要なポジションですね。

 私は今こういう形でやっているんですが、松栄さんは最初キーエンスに入られていますよね。どういった思いで分野の異なるM&Aに移られたのですか?

――私はもともと、ものづくりが好きでして。キーエンスはメーカーの中でも珍しく、営業利益率50%超を出している企業ですから、どういった仕組みで成り立っているのかを学びたかったのです。同時に経営にも興味があって、いずれは起業したい、事業を作りたいという思いがありました。
その頃は、世の中では事業承継の問題が叫ばれ始めたタイミングでもあって、私自身も地方出身者であることから、跡継ぎがいないために廃業を余儀なくされる事例に多く直面しました。良い技術を持っているのに承継問題で悩んでいる企業に向けて、地方創生に少しでも貢献できたらという気持ちでM&Aの世界に飛び込んできたのです。

ただ、M&Aは手段のひとつだと思っています。目的にしてしまうと少しベクトルがずれてしまう。重要なのは、企業の成長をどうするか、です。その手段としてM&Aがある。では企業価値はどうすれば上がるのか、付加価値を高められるのかという方向に、徐々に仕事の幅が広がって行った形です。まさに、本日のテーマに拘るところですね。

 私も、直接携わっている企業に限らず、事業承継の問題で悩んでおられる話をよく聞きます。
製造業だと、サプライチェーンの中で、事業承継ができずに1社が消えたりすると、その企業の問題だけじゃなく、サプライチェーン全体にとっても大きな問題になりますね。大事なファンクションがひとつなくなるわけですから。
そこをどうするか、という局面で、松栄さんの分野であるM&Aで、このファンクションを別の会社に担ってもらうといったようなことが大事ではないかと期待しています。

――M&Aを検討する時というのは、非常に良いタイミングでもあります。創業社長が培ってきたことの中で、良いものはそのまま引き継げば良いのですが、やはり、できなかったこと、変革に至らなかったことも多いので。

 代替わりする時や資本が変わる時というのは、革命を起こしやすいタイミングですね。
M&Aという形でサプライチェーンの中の重要なファンクションを守るということでもありますし、このサプライチェーンがより活性化していくひとつのきっかけにもなります。
守りだけではなく、もっと攻めるというか、成長を促すような作用が大事だと思います。

付加価値を上げる、企業価値を上げる

――まさに今回のひとつ目のテーマである、「どのようにすれば企業価値を上げられるのか」というポイントですね。これは、イコール付加価値を上げることに繋がると。
今、前社長がなさっていることが、ここに直結する内容だと思うのですが。

前 そもそも付加価値とは何なのかということをちょっと復習しておきましょう。利益という言葉はわかりやすいですが、付加価値となると少し分かりにくいのではないでしょうか。

製造業の場合なら、原料を仕入れて製品に変えて、売った価格から元仕入れを引いたのが付加価値です。
ある企業が介在することによって、原材料の価値が、顧客に届くときの価値に高められていると考えると、その差がこの企業によって「付加」された価値と考えることができるので、付加価値という名前が付くのだと私は理解しています。
購入する側からみると、自分で原料を仕入れて加工して同じものを作ることもできるかもしれませんが、それが大変だから購入するわけです。つまり、購入者にとっては、その会社が、「原料から製品に変えるという価値を作ってくれた」ことになります。

――付加価値と利益は、切り分けて考えた方が良いということでしょうか。

前 では、付加価値が同じ状態で、利益だけを大きくしてみたらどうなるかを考えてみましょう。

付加価値から利益を引いた残りが、人や設備などへの投資部分になります。この、人や設備の部分は、付加価値を生み出す会社のエンジンとなるものですね。
付加価値が変わらない状態で利益ばかりを優先すると、エンジンにかける投資が減る、つまり人や設備に対する投資が先細ってしまうことになります。

こうなると、利益は出ていても付加価値を生む力が強くなって行かず、成長が望めない状態になってしまうのです。ずっと横ばいになる。これまでの日本がいろいろと言われているのは、こういった状況が続いてきたからではないでしょうか。
付加価値というものをもっと意識して、利益も出しながら、成長のために人や設備にもお金を使う成長サイクルを回すことが、成長を目指す企業に必要な考え方です。

利益経営と付加価値経営の違い

次に、利益重視の経営と付加価値重視の経営の違いを見てみましょう。

利益がなければ赤字になり、赤字が続けば倒産に至りますから、「利益を意識した経営」とは、企業の存続や継続を意識しているか、あるいは株主に対する配当などを意識している経営です。

「付加価値を意識した経営」は、先ほど松栄さんが言われたように、企業の成長を見たいならば意識した方が良い方向です。
あるいは、社員や取引先のメリットのようなこともちゃんと考える、ということが、付加価値を意識した経営ということになります。

キーエンスの企業分析に関する書籍でも書かれていましたが、利益よりは付加価値という言葉を表に出して、意識して実行されているというのは、実際にそうなんですか?

――そうですね。企業の考え方のひとつとである、「最小の資本と人で最大の付加価値を上げる」という意識が全体に浸透しています。付加価値に対して非常に重きを置いていますね。対外的な、お客様に対しての付加価値のある提案といった部分はもちろんのこと、社内に対しても徹底しています。

キーエンスが強いと感じるのは、「時間チャージ」という考え方を持っていることです。どんな仕事をする上でも、会社が上げる利益や付加価値の中から、1人が1時間どのくらい何をしたのかという意識を持つ。「時間は最大の資源である」という考えです。
ひとつの仕事に何時間割いたのかといった部分も社内で管理されています。

付加価値を意識した経営という中では非常に重要なポイントですから、中堅・中小企業の経営者の方も真似すると良いのではないでしょうか。

前 キーエンスは企業も社員も高収入で有名ですが、まさに付加価値を意識して、会社の利益だけでなく、社員にきちんと還元する意識を強く持っておられるのですね。

業務効率化と生産性向上は「≠」

時間を大事にするという話は、次の「生産性」の説明につながります。こちらの式をご覧ください。

付加価値を頭数で割ったのが1人当たりの生産性、「時間」で割ったのが、時間あたりの生産性です。人をできるだけ増やさずに付加価値を生む、あるいはお客さまの満足度や購買数の向上を実現するためのベースの考え方です。

よく、「システムを入れて生産性を上げる」という表現を見かけますね。「生産性」と「業務の効率化」という言葉が、時折イコールのように扱われていますが、必ずしもそうとは言えません。

ペーパーでやってきたものを自動化すれば、確かに業務は効率化されます。時間が短縮されても以前と同レベルの業務ができることと、効率化されるというのはストレートですが、イコールで生産性が向上しているでしょうか? 言葉の定義上、付加価値が上がらないことには、「生産性が上がった」とは言えません。
システムの導入が最終的に顧客満足度に繋がり、リターンをいただけるところに繋がっているかどうか、そこをきちんと精査する必要があります。

仮に自動化して業務を効率化しても、その業務を担当していた従業員を減らすわけではないでしょう。楽になって余ったマンパワーを、売上なり、付加価値が上がる方向に向けて初めて生産性を高めることができるわけです。その点をしっかりセットで考えていかないと、生産性の向上には繋がりません。

仮に、すぐに生産性が上がらなくても、次に事業が拡大した時に、人を増やさなくても対応できる体制ができたという意味では、システム化が将来的な生産性の向上に繋がっていると言うことはできます。漠然とではなく、意識を持ってその方向に動いているかどうかで違いが出るのです。

生産性アップはシステム導入と分けて考える

――生産性と効率化を一緒くたにすると、そもそもIT化する目的がずれてしまうと。

 片手落ちになると思います。
効率化は内側の仕事をなくすことですが、付加価値を生むためには、お客さまにきちんと働きかけないといけません。これはシステムを入れる入れない以前の話です。

内向きの仕事を減らした分から、まずは10%でも良いので、余った力を外に向けましょうということです。最初から徹底するのはハードルが高いので。
内向きの仕事を減らすというのは、簡単に言えば、上司が部下に「今度会議があるから、念のために手元の資料を作っておいてくれ」と頼むようなことです。下の人にとっては、直接何かを生む作業ではありません。時間だけ長くて何も決まらない会議も同様でしょう。

こういったロスを極力減らして、外に向ける時間に労力を回す。システムを入れる以前に、まずそういう意識が必要だと思います。

――内向きの仕事が多いとか、減らすことが難しいような事例は多いですか?

 どの企業に限らず、前任者から仕事を受け継ぐ際に、社内会議用の資料をもっと見やすく作ろうと、パワーポイントで整え直したりすることがあるのではないでしょうか。
少し失礼な表現になりますが、こういった、仕事をしているつもりだけど付加価値を生まない作業が積み重なっている例は往々にしてあります。

――確かに。技術やテクノロジーにあまり明るくなくても、企業的にDX化しなければいけないケースも多いと思います。ITベンダーからの提案を言われるがままに受け入れて効率化した場合は、本当に付加価値が生み出されたかどうか、もう一度見直す必要がありそうですね。

 はい。システム化はあくまで手段ですから。スタート地点で「これは何のためにやるのか」と言う意識を持ち、目的地を定めて、最後は付加価値に繋げて行かなければなりません。

――そういった時に、CIOサービスを前社長に相談できるのは心強いですね。

 キーエンスは外に働きかける意識を強く持っていらっしゃいますね。

――非常に強いです。社内会議中にお客さまから電話が入ったら、たとえ社長とのミーティング中であろうと何よりもそちらを優先します。全ては顧客に向いています。
そして重要な考え方として、顧客の利益を上げることもそうですね。その利益からキーエンスの取り分をいただいているという考え方なので、そもそもお客さまの利益を上げなければ、我々の給与は出ません。その意識は重要なポイントですね。

※後編に続く
ICTベストプラクティスのためのAI活用


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