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占いに行って、少し泣く

 占いに行ってみたいと、ずっと思っていた。

 その日は午前中に代官山でマッサージの後に予定があるだけで、午後には何も予定がなかった。そこで友人からお勧めされた、渋谷にある占いのお店のことを思い出した。調べたらお値段も良心的だし、電話をしたら予約が取れた。人間はどうして、ここまで退屈に耐えられない生き物なのだろう。ほとんどの元凶は「ひま」から始まる。

 マッサージを終えて、占いのお店が入るマンションに到着した。マンションは商業用らしく、テナントがたくさん入っていた。玄関の案内板には、中小企業の看板がひしめきあっていた。建物には良い「気」が漂っているわけではないけれど、特に嫌な「気」も感じなかった。マッサージでととのった体と心を保ったまま、良い気持ちのままでお店に入った。お店出る時も、きっと良い気分でいられるだろう。そう思っていた。

 ドアを開けると、黒いドレスを着た、美しい女性が出迎えてくれた。マスクをしているから口元は見えないけれど、年は40歳か、42歳か。ひとつしかない部屋はとても狭く、小さなテーブルを挟んで椅子が2つと、本棚が1つだけ。この広くないマンションに、いくつもテナントが入ってる理由が分かった気がした。

 まず、仕事運を占ってもらった。既にnoteの創作大賞に小説を2つ応募していたが、あまりスキがもらえていない。まだ小説を書き続けるか、エッセイに切り替えるか、もういっそライターとして記事を書くか、悩んでいた。

 結果として、小説の方はさんざんに言われた。私の作品についてのダメ出しから始まり、書き方の指導に変わっていった。自分の小説に何が足りないかなんて、自分が一番よく分かっている。この人は小説を書いている私のことが嫌いなのか? 創作大賞に応募しているライバルだから、ここまで書くのをやめるように言ってきているのか? とすら感じるくらいだった。

 彼女は「どんなものを書きたいの?」と聞いてきた。私は「生きづらさを抱えた女性が、悩みながら前に進む話が書きたい。読んだ人に、少しだけ元気になってもらいたい」と言った。そうしたら「それは、誰も求めていない」とバッサリ。「まずはお客さんをつけてから書かないと、誰も貴女の小説を読もうと思わない」と言う。
 それは正論だ。分かっている。私は村上春樹でも、吉本ばななでもない。無名の私が小説を書いたところで、誰も読みたいわけがない。だからせっせと書いては、読んでもらえる日を夢見て、賞に応募しているのだ。それでちっとも受賞しないから、こうやって占いに来ているのだ。

 どんなものを書いているか聞かれて、「今は不倫について書いている」と言うと、すぐにやめた方が良いと言われた。「ペットを飼ってYoutubeで配信すれば、子どもたちを守れるからおすすめよ」と。
 また、「Webですぐに読める、ドタバタのアホ系エッセイを書きなさい」と彼女は言った。サンプル記事をたくさん書いて、A社(出版社)に企画案を送るべきだという。私は「ハッピー野郎の幸せな日々」みたいなエッセイが最も苦手だし(三浦しをんとか、数少ない例外はいるけれど)、A社には、実は嫌な思い出があった。

 A社が『あなたの小説を添削します!』という広告を出していて、私は間抜けにも釣られてしまった。応募フォームに自作を提出して、予約を取り、のこのこと本社へ出向いて行った。通された会議室には若い女の子が一人いて、自費出版を勧められた。小説については、いつまで経っても一言も触れられない。印刷された自作は会議室のテーブルに置かれているだけで、読まれていないことは明白だった。だいぶ遅刻して、中堅くらいのおじさんがやってきた。そこで、すごい勢いで自費出版のセールスをされた。

 つまり、これが目的だったのだ。暇を持て余しているバカな主婦が「小説家になりたい」なんて言っているから、出版させてやろう。ただし〇百円もらうからな。そんなメッセージがひしひしと伝わってきた。当時は会社員だったので、私はせっかくの有給を無駄にした気分になって、がっかりした。今でも、あの辺りは近づきたくない。

 そして、この占い師である。私の顔色がどんどん曇っていくのを気にもせず、彼女さんはライトノベルを書くように勧めてきた。これも私が、とっくの昔にやったことだった。『小説家になろう』に毎日投稿して、ラノベ作家になろうとしていた頃もあった。

 しかし、どうしても無理だった。書いていて全く楽しくなかったし、そもそも、今の私はラノベを読んでいて「楽しい」と思えない。そんな中で、ラノベ作家になってしまって本当にハッピーなのか?と思って、ラノベを書くことは諦めた。私の中で、この話は決着がついていたのだ。(注:中高校生の頃はラノベが大好きだった。今でも人として尊敬しているラノベ作家さんはいる)。

「他に何かやりたい仕事はないの?」と聞かれて、私は「特にないです」と答えた。書くこと以外にやりたい仕事なんてなかった。他にあったら、とっくにやっている。彼女は「不動産投資も向いている」という話を始めたけれど、正直あまり興味が持てなかった。不動産投資が儲かるなんて、当たり前だ。それでもやっていないのは、書くことに集中したいからだった。

 その後は夫と息子について占ってもらった。こちらはだいぶ好意的で、どうやら彼らの評価は高いようだった。でも、それらは私の暗い気分を払拭するには、十分ではなかった。

 落ち込んで家に戻り、Xを開いた。私の心の故郷は、常にXなのである。メッセージを開くと、尊敬してるライターさんから「綾部さんの筆力ならどこもだいたいほしいでしょうし」という一文が目に入った。全く別の会話でやり取りをしていたのだが、心に沁みて、少し泣いた。泥沼の中で一粒だけ、光る石を見つけたような気分だった。

 断っておくと、別に彼女が占い師としてなっていないとか、人間としてひどいとか、そういうことを言いたいのではない。きっと彼女は、彼女なりに正しいことを言っているのだろう。

 世間的に選んだ方がいい道というものが、世の中にはある。「本当はこっちがいいんだよ」と誰もが言う。その上で選ばない自由というのが、人間にはある。その先に落とし穴が待っていたり、大事なものをなくしたりするかもしれない。でも、それは自分で選んだ道なのだ。99人にとっての正解が、自分にとっては正解じゃないかもしれない。

 まあいいや、と思った。私は昔から「人の話を聞かない」とよく言われていた。そんな性格の人間が、そもそも占いに行くべきじゃなかったんだ。とにかく感じるまま、書きたいものを書こう。やりたいことをやろう。何が正解かなんて、困ったことになってみないと分からないし、その時は未来の自分が、きっと何とかするだろう。私は私を、これからも信じ続ける。

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