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利害を超越して事にあたる

松下幸之助 一日一話
12月13日 命をかける

「人多くして人なし」という言葉を、昔ある先輩から聞いたことがある。考えてみると、会社経営においても普通の状態では、間に合う人は大勢いる。ところがさて、大事に臨んで間に合う人はというと、きわめて少ないものである。

では、どういう人が大事のとき役に立つか。その道の知識とか経験が大きな比重を持つことは当然だが、ただそれだけではダメのように思う。その上に何が必要かというと、「生命を賭す」気構えである。と言っても今日ではほんとうに命を捨てるということはきわめて少ないが、いざというときには「命をかけて」という気構えを、いつの場合でも持っている人が、ほんとうに大事に役立つ人だと思うのである。

https://www.panasonic.com/jp/corporate/history/founders-quotes.html より

松下翁は「人多くして人なし」に関して以下のように詳しく述べています。

 もちろん普通の仕事に間に合う人も、非常に大切であるけれども、事業にたずさわっていると、大事に直面するというようなことがしばしばあるものである。そういうときに、さてその難関を切り抜けるにあたって、役に立つ人は実際には少ないものである。多くの人に大事の場合に役に立つ人間であることを望むことは無理かもしれないが、少なくとも、ある一定数はそういう人が国家的に見ても、社会的に見ても、また大会社においても、ぜひ必要であると思う。

 ところが、そういってみても、どういう人が大事の場合にほんとうに役に立つかということは容易にはわからない。多くの場合、事にあたって初めてその人の真価というものが発揮されるのであって、普通の場合はなかなかわかりにくいものである。そのわからないところに、また妙味があるように思う。
(松下幸之助著「物の見方考え方」より)

更には、「では、どういう人が大事のときに役に立つか」に関して、松下翁は以下のように述べています。

 では、どういう人が大事のときに役に立つかというと、私はいろいろ考えてみたのであるが、やはりその道の知識とか経験とかいうことももちろん大切であるが、ただそれだけでは大事の場合に役には立たないような気がする。それでは何がその上に必要かというと、自分自身の利害を超越して事にあたる人でなければならぬと思う。昔であれば、さしずめ「生命を賭す」というか、大事においては死をも辞さないという人である。今日のような時代では、ほんとうに命をすてるということはきわめて少ないが、いざというときには「命をかけても」というような気構えはやはりないといけないという感じがする。そういう気構えを、いつの場合でも持っている人が、私はやはり大事に臨んでほんとうに役に立つ人だと思うのである。
(松下幸之助著「物の見方考え方」より)

加えて、「自分自身の利害を超越して事にあたる人」に関して、松下翁は以下のように述べています。

 利害得失ということがよくいわれるが、われわれは普通の場合には人間性からいって利害得失ということが進退を決するところの一つの規準となっていることは明らかであると考えるのであるが、しかしときによっては利害を超えたもので判断しなければならない場合もある。ときには個人の利害を超えて、あるいは会社の利害を超えて判断しなければならない場合さえある。そういうような場合に、これが正しいと思われることに対しては、個人の理解を超えて事にあたる人が、私はやはり大事に処して間に合う人であると感ずるわけである。
(松下幸之助著「物の見方考え方」より)

今から約2,500年前に生きた孔子の言行録である「論語」には以下のような言葉があります。

「利を見ては義を思い、危(あや)うきを見ては命を授(さず)く」(論語)

利益を目の前にしてもその利が義にかなったものかを考え、災難に遭遇したら敢然と命を投げ出す。という意味です。

孔子の時代から約2,500年経った現在においても、大事のときに役に立つ人というのは変わっていないとも言えます。つまりは、そこには人が生きる上での普遍的な真理があるということでもあります。

その上で、松下翁は「大事のときに役に立つ人になるためにはどうすればいいのか」ということについて、以下のように述べています。

 それではどうすれば大事にあたって対処できるか、ということがまた問題になると思う。一つはそうなりうる素質を持っている人間ということであり、もう一つは、そういう素質の上にたえずそういう場合に覚悟している人、いいかえると知らず知らずの間に、そういう精神を養っているということも、やはりその素質を伸ばしていくということであると思う。

 その気構えがなければ大事に臨んでうろたえることになる。よく世間で「貧すれば鈍する」といわれるが、普通の場合では相当働くのだけれども、何か大変なことが起るとうろたえてしまう、へまをやるというようなことがよくある。この点が私はお互いとして非常に注意を要する大切なところではないかと思う。
(松下幸之助著「物の見方考え方」より)

換言しますと、一つ目は 「利を見ては義を思う人になりうる素質を持っている人」。もう一つは、「利を見ては義を思うを日頃から常に実践している人」と言えます。

では「利を見ては義を思う人になりうる素質を持っている人」とは特別な人のことなのでしょうか。

このことについて孟子は、全ての人間は生まれながらにして義を含めた「仁、義、礼、智」の4つの徳へ繋がる糸口を持っているのだと言っています。

「惻隠(そくいん)の心は仁(じん)の端(たん)なり。
 羞悪(しゅうお)の心は、義(ぎ)の端なり。
 辞譲(じじょう)の心は、礼(れい)の端なり。
 是非(ぜひ)の心は、智(ち)の端なり。」
(孟子「四端の心」)

人の不幸をいたむ心は仁という大道の端所(たんしょ)である。自分の不善を恥じ、人の悪を憎む心は義の端緒である。へりくだり、人に譲(ゆず)る心が礼の端緒である。善悪を判断する心は知の端緒である。という意味です。

つまりは、自分の不善を恥じ、人の悪を憎む心という義への入り口を人は誰しもが生まれながらにして持っている訳ですので、「利を見ては義を思う人になりうる素質を持っている人」とは、この世に生まれた人の全てに当てはまることになります。

更に、「利を見ては義を思うを日頃から常に実践している人」とは、生まれながらの「羞悪の心」を、「義の徳」に成長させるために事上磨練している人とも言えます。

そして「大事のときに役に立つ人」に関しては、逆説的に考えたみた方が分かりやすいのではないでしょうか。具体的には、「利を見ては義を思う」ではなく「利を優先する人」について考えてみるということです。

「論語」には以下のような言葉があります。

「小利(しょうり)を見れば、則(すなわ)ち大事(だいじ)成らず。」(論語)

目先の小さな利益だけにとらわれると、大事を達成することはできない。という意味です。

「利に放(よ)りて行えば、怨(うら)み多し」(論語)

利害ばかりで行動すれば、必ずや多くの怨恨が生まれるだろう。という意味です。

「孟子」には以下のような言葉があります。

「義を後にして利を先にするを為さば、奪わずんば饜(あ)かず。」(孟子)

義をあと回しにして、利を追い求めると、結局は人のものを奪いつくさなければ満足しないことになる。という意味です。

最後に、松下翁は「命をかける気構え」について、以下のように述べています。

 人間が大事に際して、その難局の「矢面に立つ」ということは、人生としてはおそろしいことである。だれしも矢面に立つことを愉快に思う人はいない。スリルがあるとか、あるいはこれはおもしろいなという人も、今日の青年の中にはいるかもしれないが、ほんとうに腹を割ったところ、あまり喜ばないと思う。しかし、こういう場合に敢然として、その矢面に立つことも、男子の本懐と喜んで事にあたることも大切である。そういうようなところから生れてくるところの正義感というものが、私は今日特に重要であると考えるのである

 そういう人こそ、大事においてうろたえない、大事においてものを決断することのできる人であり、人多くして人なき社会において、ほんとうの人物として立っていくことのできる人であるという感じがするのである。
 昔は武士などは一事に際して死をおそれぬということを考えておった。…

…大事に臨んで死をもおそれず、たとえ死に直面しても動じないということは、今日でも必要であると思う。

 よく世間で「インテリの弱さ」ということがいわれる。インテリが弱いか強いか私はよく知らないが、なぜそういうことがいわれるかというと、やはり私は、いま申したようなところに一つの原因があると思う。あまりに知識があり物事に敏感であると、それを利害とすぐ結びつけ、利害によってのみ行動するところに、その原因があるのではないかと思う
(松下幸之助著「物の見方考え方」より)

人多くして人なき社会において、本当に役立つ人間であるためには、「義」を阻害する「利」を優先することで齎される悪果を認識し、また「利」を生み出す構成要素を理解し、日常における小さな事柄から、正しいと思う行動を積み重ねていくことが大切であると私は考えます。


中山兮智是(なかやま・ともゆき) / nakayanさん
JDMRI 日本経営デザイン研究所CEO兼MBAデザイナー
1978年東京都生まれ。建築設計事務所にてデザインの基礎を学んだ後、05年からフリーランスデザイナーとして活動。大学には行かず16年大学院にてMBA取得。これまでに100社以上での実務経験を持つ。
お問合せ先 : nakayama@jdmri.jp


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