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ライカ犬に思いを馳せて ー物語について思考するー

地球軌道をはじめて周回した動物をご存知だろうか。

実験動物として、ロシアの宇宙船スプートニク2号に載せられたライカ犬。

1957年11月、彼女は青い地球を見てなにを思ったのだろう。

大気圏に再突入することが不可能な機体の中で、打ち上げから10日後に餌に混ぜられた薬により安楽死させられたという説、打ち上げから4日後に過熱した機内ですでに息絶えていたという説、様々にいわれている。

少なくとも、彼女が再び地球に降り立つことはなかった。

ない前提で、飛び立ったのだ。


情を含ませて想像すれば、涙なく語ることのできない類の話。

人によく懐く性質を持ち、人類の歴史とともにある犬の歴史。

狭い機内で、心細くなかったのかな。

圧がかかった身体はつらくなかったのかな。

それを訴える相手もなく、さみしくなかったのかな。

大気圏外からの地球は犬の視力で捉えることができたのだろうか。


便利なグッズも、美味しい食品も、生命を助く薬も、屍累々たる歴史の上にあるって知ってる。食事だけじゃない、生きるってことはそれだけで数多の命をいただいてる。


そうだけど、そうなんだけど、ライカ犬のことを思うといつも、藍色の、群青色の切なさに覆われる。書き出せばどこかに収束していくかと思ったのだが、どうも難しいようだ。この文章が彼女に届くことはないけれど、歴史と同じように誰かが感じたなにかは文字にすれば、絵にすれば、どこかに届く。なにかは遺る。本を読むのは、知識のためだけじゃない。現実からの逃避だけでもない。作者の、主人公の、あるいは脇役の誰かの思いに寄り添うとき、もうひとつの人生を体験できることもある。言い表せなかったなにかを代弁してもらえるときもある。向こうから、こちらから、共感に包まれることも。それは文字によるものかもしれない、字面の手触りかもしれない、挿絵かもしれない、写真かもしれない。心に響くとか、気持ちに訴えるというのはかくも不思議なもの。


感じる止まりで、考えないのはあまりにも稚拙で未分化なありようだ。


なんて、乱暴な言い方はしたくないけれど、感じた先に「思考」がはたらくと、その向こうにいっそう広く深い世界が展開しているのかもしれない。その世界を見てみたくて、う〜んと唸りながら文字に起こす作業は感覚なのか、思考なのかわからない。少なくともその両方が融合しないと、なめらかな感触の、それでいて筋の通る作品にはならないようにも思う。感覚まかせは心地よいけれど、慣れた道を行きがちで、退屈してしまいそう。挑戦はいつも不器用でぎこちなくて、スマートにキマることも少ないけれど、もがいて、じたばたして、思考して、練りだした言葉の先に世界が広がる。新しい世界が。そこに立ち、またなにかを感じるんだ。「果てしない物語」のように。書いた者が、読んだ者が、ともに創り上げ、終わりなきその世界を冒険し続ける。忘れてしまっても、ページをめくれば思い出せる。すぐに一緒に旅をできるよ。


ーーーライカ犬よ、宇宙の旅はいかがだった?

時代を越えて、君のことを考えてるよ、極東の国で。

紺色を思わせる宇宙空間、哀しみの溢れそうな静寂の気配に満ちた物語では終わらせたくない。動物の心を察するのはいつだって容易ではないけれど、もう少し力をつけて、君にインスパイアされて書き出した物語を美しい結末に導きたい。




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