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創作

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創作中の人物、創作という表現で流露される全てが、僕の中の一部を形成しています。バフチンがポリフォニー論を提唱しましたが、一人一人が拍動し生動する人物を描出したく思います。
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記事一覧

生の痛み、死の痛み

  誰もまだ自殺者自身の心理をありのままに書いたものはない。それは自殺者の自尊心や或は彼自身に対する心理的興味の不足によるものであらう。僕は君に送る最後の手紙の中に、はつきりこの心理を伝へたいと思つてゐる。尤も僕の自殺する動機は特に君に伝へずとも善い。レニエは彼の短篇の中に或自殺者を描いてゐる。この短篇の主人公は何の為に自殺するかを彼自身も知つてゐない。君は新聞の三面記事などに生活難とか、病苦とか

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AIR

「それ、何を弾いているの?」
「今の?『夏影』っていうの。むかしこの曲が誕生したとき、私は貴方くらいの男の人にあったわ。ここから遠い、海のみえる田舎町だった。その男の人は『ずっとずっと<永遠>を探し求めている』って言ったの。私にはなんのことかわからなかった。『<永遠>には一人の少女がいて俺の手を優しく握ってくれるんだ』と彼女はいった。」
「永遠?」
「そう、永遠。結局さいごまであの人が何をその言葉

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熊駆除問題

 小説には確かに作者の問題意識が具現している。それ故にこそ、小説は作者自身のモチーフを越え普遍的になり得る。
 作者は小説を書く際、"別の何か"に成り切る。いわゆる"神の視点"、つまり客観的に作品全体のプロットや主題提示、表現方法などを透徹した視点から俯瞰する冷静さを保持しながら、矢張り成り切るのである。それは役者のようなものとイメージしてもらえば良いかと思う。執筆しながら、あるキャラクターのセリ

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殺人の動機

 死のうと思った。「恥辱」に耐えられないと感じたから。
 彼が感じた恥辱がなんであるかを、今ここで赤裸々に告白したいと思う。
 彼はずっとずっと踏み越えたかった。それは、世界の秩序からの踏み越え。この世の論理からの踏み越え。そして、社会の不正からの踏み越え。此岸と彼岸の境界線を越え、神の作りし世界を呪い、自らが神たる者として新しい調和的世界を、水晶宮を築こうと彼は思った。
 そのための第一歩として

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邂逅

「きみにこれを贈ろう。」出し抜けにその男は言った。
 突然目の前に出現したその男の唐突な、それでもどこか胸を穿つような声色に、僕は刹那、周章狼狽した。後、そんな己の態度を自嘲した。こんな男、こんな精神の脈動、そんなものは僕にとってもはやどうでもいいことだ。僕は今、悲しみの底にいる…。
 「あなたは何ですか、一体?」ぞんざいな口調で僕は問い返す。
 「これは私の書いた『カラマーゾフの兄弟』の続編だよ

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彼と黒人

 彼は原宿の竹下通りを歩いていた。春らしい爽やかな日差しに恵まれたこの日、竹下通りには本当にたくさんの人が通りの端から端まで,極めて狭いパーソナルの空間を必死になって確保しようとコンクリートの隙間を埋め尽くしている。足と足の間から灰色の道路が見えたと思ったら、そこはところどころにあるクレープ屋の傍で、女子校生や恋人達なりが店を半円状に囲むようにして作る幸せそうな空間だ。
 うんざりした気持ちを抱え

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道の先

どこからかヒーヒーと泣き苦しむ声がかすかに聴えて来たのだ。佐伯は暗がりに眼をひからせた。道端に白い仔犬が倒れているのだった。赤い血が不気味などす黒さにどろっと固まって点点と続いていた。自動車に轢かれたのだなと佐伯は胸を痛くした。犬の声はしのび泣くように蚊細かったが、時どきウーウーと濁った声を絞り上げていた。だらんと伸びて、血まみれの腸がはみだしていた。ピクピク動くたびに、ぶらんとした首がそこらじゅ

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美に取り憑かれし女

「『私は美しい存在でなければならない。』 この妄念はずっと、今に至るまで終始私を苦しめつづけたわ。まるで自分の意思をこえた何か悪魔的な存在が常に私を駆り立て続けては私の精神を支配してしまっていたようだった。
 女学生時代だったかしら、私は自分が特別な存在だと思うようになったの。『白皙の美男』なんていうけれど、私は白皙の美少女だったわ。肌理の細かいあの肌。弾力があって光を反射して輝いているあの肌。肌

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『魔法少女まどか☆マギカ』-さやかと杏子にみる愛-

『魔法少女まどか☆マギカ』-さやかと杏子にみる愛-

 「ねえ、杏子。私、幸せだったとは言えないかもしれないけれど…、でもね、決して不幸な人生だったなんて今は思ってないんだ。」

 「誰かの幸せを祈った分、他の誰かを呪わずにはいられない。」さやかは二の句を継ぎ、悲哀の香気を放ちながら話す。
 「私は魔法少女の酷薄な宿命を感じたの。あんな、魂のない抜け殻のような身体になってしまい、大切な人に好きって気持ちも伝えられなかったり…この世界は本当に大きな代償

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