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6.Hello, 【マジックリアリズム】

タトゥーの青年は、入り口から真っ直ぐにカウンターに向かってきた。
無遠慮な仕草で僕のすぐ隣に座り、美しい発音でビールを注文する。
ライブの夜に、流れる涙を拭いもせずに海際の席にいた彼とはまったく違う雰囲気だったが、彼で間違いないと僕はすぐに気がついた。
にこっとして微笑み合って、僕たちはごく自然な成り行きで友達になった。

このまえは涙に濡れて伏せ目がちで気がつかなかったけど、今晩はしっかりと開いて光を放っている、第3の目。
バイトの女の子がビールを運んでくるのと同じタイミングで、スピーカーからあのアーティストの曲が流れた。

「この歌声を聴いてると、思い出すんだ」

勢いよくビールを流し込んで彼は言った。

「故郷の、ビルや、店や、信号や、看板の細かいところまで蘇る」

「僕も地元の風景が急に恋しくなった」

「俺の住んでた街は国境が近くて、物騒な場所もあったけど、すごく住みやすくて、整っていたよ。広くて綺麗な公園があるんだ」

メキシコの訛りを感じさせる英語が妙に心地いい。青年というよりは、少し中年にさしかかった年齢なのかもしれない、と思った。

「北米?」

「そうだよ、君は?」

「いろいろ。ここに来る前は、日本にいた」

「この店の日本食は美味い」

「さっき、生姜焼きを食べた」

「pork ginger、いいね。俺もそれにしよう」

「僕はトニー、あなたは?」

「ジョンだよ、よろしく」

「こちらこそ」

ジョンの生姜焼きが来たころに、僕は帰路についた。
思い出して泣くほど好きな街を離れてここに来た理由とか、どんな仕事をしているのかとか、聞くこともしなかったけれど後悔はなかった。
「よろしく」と言われたからではなく、第3の目を感じたからでもない。
姿を見たことが、おまけに話までしたことが、僕の内側を完全に満たしていたからだ。なにも詳しく知らなくても、そんなふうに感じる人の存在は、海や空や太陽と変わらない。
それに、こんなに話を大きくしなくたって、またすぐに会えるとしか思えないから。

緯度の低い地域の陽は長い。
夕飯を早めに終えると、街から少し離れた海沿いの緑地まで歩くのが習慣になってきている。小高い丘を越えた向こう側は平地になっていて、空が高い開放的な景色が広がる。引き締まった身体を持つジョギングの老人や、釣りをする若者、観光客のカップルがちらほら姿を見せるが、混み合うことはない。
とても満ち足りた気分で、ダウンロードしたポップスを聴きながら歩く。
小さな海鳥が曲に合わせるみたいにしてホバリングする。
夕暮れ前の雲間から射す白くて強い光。1時間で人々をいっぺんにフル充電してくれる。

…continue...

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