『海の向こうでこんなこと言われた』#3
「バカね、5時に行きなさい!」
「こっちから観ていいわよ」
#1・2でも触れた『NINAGAWAマクベス』渡英と同じ頃、
ロンドンでは新しくオープンしたミュージカルの話題が沸騰していた。
アンドリュー・ロイド・ウェバー作曲の『オペラ座の怪人』
その時点(9月)で開幕から6ヶ月満杯続き、
翌年の3月まで完売というメガヒット!
四季時代に『ジーザース・クライスト・スーパースター』や『エビータ』で彼の作品と格闘して来た自分としてはとても気になるわけで、
『NINAGAWAマクベス』をプロデュースしているセルマ・ホルト・オフィスのアシスタント、スイートピーに「何とかならない?」と持ちかけてみた。
彼女は目を丸くして
『とてもとても無理! 何でも出来るセルマでもどうにもならないわ』
「プレミア付いててもいいからさ」
『300ポンド(当時のレートで7万円超)以上という噂だけど』
「そ、そんな金はない!」‥ガックリ!
それでもあちこち訊いてくれたらしく、
暫くして耳より情報を囁いてくれた。
『次の水曜マチネに当日券が数枚出るそうよ。並んでみる?』
水曜日は併演の『王女メディア』の日だから僕の出番はない。
「ボックスオフィス、何時に開くんだっけ?」
『10時』
「じゃ9時半ごろ行けばいいかな?」
『バカね、5時に行きなさい!』
で、水曜日の朝、少し寝坊して6時にハーマジェスティシアターに行った
しかしそこには既に100人程の行列!
数枚しか出ない当日券が買えるわけがない!
でも前の20人ほどに「いつの切符を買いに来てるの?」
と訊いてみて驚いた。
みんな来年4月分の前売りに並んでいたのだ。
ままよ!とそれから5時間並んだ。
9月のロンドン早朝は寒い。
みんな二人以上で来ていて、交代でマックのコーヒーを買い、トイレに行っている。
幸い僕のすぐ後ろに、ランニング姿にリュックを背負ったアメリカ人が震えながら立っていて、彼と交渉して交互に列を離れた。
いつの間にか僕らの後ろの行列は200人を超えていた。
さて、午前10時に門が開き、
劇場脇の仮設チケット販売所に行列が吸い込まれて行く。
殆どが左手の窓口へ。時々ポロリポロリと右側へ。
「ははあ、右側が当日券だな」
で、僕の番が来た。
係員が『いつの切符?』
「今日のマチネ」
『右側へどうぞ』
え?買える?
買えた!!!
1階席!しかも最後の1枚!
‥なぜ分かったか?‥
うず高い半券の山の右側のチケットをピッと切ったら
下には何もなかったから。
外へ出たらランニングの彼が止められていた。
「ごめんな」‥ちょっと後ろめたい。
『王女メディア』マチネのために楽屋入りしていたみんなに切符を見せびらかして、14時開演に間に合うように再び劇場へ。
劇場前には今度は当日キャンセル待ちの行列が50人ほど。
先頭にランニングの彼‥更に3時間以上待ったんだ!
さていよいよ劇場に入り、席を探した。
確かQ列の17(?)番。
良さそうな感じじゃないか!
しかし席を見つけて愕然とした。
何とそこは大きく張り出した2階席を支える柱の「真うしろ」!!!!
柱の幅は丁度椅子1席分‥なるほど「最後の1枚」ね。
目の前は柱。
そういえばこのチケット、一階席にしては安かった。
それでも席に着こうとすると、椅子の上にバッグ。
隣の女性がビックリして
『ここで観るの!?』と荷物を退けてくれた。そして
『こっちへ体を寄せて観ていいわよ』
逆隣のおじさんも
『こっちもいいぞ』
いい人たちでよかった!
開演直前の場内アナウンスで客席がどよめいた。
よく聞き取れなかったので隣の女性に訊くと興奮した調子で
『病気休演していたマイケル・クロフォードがこの舞台に出るのよ!』
後で大変な噂になって分かったのだが、
オリジナルキャストの彼は病院暮らしにいたたまれず、
この日ベッドを抜け出して舞台に立ったのだ。
しかしその怪人は安定感があり、そして鋭く、悲痛で、素晴らしかった!
だが何より驚いたのは、この作品で初めて主役を射止めた
サラ・ブライトマンの歌声
僕も数々のミュージカルで様々の女優さんの声を聞き、
デュエットもして来た。
皆さんそれぞれ素敵で個性的だったが、
サラのような声はかつて聞いたことがなかった。
透明で時に繊細、時に重厚、
そのボイスチェンジの自在さ軽やかさが絶品なのだ。
「この人は絶対スターになる!!」
その後の彼女の活躍は皆さんご存知の通り。
何しろ圧倒され過ぎて
「もうミュージカルはやりません!」
と本気で思った。
(ま、その後たまにはやってるけど‥)
後で考えれば、本当にラッキー続きの1日だった。
書き添えれば、キャンセル待ちの最前列にいたランニング君は、開演直前に、チケットを手に踊るような足どりで入って来た。
早朝からの疲れも、凄いパフォーマンスを観て吹っ飛び、2人でパブに行きビールを一杯ずつ飲んで別れた。
サラ・ブライトマンとマイケル・クロフォードの「Phantom of the opera」
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