【短編小説】2回目のスタートライン☆第9話
チエの場合②~いろいろな幸せの形
トラブル?
「す、すみません。シバサキさんは今日、お休みなんです…」
無期雇用派遣社員として派遣された営業部。
サポート役のシバサキさんがお休みの時に限って、突発的なトラブル発生! どうしよ、ヤバくない?
どうやら前から依頼されていた書類があって、取引先の都合で約束していた日よりも早く必要になったらしい。
…って、今日中にほしいってこと? え、ムリムリ。だって、シバサキさんお休みだし。
「どうしようかな。困ったな、今日中にほしいって言われちゃったんだよな、先方から…」
電話口で困っているのは、シバサキさんに仕事を頼んでいた営業部員。
取引先ってことは、契約の成否に関わっちゃうかもしれない。タイヘンだ!!
「私にできるなら、やります! 申し訳ありませんが、シバサキさん以外でこの件を把握している方を教えてください!」
「え…君、新人さんのチエちゃんだよね? …大丈夫かなぁ…」
…さあ、どうでしょう? でも、お子さんが病気のシバサキさんにSOSするわけいかないし、取引先に迷惑かけることもできないじゃん!!
「大丈夫です! ピンチに強いんです、私!」
あ~あ、言っちゃったよ。チエ、そんなに熱血漢じゃないんだけどな~…。
まだまだ
それから3時間半あまり、営業部内にいる人を片っ端から捕まえて、聞いてはデータ打ち込んで、また聞いて…。
仕事に関するファイルは部内で共有されているから、シバサキさん以外にも聞くことはできるんだけど…みんな忙しいから、なかなか進まない!
時々催促の電話が入って、「まだ? 何時までにできそう…?」と不安げに聞かれ、不甲斐なさを感じた…。
シバサキさんなら、他の社員さんなら、もっとスムーズにできたはずなのに…。
慣れない仕事だし、孤独で不安だし、文字打ち遅くてまどろっこしいし、オフィスソフトの機能使いこなせなくて効率悪いし…。
え~ん…もっと仕事できるようになりたいよ!
「どう? 進んでる?」と再三にわたる催促の電話。
電話口なのに伝わる焦燥感と「あーあ、シバサキさんいたらな~」という無言のガッカリ感が伝わってくるみたい。
ダメだ、被害妄想じゃん。精神的に追い詰められている。これじゃ、いつものチエじゃない!
落ち着こう、大丈夫、チエはやればできるマンなんだから。
今、3分の2以上出来てきて、後は同じような内容だし…うん、今までよりはきっと早いペースで行けるはず。
「はい! あと大体1時間くらいで終わります! お待たせして申し訳ありません!」
「あ、ホントに? 分かった、じゃあ、頼むよ」
目安時間を伝えたら、電話の声がちょっと明るくなったような気がする。…よかった、さっさと片づけよう!
「チエちゃん、私も手が空いたから手伝うよ。分担しよう、どこをやればいい?」
「私もいいよ~、がんばろう!」
「ありがとうございます! じゃあ…」
他の人も手伝いに来てくれて、結局1時間かからずに完了、書類は無事に届けられた。
なんだかワケが分からないうちに過ぎた1日。でも…なんだろうな、楽しかったような気がする。
働くのって楽しい…かも?
1日の業務を終えて、デスク周りを整理整頓。
女子力高いチエとしては、忙しくても手を抜かないのだ、エッヘン。
さて、帰ろうかな、と立ち上がったら、営業の人たちが次々と帰還してきた。
「チエちゃ~ん! 今日はありがとう! ほんッとうに助かったよ!!」
あ、間に合ったんだ。よかった。
「あ…いえいえ、シバサキさんみたいに素早くできなくて、すみませんでした…」
「なに言ってるの! すごく助かったよ~。」
大声で言うから、周りの社員さんも集まってきちゃったよ。
「本当だよね、新人さんにしては手際良かったし、これでシバサキさんも安心してお休み取れるよね」
みんなが口々に褒めてくれる。
多少は盛ってくれてるんだろうけど、ねぎらいの言葉がうれしい。
人の役に立つのって楽しいな。
「今日はゆっくり休んで、また明日ね」
「はい!」
疲れたけど、それも気持ちいい。きっとご飯がおいしいよ。
でも、同時に自分ができないことが多いと分かって、悔しくもあった。
あ~もう、明日、分からなかったところシバサキさんに聞こう、勉強しよう。
明日は今日よりももっとできるようになる!
もっと誰かに喜んでもらえるように。
幸せの形って?
「昨日は大変だったんだって? 引継ぎしておけば良かったね、ごめんね」
「いえいえ、いい経験できました。それに、普段から仕事の内容は共有しているから、すぐに教えてもらえましたし」
翌日、シバサキさんにランチごちそうになって、ねぎらわれた。
お子さんは元気になったらしくお休みは1日のみで復活。働くママは大変だなぁ。
「これからも迷惑かけちゃうことがあるけど、よろしくね」
「はい!」
シバサキさんが忙しくても大変でも、他の人に迷惑をかけちゃうことがあっても仕事を続けるのは、昨日みたいな達成感や充実感があるからなのかも知れない。
確かに頼られて、感謝されて、チームワークで助け合って仕事するのは、ちょっと楽しかった…ような気がする。
変だな、仕事なんて適当に選んで、素敵なエリート見つけて結婚して、楽な暮らしがしたいだけだったのに。
大変なことの中にも楽しいことがあるなんて。
「シバサキさん。仕事って大変ですよね」
「そうね、でも楽しいよね」
「大変なのに、楽しいって変ですね」
「そうかな…頑張ってやったことが認められたり、うまく行ったりするのは最高の幸せじゃない?」
シバサキさんが笑顔で胸張って言う。
うん、確かにそういう幸せもあるんだなって素直に思う。
ビジネスウーマン爆誕?
「チエが仕事に目覚めた?」
「あ~、明日は赤い雪が降るね」
「どうせ3日坊主でしょ? いくら賭ける?」
「みんな3日坊主にかけるから、賭けにならないわ~」
みんな何よ何よ。そこまで言うことないじゃない!
だいたい、アキとカスミに(一応)感謝をこめて連絡したら、「チエが仕事に目覚めた」記念でみんなでお祝いしようということになったんだよ?
それなのに、みんな顔を合わせたら悪態ばっかり。
「でもさ、チエはエリート掴まえて悠々自適な生活するんでしょ?」ニヤニヤしながらカスミが言う。
意外にも、いつも目の敵にしてくるアキは何も言わずに、機嫌が良さそうだった。
「エリートは探すよ、もちろん。でも、共働きにしてもらうかもなぁ~」
「お金持ちと結婚したら、チエが働く必要なくない?」
「お金のためだけに働くんじゃないよ!やりがいのために働くんだ!」
タクミとマサトは、不気味なものを見るような目でこちらをうかがっている。
失礼な! チエだって楽したいばかりじゃないんだからね。
「仕事って、やればやっただけ自信や充実感が返ってくるんだよね。恋愛とは違ってさ」
アキ…可愛い女の子に取られた元彼のこと、根に持ってるな。
「アキ…恋愛もやればやっただけ、返ってくるものはあると思うよ。やっぱり仕事と同じで、相性あるけど」
恐る恐るそう言うと、アキはきょとんとした後、苦笑いした。
「…アンタ、やっぱりワケ分からないわ。私たち、本当に違うタイプの人間なのねぇ」
「そ、そんなぁ」
「でも、救われることがないとも言えない」
「ん? ん~? ないとも言えない? 結局どっちだ…」
頭を抱える私を見て、満足そうに微笑むアキ。やっぱり女の友情って難しすぎる。
すると、遠巻きにしていたマサトが意を決したように近づいてきたんだ。
「アキ、悪いけど、今度時間取れないかな?」
お、いよいよ告白か?(わくわく)
でも、みんないる前でおかしくない?(ドキドキ)
「ちょっと相談したいことがあってさ「ほら! チエはこっち! 邪魔しないの~!」
ちょうどいいところでカスミが来て、アキとマサトがいるテーブルからチエを引きはがす。
え~いいとこだったのにぃ。…がんばれよ、マサト。
その後、あの二人はエラく真剣そうな顔でボソボソと話してた。
う~ん、やっぱり恋の告白って感じじゃなかったのかな?ちぇっ、残念。
最終話に続く
執筆:chewy編集部 みや (@miya11122258)
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