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「好き」について、ちょっと本気出して考えてみた ~本気でやった仕事は嘘をつかない


先日、教育心理等を研究する方とお話させていただく機会があった。

彼女と知り合ったのは、とある教育関係の取り組みのミーティング。ふとしたきっかけで私の好きなものの話をしたことがきっかけで、改めてお話する機会をいただいた。

ちなみに、その好きなものというのは、推理漫画作品の金字塔、「名探偵コナン」。
生まれてこの方二十云年、どのコミュニティにいても私=コナンファンというのは、自他ともに定着している。職場、お客様にも知られているので、グッズをいただいたりもするくらいだ。(本当は本家とのコラボもしたいところだが、オトナの事情でそれはまだ実現できていない・・・むむむ)

話戻って、彼女はとあるコミュニティの学習プログラムで探求学習を実践されている方。
その中で、【“楽しい”と思うことをやっていると、時間や苦痛をものともしないのでは?】という問いを掲げて、インタビューなど行っているらしい。
とても心躍るテーマだ。

きっと、好きなものに対して人はとことんハマってしまう生き物なのだと思う。
だからこそ、好きなことをやっていると寝食を忘れる、という感覚もあると思うし、自分もそのタチだと自覚している。そして、同じような考えをもって好きなものを愛でている人を見ているのは、単純に楽しい。

あれだ、アメトーーク!でやってる“〇〇芸人“とか、街歩きで自分の知っている地域とかが出てるとついつい見たくなってしまう心理だ。(え、ちがう? 勝手に自己解釈します笑)

私は、かなり感覚的な部分はあるけれど、
好きなものに対して「なぜ、これが好きなのか」「なぜ、好きという気持ちが継続しているのか」というのが、割と言葉に示せるほうなのでは、と思っている。

コナンに関して、簡潔に言うならば、
【身近なヒーローの成長】【好奇心、興味の幅を広げてくれる存在】【様々な人間模様が織りなすストーリー】といった具合か。

彼女とのお話の中でも話題に上がったけれど、
好きだからこそ、本当に苦はないということ。
自分と一体化している、っていう表現がすっと腑に落ちた。

また、好きな理由として、作者の青山先生だけでなく、声優さんや脚本家さん皆が作品やキャラクターに愛を注いで作り上げているのを感じるから、というのもひとつ。
人が本気でやった仕事は、嘘つかないんだよ。

とまぁ、いつの時代においてもコナンが好き、というのは一貫しているのだけれど、
実はほんの少しの時期だけ、コナンを見るのがつらい時期があった。

時々ふと思い出す。3年ほど前の、3~4月くらい。ちょうど毎年恒例である映画の公開時期。
お恥ずかしながら、理由は付き合っていた人との別れ。
将来を誓い合っていたわけでもないし、お付き合い自体はさほど長くもなかったのだけれど、その存在に心底助けてもらっていて、ただただ一緒にいたい、という気持ちばかり募ってた。(重いわ!

頼んだわけでもなく、映画館に限定で配布される期間限定のチラシを探して夜勤明けに映画館を一人ではしごしてくれる人だった。優しすぎるでしょ。
とまぁ、そんなことから2週間後にお別れがあるとは思ってなくて。(うわ、書いててなんか重恥ずかしくなってきた。けど書き残す)
目の前が真っ暗になるようで。私の気持ちはきっと彼を縛り付けていたのだろう。魔法が解けてしまったんだろうね。
そうなってしまったら、とても純粋に大好きなもの=コナンを楽しむ気になれなくて。
ああ、好きなものを楽しむには、ある程度の心の余裕がないと「見る」という行為もできなくなるんだな、と後から思った。悲しい別れではありましたが、今でこそ、心からありがとうと言える。。(当時はそんな余裕もない笑 )

映画公開しているのに、テレビも漫画もあるのに、全く興味を見いだせなくなっていた。
けれど、前売り券ももっていたので気を取り直して劇場へ。

・・・やっぱり楽しいんだよ、コナン。
敵として現れ、最期は楽しいひと時を過ごしたもののために散っていったキャラクターにただただぐっと心掴まれてしまった。
コナンを好きでない自分は、自分じゃない。物心ついてからというものの、コナンとともに歩んできた人生。大げさな表現かもしれないけれど、「自分」でいるためにも、コナンは必要なんだ、と悟った。

今回お話させていただいた彼女は、とある大人の自由研究と称してとあるものを作る実験工程をブログに書いていたそうで、それがまた面白くて。私は、コナンは好きだけれど「生み出す」という行為はしていないから(派生して物を調べるのも似ているのか?)、単純に好きという想いから、モノを生み出す行為を起こす人はすごいと思うんだ。

話変わるのですが、アメトーークの「〇〇芸人」企画ってけっこう楽しいよね?
本気でそれが好きな人が語る話は、人を引き付けると思うし。これもなんかうまく「教育」と結び付けて具体的な場にできそうな気がする。

気持ちを色々と落ち着かせるために、ばーっと書いたけれど、
とにかくコナンが好き。
それに尽きます。はい。


****************

以下は今回の主題にあまり関係はないけれど、
コナンに対する想いがどうにもあふれ出て止まらなくなってしまったので、ざっくりかいつまんでまとめました。気が向いた方は目を通していただけると嬉しいです笑

先述した 以下の3つのキーワードをもとに書いています。

【身近なヒーローの成長】
【好奇心、興味の幅を広げてくれる存在】
【様々な人間模様が織りなすストーリー】

※作品の詳しい内容は、SSC名探偵コナン1~96巻を見てね!(番宣)

【身近なヒーローの成長】主人公・工藤新一は好奇心からとある組織の取引現場を目撃し、口封じのために毒薬を飲まされたことで体が縮み、工藤新一が生きていることを組織に知られないよう、咄嗟に「江戸川コナン」と名乗ることから、物語は展開していきます。組織と対峙する目的を作るため、コナンという存在を作ったといえばそれまでなんだけれど、正体を隠して幼馴染を守る(しかも子どもの姿で)ことで、その幼馴染の本音や普段見せない姿を垣間見るんです。きっと、高校生の姿のままでは、気づけなかったはず。また、組織によって、身内を亡くした人物や、何かしら人生に影響を与えられた人、自身が子どもの姿だった故に、助けられなかった人・・・様々な人に出会う。名探偵、ともてはやされた少年は、小さな姿になって、周囲の協力者に助けられながら少しずつ謎に立ち向かっていく。自分の力だけではだめ、というのがまたいいんだよなぁ。無垢な少年探偵団との出会いも、きっと大きいのかも。子どもの洞察力にはっとさせられることも、きっとあるよね。きっと、服部もコナンと出会ったからこそ、最初は敵意むき出しだったけれど、今のような親友の間柄になれたんだろうなぁ。(新一は、かき集めても中道くらいしか男友達がいないので、服部という存在はとても大きいぞ・・・というか瑛祐くんも修学旅行いてほしかった・・・きっと最終決戦には出てきてくれると信じてるよ。。)
【好奇心、興味の幅を広げてくれる存在】日常の中のあれこれを、すぐにコナンに結びつけてしまう。また、コナンに登場したことがきっかけで、個人的に調べて、ハマってしまって実際に現地に出向いたり、旅をしながらコナンと、その現地の歴史に思いを馳せたり・・・聖地巡礼からさらに飛躍した楽しみ方というか。  例として 京都の 六角堂(服部を休ませるためにコナンと服部が出向いたり、迷子になった元太を探して訪れた場所)僧正が谷不動堂(翁の面をつけた人物に服部が狙われるシーンにて。牛若丸の修行の場)鞍馬寺(天狗・・・!)など。

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酸性洗剤と塩素系洗剤を混ぜてはいけない、混ぜて使用すると有毒なガスが発生する、というのもコナンで学んだ。(この事件は当時から印象的。近いからこそ気づけない、すれ違うことってあるよね・・・)映画では原作よりも大きなスケール、歴史にまつわるエピソードも含めて描かれることが多い。それにより、京都や寺、街のつくりにも興味をもったり、寺系のブログも書いてみたり。旧ソ連圏の場所に行った際には、ロマノフ王朝に思いを馳せてみたり。(以下、エストニアの探索紀行文)



** 『ベイカー街の亡霊』(映画)の脚本を執筆された野沢尚氏。
コナン映画をきっかけに彼の小説を読むようになり、人間のもろい感情や人間臭さ、日常に垣間見えるミステリ要素にドはまりした。(『ベイカー街の亡霊』は、きっとコナン映画史上一番好きな気がする・・・少なくともセリフとサントラは一番覚えてると思う)惚れ込んだからこそ、彼の最期がとても悲しくて、色々視えすぎた故だったのかな・・と子どもながらに思ったものだった。『ベイカー街の亡霊』については、思うことが多すぎて・・・IT、人工知能、親と子ども、そして血縁・・・。ざっくり書くと、IT産業界を束ねるであろう者が恐れたものは、過去に世間を騒がせた殺人者の子孫である、という事実が明るみになることであり、その過去を、とある父子に気づかれそうになった(気づかれた)ことによる口封じ(と、自殺へ追い込んだ)を行ったが、それを、優作とコナン(新一)の父子が、罪を暴きとある父子の無念を晴らす。徹底的に「血縁」に重きを置いたストーリーといえる。それがまた、面白いんだ。。安らかに眠れ・・・ (ここで映像が引いて、ヒロキ君を想い、上を見上げる工藤親子。エンディング曲・B’z『Everlasting』が流れる。)うわぁああぁぁぁああああああ(号泣



はい、話それました。ちなみに以下の記事は1~10作目の要点のみ書き記したものです笑

【様々な人間模様が織りなすストーリー】黒の組織を壊滅させる、という目的は同じでも、アメリカ「FBI」、アメリカ「CIA」、日本「公安警察」・・・とその組織間で不都合なことも場合によっては生じる。同じアメリカ合衆国の組織でも、FBIは基本的に国内で犯罪を取り締まる、司法省の機関。CIAは大統領直属の機関であり、対外諜報活動をメインに行う機関。どうやら逮捕権があるのはFBIで、CIAは情報を扱う・提供することに注力しているらしく、実際に手を下すことは少なそう。CIAである水無玲奈も、FBIの赤井さんに言ってたもんね。FBIに不都合なことがあっても、悪く思わないでねって。まさに、「真実はいつもひとつ でも正義はそう 涙の数だけ」である。(by 福山雅治)まさに命がけ。様々な覚悟があり、目的は一緒でも対立することもある。そうした複雑な関係の下、物語は展開している。その様が何とも言えず、楽しい。
また、ちょっと話は変わるけれども、高木刑事と佐藤刑事について。高木刑事は、例の爆弾事件で、コナンの核心に迫るような描写もあったし。たびたび、原作でも映画でも、コナンと高木刑事のペアが描かれている。作中世界では半年だけれど、信頼関係ができている。それに、松田刑事・安室さんをはじめとする警察学校組。安室さん以外は物語の最初から故人だけれど、原作36~37巻で松田刑事が登場してから、長年の時を経てこのようなストーリーが出来上がるとは。伊達さんと高木刑事はワタルブラザーズなんだよ、佐藤刑事と松田刑事は短い期間だったけれどこんな関係性があったんだよ、とここはコナンの存在が介在しない部分であるけれど、そういう些細な人間模様の交わりが少しずつ見えてくるのも、面白いところ。毛利のおっちゃんが身内や知り合い絡みになると、コナン(新一)を上回る推理を見せるのもすき。推理というか、人生経験の長さ、夫として父としての姿が見えるというか。この渋みは、コナンにはまだ出せないはず。捜査は足で、という根っからの刑事魂か。

探求意欲がどんどん湧いてくる、今なおエネルギーに満ち溢れた作品、
青山先生のクリエイター魂をはじめ、皆さん素晴らしすぎるよ・・・
これからも、ずっと応援し続けます。


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