『海の向こうでこんなこと言われた』#11
「いいえ23よ」
『テンペスト』エジンバラ公演3日目。
プロデューサーから
『初日の舞台を観て、君の絵を描きたいと言ってる画家がいるらしいんだけど、えっと名前はジョン・ベラニーさん。受ける?』
「え、ああいいですよ、楽屋入りに間に合えば」。
翌朝10時、ホテルロビーに現れたのは体格がよく目の鋭い髭面のおじさん。僕の顔をじっと見て、辺りをキョロキョロ。ロビーには僕一人。
「ベラニーさんですか?」
『イエス、フーアーユー?』
「ジョーです」
『ジョー?‥プロスペローをやった?』
「はい」
『‥‥ホントに?』
「ええ」
『‥OK、じゃあ車に乗ってくれ。アトリエに来てもらう』
ん?アトリエ?
車は大きなジャガーだった。運転席には奥さん。
車が動き出すなり助手席のベラニー氏が振り返り、尋問のように
『ハウオールドアーユー?!』
「いくつでしょう?」
じっと見てから
『‥にじゅう‥8、いや7だろう』
すると奥さんがミラー越しに僕を見て
『いいえ、彼は23よ』
ガックリ来た。
日本人は若く見られるとはいえ、そ、そんな小僧に見えるのか!
「40歳です」
急ブレーキ!2人揃って振り返り
『嘘だろ!?』 『嘘よね!?』
10分ほどで着いた夫妻の住む一軒家。
アトリエを見て驚いた。
大きな採光窓のある半地下。広い!
『これに描くんだ』
彼が出して来たカンバスは予想を遥かに上回っていた!
畳2枚分はあるじゃないか
画用紙大くらいのスケッチと思っていたからこれはビビるよね。
「これに僕を描く?」
『君の演った【プロスペロー】をね』
「な、何日来れば‥」
『いや今日だけでいい。主に目と手を何枚かスケッチしたいんだ。君の眼と指の動きはとても印象的だった。いくつかポーズを見せてくれないか。あとは舞台を思い出して描く』
で、座ったポーズから。
ベラニー氏、描き出そうとしてしきりに首を捻っている。
そして
『ヘレン!(奥さん)ボクの黒のロングコート持って来て!』
着替えさせられた。‥そりゃそうだろう。
僕の格好は、ピカソ風の顔が大きくデザインされた派手なニットセーター(昨日街で買った)と革ジャンだもの、イメージ違うよね。
『魔法の本が要るな。あ、これ持ってて』
彼の画集だった。
(この人、画集を出してるの?)
ポーズをとりながら彼の履歴を読む。
「エジンバラ美術学校卒。○○年ヘレンと結婚。○○年ヘレンと離婚、**と結婚。○○年**と離婚、ヘレンと再婚。」
(へ〜え、一度離婚してまたヘレンさんと結婚し直したんだ‥)
それから幾つかポーズをとって、
『よしこれでいい。今夜のうちに輪郭を決めて粗く色付けをするから、明日見に来るかい?』
「ええ伺います!!」
それからティータイムになって雑談。
芝居はとてもとても気に入ってくれたようだ。
『そういえば、昨日ショーンが観に行ったって?』
「は、誰が?」
『ショーン・コネリーだよ。彼はスコットランド人で、フェスティバルの時期には必ず帰って来るんだ』
「そうでした!前から5番目あたりで。開演前の舞台上から誰かが見つけて騒いでましたよ」
『呼ぼうか』
「は?‥へ?」
『親友なんだ。観たあと興奮して電話を掛けて来たよ』
で、電話のある部屋へ。
その間にヘレンがベラニー氏の描いたS・コネリーの肖像画を見せてくれた。
やがてベラニー氏が残念そうに「ホテルにはいなかった」と戻って来た。
無念!!
‥だけど、このジョン・ベラニーって何者なんだ?
実はショーン・コネリー氏には偶然にも翌日、会って挨拶をすることが出来た。
その話は次稿。
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