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発達障害と学習支援

こんにちは!りょーさんです。

今日は、発達凸凹がある子供たちの高校受験のプロセスが良好になっていくために必要な勉強についての考え方について、書いてみたいと思います。


受験のプロセスについて

卒業シーズンですね。
先日、公立高校の合格発表がありました。

何人もの合否結果を受け取る立場になると、受かろうが落ちようが、一人ひとり受験までのストーリーがあることを毎年噛み締めることになります。
涙が出るほど嬉しいストーリーも多々あります、、、この仕事を辞められない理由の一つです。

一人ひとり、一つひとつのストーリー、そこに「偏差値」や「点数」や「合否結果」は確かにあります。でも、それが本当に大事なことでは無いって思います。
子どもたちがどのようにしてその結果を受け止められるか、それ自体が大事では無いかと思います。

そのストーリーを簡単にまとめると、
・受験をする本人が、
・受験に向けて迷い葛藤し、
・自己決定(自分で決めた!)を経て、
・勉強への動機の浮き沈みに向き合いながら、
・最後まで自分のペースで進むことで、
・やりきった!

って思えること。

このプロセスが大事だなーって思います。
これがあったら、志望校に受からなかったとしても次につながることとなります。

逆に
・受験をしない大人が
・受験に向けての期待を勝手に押し付け、
・自分で決めたふうに仕向けて、
・勉強を無理やりさせる環境を押し付けて、
・最後まで無理な全力疾走をさせて、
・大人によってがんばらされた!

を作ってしまうと大変です。

親や塾や学校が「このレベルの高校を目指しなさい!」と押し付け、「あなたが決めたんでしょ?!」と仕向けて、「だから塾行ってたくさん勉強しなさい!」と勉強させる環境をつくって、期待を押し付け、不安を煽ってでも全力疾走させる、そんな状況で潰れてしまった子どもたちもみてきたのです。高校入ってからが大変、、、なのです、、、。

逆に、いいプロセスを作れば、高校での頑張りや動機づけにつながります。
いいプロセスを作れるかどうかは、中学校3年間をどのように過ごし、その経験をどのように捉えているか?が関わっていると思います。


中学生時代に自信が奪われないこと

以前、発達凸凹のある子供たちにとって中学校が一番大変な時期と書きました。
小学校まではなんとなく楽しく過ごせていて、勉強もそこそこできていたり、できていないことも気にしてなかったお子さんが、中学校で「俺できないから、、、」って言い出す。自信が奪われていく…。自信が奪われて3年間を過ごしたお子さん、上記のような受験の良いプロセスを作ることが難しくなっていく、、、。

だから「手を抜く力」大事なんです、、、!
今日は、中学校の勉強について、どのように手を抜けばいいのか?について書いてみようと思います。


最近接発達領域

最近接発達領域(発達の最近接領域)という概念があります。
「誰か(外部)の助けがあれば自分でできる範囲」って意味です。
ヴィゴツキーという有名な心理学者の提唱した概念です。

たとえば、生まれたばかりの赤ちゃんに「お箸を持たせる」ってことはしません。覚える順番があるし、時期がある。その順番や時期は人によって違うけど、でも(多くが)いずれできるようになる。

もし、生まれたばかりの赤ちゃんに無理やりお箸を持たせようとして、そこで「なんでできないの?!」って言い出したら、ちょっと暴力的だなって思います。
でもある一定の発達段階になれば、大人のサポートのもとで少しずつ箸を扱えるようになっていく。いずれ誰のサポートもなく、自由に扱えるようになります。

ただ、それを身につけるための時期や発達段階、経験値やスキルの蓄積はその人によって違う。
「赤ちゃんに箸」はわかりやすい例なので「そんなことはさせない」と思いますが、それが勉強だったりスポーツだったらどうでしょう??
僕たち大人は知らず知らず、その時期や発達段階じゃないのに「頑張ってやりなさい!」っていう暴力をふるっていることがある。
(幼少期からの塾や習い事について僕が懐疑的なのはこの辺りからきています。合えばいいけど合わなかったら暴力、、、要は、ギャンブルなんです、、、)
もしかしたら勉強でも同じような暴力的な何かを子どもに押し付けているかもしれない。

上記を踏まえ、ざっくり分類すると、
①自力でできること
②誰かのサポートがあればできること
③誰かのサポートがあっても(今は)できない

以下、これについて「勉強」に当てはめて考えてみます。


学べる領域で学ぶことが大事

たとえば、小学校2年生で九九を習います。
九九ができれば、掛け算の筆算は教えればできるかもしれない。でも分数の概念の理解は(まだ)教えても難しい。そういう子供がいたとします。

この場合、
①九九=自分で自力でできる
②掛け算筆算=誰かのサポートがあればできる
③分数概念の理解=誰かのサポートがあっても(今は)できない

この三つの領域があると考えてみましょう。
本来学ぶべきは、②です。誰かに教えてもらったり、習ったことを反復したりすることで、②が①になる。
「②サポートがあればできる→①自力でできる」
の流れを作りたい。
あえて学力の向上という狭い視点で見たときに、本来学校の授業の意義はここにあるはずです。
でも発達に凸凹のある子どもたち、勉強(に限らず学校生活全般)について③の領域が多い。

もし、学校の授業、学校で配られる問題集や宿題、そのほとんどが③の領域になっていたらどうでしょう?
どれだけ時間をかけても、どれだけ頑張っても、できるようにならない。

でも提出しないとならない、評価につながるから。
だから「やらないとならない!」に縛られる。
延々時間をかけて、でも、テストの点数が取れない、、、。
「どーせやっても」って気持ちが積み上がっていきます。
「やってもできない」という無力感のことを「学習性無力感」と言います。無力感を学んだってことです。
一度この状態になったら抜け出すのが本当に難しい。

③の領域における授業、宿題、テスト、、、それが3年間ずーっと続いたらどうでしょう?
さらに「努力が足りない」「勉強しなさい!」「さぼってばっかり!」「こんなこともできないの?」「何回教えたらわかる??」って言われ続けたらどうでしょう?
「しんどーい!!」、、、ですよね、、、。

その子にはその子の「学ぶべき領域」があります。
それが①をより自分の身になるように練習しつつ、②の領域に力を注ぐことで①の領域を増やし、③の領域がいずれ②の領域になることを目指すってことです。
言い直すと
「自分でできることはよりスラスラできるようにする。サポートがあればできるところを自分でできるようにして、自分でできることを増やす。そのことによってサポートがあればできるところが増えていく」
そのことに力を注ぐべきです。


頑張ってもできないところを仕分けてサボる!

言い換えると「③サポートがあっても自分でできない領域」はサボっちゃえ!ってことです。
この領域の仕分けをすること、そしてそれを受け入れやすいような関わりをすることが、発達凸凹のある子供たちや勉強に躓きがちな子供たちに必要な学習支援の第一段階だと思っています。

そこからスタートし、「できるようになった!」を積み上げることで、自信を奪われることなく、その子に合った学びを蓄積すること。

それが冒頭に書いた中学3年生における高校受験のプロセスが良好に進むための大事な前提になる。
(もちろん3年生からでも高校はいってからでもリカバリーは効きますが!)。

今回はそんな感じでまとめてみました、最後まで読んでいただきありがとうございました。



かつての大学生アルバイト、バイソンが、NPO法人はるが運営する個別学習塾はるでの勉強合宿について書いてくれています。よかったらぜひお読み下さい。


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