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【SF長編小説】同乗者たち【完結】

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輪廻転生が科学的に証明された世界。前世犯罪を取り締まる『前世監理官』のヨーイチは、自身の来世である少女と出会う。彼女曰く、これからヨーイチはSランクの大罪を犯すというのだが……
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【SF小説】同乗者たち【目次】

【SF小説】同乗者たち【目次】

あらすじ
輪廻転生が科学的に証明された世界。前世犯罪を取り締まる『前世監理官』である主人公ヨーイチは、自身の来世である少女と出会う。彼女が言うには、これからヨーイチはSランクをつけられるほどの罪を犯すというのだが……。

第1章 監理者たち
01 / 02 / 03 / 04

第2章 売魂者たち
05 / 06 / 07 / 08 / 09

第3章 嘘つきたち
10 / 11 / 12 /

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【同乗者たち】 第1章 監理者たち 【01】

【同乗者たち】 第1章 監理者たち 【01】

君はきっと信じないだろうけど、俺はこれから起こることを知っている。君は今、右手に銃をもっていて、それが約10秒後に君を殺すだろう。ここまで読んで君は思わず鼻で笑った、こんな玩具で人が死ぬはずないと、こめかみにその銃口をあてる。君は俺のこの言葉をついに最後まで信じない。今、引き金にかけた人差し指に、ゆっくりと力を――……

ヨーイチは灰色に濁った空を仰いだ。頬に当たる雨粒は冷たいが、防水加工されてい

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【同乗者たち】第1章 監理者たち【02】

【同乗者たち】第1章 監理者たち【02】

<< 01 目次

人生は一度きり。だから人の命は尊く、かけがえないものである。
かつてそう思われていた時代もあったらしいが、今やそんな窮屈な時代を知っている者は、ただの一人も残っていない。

「21グラムの魂、および輪廻転生は実在する」

最初にそれを発表したのは、「回谷(めぐりや)ハジメ」という脳科学者だった。彼は人間が生まれた瞬間、21グラム体重が増えると同時に、脳内に謎の神経回路が発生する

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【同乗者たち】第1章 監理者たち【03】

【同乗者たち】第1章 監理者たち【03】

<<02 目次

「伊藤チハル、女、9歳。昼食のあと腹痛を訴えて救護室へ。5分目を離した隙に姿がなくなっていた――逃走ルート不明、か」

何やってんだか、とため息をつく井坂と並んで、ヨーイチは少女の逃げ込んだ広大な公園の入り口に立った。「大混乱」収束後、荒地になった土地を整備して作られた平和記念公園は、都心にあるとはいえかなりの広さだ。巨大な木々が延々と続く道からは、雨に濡れて匂い立つ土の香りが色

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【同乗者たち】第1章 監理者たち【04】

【同乗者たち】第1章 監理者たち【04】

<<03 目次

あくびをかみ殺して窓口の中に座っているヨーイチの前には、長蛇の列ができている。

「前世証明書、一枚」
「用途は?」
「就職活動用で……このアドレスに送ってくれます?」
「ではそこの白線に立ってください」

ヨーイチの言葉に、窓口にやってきた青年は指示に従って数歩下がった。手元のボタンで、走馬燈再生を開始する。見えてきたのは、至って平凡な女の一生。大学で出会った男と結婚、娘を一人

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【同乗者たち】第2章 売魂者たち【05】

【同乗者たち】第2章 売魂者たち【05】

<<04 目次

「……チ、ヨーイチ!」

はっとしてヨーイチは顔をあげた。目の前に、渋い顔をしたナオキの顔があった。傍らにあるビールの泡は、すっかり無くなってしまっている。

「おい、さっきからどうしたんだよ? ぼんやりして」
「……なんでもない」

ごまかすように言って、ヨーイチはジョッキを傾けた。久しぶりに来た居酒屋『山小屋』は、週末とあって賑わっている。ナオキが小説家駆け出しの頃はよくここ

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【同乗者たち】第2章 売魂者たち【06】

【同乗者たち】第2章 売魂者たち【06】

<<05 目次

「個人的にはまだ心配なんだけど……グラフ的には、君を現場復帰させざるを得ないなあ」

次の日、退屈な窓口業務から解放されたヨーイチは、走馬塔にある時崎のカウンセリングルームを訪れていた。いつも他人の前世を覗き見しているくせに、自分の精神状態をモニタリングされているのは気分がよくない。

「無茶ばかりするから嫌なんだけど……仕方ないね」
「時崎さん、今日は敬語、使わないんですね」

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【同乗者たち】第2章 売魂者たち 【07】

【同乗者たち】第2章 売魂者たち 【07】

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男と出会ってから、かれこれ10分は歩き続けている。町並みは居住区から、うち捨てられた雰囲気の商店街に変わっていた。所々に「大混乱」の暴動の爪痕だろう、建物の一部が破壊され遺跡と化していたが、きっと前世法が制定される前までは賑やかな通りだったに違いない。しかし今や家を持たないクロアナ達でさえ寄りつかないらしく、しんと静まりかえっている。

「ここだ」

男が立ち止まったのは、古びた

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【同乗者たち】第2章 売魂者たち【08】

【同乗者たち】第2章 売魂者たち【08】

<<07 目次

小さなシャワー室で、ヨーイチは体の汚れを洗い流した。ごわごわしたスポンジで、手を執拗にこする。こんなことをしてもクロアナのチップはとれないが、風呂を上がる頃には少し気分が晴れていた。
ユータが用意してくれた着替えに袖を通して、ヨーイチは今一度、あてがわれたその部屋を見渡す。ここはさっきまで居たライブハウスの右隣にあるアパートの一室だ。この辺一帯の商店街は、ナナシが取り仕切る売魂者

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【同乗者たち】第2章 売魂者たち【09】

【同乗者たち】第2章 売魂者たち【09】

<< 08 目次

姉が本を読んでいる。
今時珍しい紙の本だ。クロアナ街のゴミ捨て場から拾ってきたのであろうそれは、酷く汚れ、黄ばんだテープで補強されていた。古びた読書灯の頼りない光のもとでページを繰るその光景が、ヨーイチの瞳にはとても羨ましく映った。

読んでほしいの?

笑いながら、姉は首をかしげる。

ヨーイチにはすこし難しいかもしれないよ。

それでもいいよと返事をして、ヨーイチは姉の隣に

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【同乗者たち】第3章 嘘つきたち【10】

【同乗者たち】第3章 嘘つきたち【10】

<< 09 目次

「ヨーイチ君、きみ、3日間お休みね」

出勤して早々井坂に告げられ、ヨーイチは唖然とした。また精神グラフがおかしくなったのか、まさかあの少女の幻覚を見ていることが時崎に感づかれたのか。言葉なく立ち尽くすヨーイチに苦笑いし、「別に君が悪いわけじゃないよ」と井坂は続けた。

「あの虫カメラは録画専用で、リアルタイムはおろか、データをこっちに送ることすら出来ない代物なんだ。クロアナが

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【同乗者たち】第3章 嘘つきたち【11】

【同乗者たち】第3章 嘘つきたち【11】

<< 10 目次

この世界の仕組みを初めて理解したのはいつだったろう。

「お父さんとお母さんを許してあげてね、ヨーイチ」

姉は毎日のように、そう繰り返していた。両親のことはうっすらとしか覚えていない。物心ついてすぐに、二人はこの家を出て行った。だからヨーイチにとって、家族と呼べるものは姉一人だけ。そして、姉がなぜそんなことを言うのかを理解する術も、この家には無かった。
初めて気付いたのは、小

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【同乗者たち】第3章 嘘つきたち【12】

【同乗者たち】第3章 嘘つきたち【12】

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「……泣いてるの?」

ふいに声が降ってきて、目を覚ます。暗闇の中、自分の上に誰かがかがみ込んでいる。
反射的に体を起こすと、「わっ」とその影は大げさに脇によけた。サイドテーブルに置いていたスキャナを構えると、「Sランク」表示が視界に踊る。

【情報は閲覧できません】

「枕元に置いてるって……どんだけ仕事熱心なの」

顔をしかめながら、少女はそう言う。ヨーイチは大きく息を吸い

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【同乗者たち】第3章 嘘つきたち【13】

【同乗者たち】第3章 嘘つきたち【13】

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『幻覚』と一緒に買い物に行くのは、言うまでもなく初めての経験だった。
生まれてこのかた一度も行ったことのないショッピングモールに足を踏み入れ、そのあまりの煌びやかさに思わず目が眩む。ネット通販が主流となった今でも、現実のショッピングは女性にとって最大の娯楽らしい。女の笑い声とフロアに充満する暴力的な香水の臭いに、ヨーイチは今にも倒れそうだった。
その一角にある人気ファッションブ

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