親が苦手だという感情に罪悪感を持つ必要はないと思う今日この頃

私は昨春、父を亡くしました。
私は常々「父と気が合わない」「父が苦手だ」と感じており、父の方も一人娘の私より自分に性格の似た甥っ子(私のいとこ)を可愛がっている節があったので、父が他界しても正直悲しくありませんでした。

幼い頃から口が達者だった私は父の言う事によく反論し(自分では反抗ではなく筋の通った反論のつもりでしたが)、口下手だった父は言葉に詰まり、私に「叩くぞ」と手を振り上げました。(実際に叩かれた訳ではありませんが、手を振り上げられるだけで恐怖を感じました)

また父は気の強い女性が大嫌いで、気の強い女性に言い返された事が原因で会社を退職した事があるような人でした。
私もかなり気が強いという自覚があるので、ある時「私を娘じゃない一人の人間として見たら苦手でしょ?」と聞いてみたところ、その答えは「かわいいかわいい◯◯(私)」という何とも白々しい物だったので、「じゃあ私のどこがかわいいか言ってみて」とたたみ掛けたのですが、父は一つも答えられませんでした。

けれど一番許せなかったのは、私がうつや強迫性障害で苦しんでいた時に「お前は俺に似て繊細だなぁ」と嬉しそうにしていた事です。病気の娘を見て、嬉しそうにするって本当に人間性を疑ったし、悲しかったです。

父は気が弱くて口下手で、そのくせプライドだけは高かったから常に「△△さんが俺をバカにしている」とか「☓☓さんが大嫌い」とか口にしていました。そして認知症になってからも「アイツ(先生)にバカにされている」と言って処方された薬の代わりに大量のアルコールを飲んで(アルコール依存症の診断がついた程)、認知症を急速に悪化させて死んでいきました。

病気一つした事のない丈夫な体だったのにアルコールで死期を早めた父を本当に愚かだと思います。同情の余地もありません。

でも「親を嫌いだ苦手だ」と感じる事に罪悪感はありません。
「親を一人の人間として冷静に見ることができている」「そしてそれは自分が成長した証拠だ」と思うからです。

それに親を慕いすぎると別れが辛くて病むのではないかと。最近もある方が「親が他界して10数年経つけれど、命日が近づくと会いたくて気分が沈む」みたいな事を書いているのを目にして「仲の良い親子も良し悪しだな」と感じました。親をちょっと嫌いなくらいがちょうど良いのかもしれません(笑)

親子でなければ、お互い嫌い合って口もきかなかっただろう父と私ですが、この世で親子になったのも何かの縁。なので供養は続けていきたいと思います。(父の事は人として嫌いだけど、親子としての情は多少あるので、ご心配なく)

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