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えらいの基準

自分ってえらい!

大学に進学して一人暮らしを始めた。
全く知らない土地で知り合いもいなかったが、家事はある程度できたため、なんとか生活していた。

最初の頃は、
「今週も作り置きできた!えらい!」
「週末にも学校に行って勉強した!えらい!」
「自分でお金を管理して、アルバイトも始めることができた!すごい!」
と、初めてのことが多かったのもあり、小さなことでも自分を褒めていた。
大人の仲間入りができた気がして、心から感動していた。

何が当たり前?

でもそれを繰り返すにつれ、どんどん当たり前になってきた。
だって、料理しないと生活できないし、勉強しないと単位が取れない。
お金の管理やアルバイトをしないと欲しいものが買えない。

やって当たり前のことをわざわざ褒めたりしない。
えらいの基準がどんどん高くなっていった。
また、アルバイトを始めてから、自分の世間知らずさを実感することも増えた。

小さい頃から褒めて伸ばされてきた私は、病むことが多くなった。
母や友達に、「今日作り置きしたんだ~!」と言うときっと「わ~えらいね!」と言ってくれるんだろうけど、欲しがっているみたいだし、自己肯定感は上がらない。

母の置手紙

半年に1回、母がうちに遊びに来てくれる。
家っ子の私は大喜びだが、バイバイの日は涙が出そうになる。

母が帰る日、私はバイトがあって先に家を出た。
バリバリ働いて、寂しさを紛らわそうと思った。

バイトから帰宅し、ほっと一息。と思ったら、机の上に何やらたくさん置いてある。
美味しそうないちごやコーヒー豆、入浴剤に、ちょっといい柔軟剤。
そしてルーズリーフいっぱいに書かれた手紙。

手紙を読むまでもなく、涙が溢れて止まらなかった。
母が帰った寂しさと母の文字の安心感、バイト終わりで張りつめていたものが一気にほぐれて溢れ出した。
胸が苦しいのにじんと温かくて、優しさが体中に染み渡った。

手紙には、お邪魔しましたということと、ちゃんと生活している姿を見て安心したということが書いてあった。
中でも、
「勉強にバイトにサークルに家事に、なんでも頑張るはーちゃんをすごいな、ママにはできないなと思って見てる。」
という文が、母らしくて笑ってしまった。
ちゃんと気付いてくれてた。私が1番欲しかった言葉をもらった。

いや、自分ってめちゃくちゃえらいのでは!?!?

手紙を読んでから、いろいろ思い返してみた。
実家にいたときの自分とは明らかに違う。
確実に成長している。

え、、、じゃあ毎日えらくない!?
そう思えると、俄然やる気が湧いてきた。

周りの人に褒めてもらえるのも素敵なことだけど、自分のことは自分が1番褒めてあげたい。
さすがに毎日ご褒美ってわけにはいかないけど、ご褒美が無いのも悲しい。
今までは母や祖母、先生など誰か大人がご褒美をくれた。
これからは私も大人。自分で自分にご褒美をあげるときが来た。

今日はバイト前に、カフェに勉強に来た。
早起きも頑張って、計画通りに進んでいる。
えらいなぁ、自分。ってことで、スイーツも頼んじゃおうかな。




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