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短編小説「ホーミー」

ホーミー


 チムニーは目を覚ますと、まずさいしょに葦の茎でできたカーテンを目いっぱいに開き、外でチムニーを待っているお日様の光をからだ中に浴びました。毎日の習慣ですから、チムニーはこれをしないことには一日がはじまった気になれないのです。
「今日はいい気分だから、パンにつけるバタを多くしなくちゃ」
 チムニーはいそいそとテーブルにつくと、バタをたっぷりとつけたパンをかじりました。今日はホーミーが家にやってくる約束の日です。ホーミーはめったに群を出ないので、チムニーはホーミーに会っていっしょに話をするのが楽しみでなりませんでした。だって、ホーミーはとても変わった鳴き方をします。それに、彼らの暮らしときたら、それはもう変わったものなのです。前に一度ホーミーがやってきたときは、チムニーはお話に夢中になって、お茶が冷めきっていることにすら気づかないほどだったのですから。
「やつらときたら、まるで当たり前みたいに話すことが、ぼくにはとても興味深いのだものな」
 チムニーは、テーブルを片付けて、枯れ草色の上着をひっかけると、外に出て景色を眺めました。
 高台にあるチムニーの家からは、町のたくさんの家の色とりどりの屋根や、麦畑のわきの黄色く染まった細いいくつもの農道がよく見えます。
「ぜっこうのおしゃべり日和だ」
 チムニーはもうじゅうぶんに幸せでしたが、これからホーミーがやってきて楽しいおしゃべりをして、ぼくはもっと幸せになれるのだ、とうれしく思いました。
 
   ❃ 1 ❃
 
「やあ、チムニー。ずいぶんのごぶさただったね」
「長いことごぶさただったね。変わりはないかい」
「やあ、ホーミー。待っていたよ。まずはお茶をどうぞ」
 二人のホーミーは部屋に入るなり帽子も取らずに部屋中をきょろきょろと眺めまわすと、椅子に腰をおろすのとほとんど同時にいそいそとしゃべり始めました。
「実はきみにお願いがあるのだ」
「実はきみにお願いがあるのだ」
 二人のホーミーは、片方は低い声で、片方は高い声でおんなじことを言いました。チムニーは頼みごとをされるのにうきうきして、棚にしまっておいたとっておきのお茶をホーミーに淹れてやりました。去年の誕生日におばさんにもらった、高級ないい香りのするお茶です。
「うん。とてもおいしい」
「うん。とても香ばしいね」
 片方が高い声で、片方が低い声でそう言ってチムニーの淹れたお茶をほめました。チムニーはうれしくなって、足をもじもじさせました。ホーミーの頼みごとを聞く準備はもう万端です。
「実は、わたしたちはコドモというものがほしくなってね」
「わたしたちの種族にコドモはいないからね。どういうものか、とても興味があるのさ」
 高い声のホーミーが先に言うのを追いかけるみたいにして、低い声のホーミーが続けました。チムニーはびっくりしてお茶をこぼしそうになりました。
「なんだって! ぼくは耳がおかしくなったのかな? ホーミーがこどもをほしいだって!」
「そうなんだ」
「そうなのだよ」
 高い声のホーミーと低い声のホーミーは困ったような顔をして同時に肯きました。
「わたしたちの種族はコドモを産まないからね。村中を探したってコドモどころか年寄りもいやしない。わたしたちホーミーは年をとったりしないし、何度春を迎えたって冬眠から目が覚めなくなるようなことはないからね」
「キミたちを見ていてコドモというものに興味が湧いてしまったのだよ。コドモはよく笑うだろう? しかもコドモときたら、今までそこにいたと思っていたら、あっという間に大きくなっていなくなってしまう。不思議な生き物だよ」
 ホーミーたちは悔しがるような口ぶりでじゅんばんにそう言いました。チムニーは上手なことばが見つからなくて、テーブルの花瓶の花をちぎったり付けなおしたりしながらホーミーの話を聞いていました。
「そこでキミにお願いがあるのだが、どうだろう、わたしたちホーミーに、コドモを持たせてはくれないだろうか」
「もしコドモをもらったら、わたしたちはとても大事にするよ。金銀の置物をぜんぶ熔かしてコドモのベッドをつくってやってもいいくらいに思っているんだ」
 チムニーはいよいよ困ってしまって、これではせっかくのお茶の味がわかりゃしないぞ、と悔しく思いました。二人のホーミーは、自分は泳げないけれど、目の前で誰かが水に溺れていて助けを待っているときみたいに、しんけんな目をしてチムニーを見つめています。目には力が入り、少し水に濡れてキラキラ光っています。
「わかったよ。ぼくが、どうすればいいか考えておくよ」
 二人のホーミーは、おお、と同時に高い声と低い声を出しました。
「ありがとう」
「ありがとう」
 二人のホーミーは二人とも帽子を脱いで深々とおじぎをすると、おいしいお茶をごちそうさま、と言って帰って行きました。
 困ったのはチムニーです。
「さあ、困ったぞ。こりゃあ、大仕事だ。ホーミーに子供をもたしてやらないといけないなんて」
 チムニーはお菓子のお皿と三つのカップを洗いながら、そう呟きました。
 
   ❃ 2 ❃
 
 チムニーに呼び出されて、例の二人のホーミーはチムニーの家にやってきました。もちろん期待に胸をわくわくさせながら、スキップ気分でやってきたのです。だって、念願の子供がもてるのですもの。それはきっと毎日楽しくて、すばらしい生活にちがいない、と二人のホーミーは思いました。
「やあ、よくきたね」
「お招きいただいてどうもありがとう」
「やっぱりキミは親切で物知りだ。わたしたちホーミーの願いを、聞いてくれるなんて」
 チムニーは二人のホーミーを前とおんなじように椅子に案内しながら、ほめられたのがうれしくて、顔を真っ赤にして言いました。
「あれからさんざん考えてみたけれど、やっぱりホーミーはホーミーのこどもをもつべきだとぼくは思うのさ。もし、ホーミーがホーミーとはぜんぜんちがう形をしたこどもをもっていたら、それはきっと小鳥やリスとおんなじペットみたいなものさ。可愛がって大切にするのはいいけれど、それだけじゃどうにもね」
「まったくもってその通りだ」
「まったくもって的を射ている」
 二人のホーミーは感心してチムニーのためにパチパチと手をたたきました。チムニーは胸を張って得意げな顔をしてふふんと鼻を鳴らしました。
「そこでぼくはこういう案を用意させてもらったよ。きみたちホーミーは、順番に親になって、順番にこどもになってみたらどうだろう? きちんと順番と日取りを決めて、もめごとがないように、しっかりとルールを決めておくのさ」
「おお」
「おお」
 二人のホーミーは感心して高い声と低い声を出しました。チムニーの用意してくれた案を、二人ともとても良いと思ったのです。これ以外に方法は考えられないぞ、二人のホーミーはこうまで思うほどチムニーに感謝しました。
「なるほど、わたしたちホーミーがじゅんばんにパパになって、ママになると」
「すばらしい考えだ。わたしたちホーミーには思いもつかないすぐれた回答だ」
 二人のホーミーはのっぺりした瓜みたいな顔を真っ赤にして興奮して言いました。
「さっそくコドモになるホーミーをつれてこよう」
「さっそく決め事をして、じゅんばんを決めよう」
 二人のホーミーは、挨拶もそこそこにそれこそかけ出すようにして村に帰って行きました。まるで嵐のようなすばやさで、二人のホーミーは丘の向こう側に消えていきます。
「やれやれ、これからがおおごとだ。たいへんだぞ」
 チムニーはそう呟くと、ニコニコしながらお皿を洗いに流しに戻りました。

   ❃ 3 ❃
 
 また冬が近付いてきたころに、二人のホーミーはチムニーの部屋を訪れました。二人とも肩を落として、とぼとぼまるで二人して支えあうみたいに歩いてきたのです。
「やあ、チムニー。今日は残念な報告があってやってきたのだよ」
「ずいぶんのごぶさただったね。今日は残念な報告があるのだよ」
 二人のホーミーは、張りのないふやけた声でじゅんばんにそう言いました。チムニーはいつものように二人のホーミーにお茶を淹れながら、ホーミーがこんなに落ち込んでいるなんて、これはずいぶんひどいことが起きたにちがいない、と思いました。
「いったいあのコドモってやつは、どうしてあんなにも辛いのかしら。好きなときに歌も歌えやしないし、おいしいものが目の前にあっても、あたためたミルクしか駄目なのだもの」
「コドモときたら、畑に出てはいけないし、自由におしゃべりもできやしない。その上いつでも泣くか笑うかをしていなくちゃいけないなんて、なんて辛いものなのかしら」
 二人のホーミーはがっくりと肩を落としてそう言うと、あまりおいしそうにでもなく、チムニーの淹れたお茶を啜りました。
 ホーミーの話を聞いて、チムニーは最初に、ははあ、ホーミーたちは自分がこどもだったことがないから、こどもがどういうものだかまるで分からないのだ、と思いました。そしてそのすぐ後には、二人のホーミーと同じくらいがっかりしました。チムニーがホーミーのために考えた作戦は、大失敗だったのです。
「そうか、きみたちホーミーはこどもをまるで知らないのだものね。こればっかりは、ぼくがいくら熱心に教えたって、そうそう分かるようになりゃしない」
 チムニーはそれだけ言うと、とても悲しそうな顔になりました。
「ごめんよ、きみたちのお役に立てなくて」
 こどもというものは、最初は何にもできないのに、だんだんにいろいろな事ができるようになるからとても素敵なのに、ホーミーにはそれが分からないのでした。それも仕方がありません。何しろホーミーには、想い出はあっても、はじまりとおわりがないのですから。
 二人のホーミーは、がっかりしているチムニーを、高い声と低い声でやさしく慰めました。どんなときでもすべてのホーミーは、紳士な態度に努めるものです。
「いや、いいのだよチムニー。きみの案はすばらしかった。むしろ問題はわたしたちホーミーにあるのだよ」
「そう。むしろ原因はわたしたちホーミーにあるのだよ。わたしたちホーミーは、いくつ冬を越えても何一つ変わらない。コドモ役のホーミーだって結局のところ、きみの言うように、コドモのしかたが分からなかったのさ」
 二人のホーミーは、互いのカップに砂糖をひとつまみずつ入れながら、じゅんばんに事の成り行きを話しました。
 こどもは畑を耕すことも夕食のじゅんびをすることもしないで、パパとママがこどもの面倒をすべてみること。
 チムニーがそう教えたので、こども役のホーミーはベッドに転がったまま何もできないで、毎日がたいくつでしかたありませんでした。最初の頃はそれでも我慢してこどもに努めていましたが、ついには自分からこどもの役を降りてしまいました。
 こどもはさいしょはしゃべれなくて、だんだんお話ができるようになるもの。
 チムニーがそう教えたので、こども役のホーミーは、何か食べたくなってもトイレに行きたくなっても、それを身振り手振りで他のホーミーに伝えねばならず、とても大変な思いをしました。こどもだった想い出のないホーミーにとって、こどもとは、自由と権利を失った小さな大人でしかなかったのです。
 それはチムニーにとっても、もちろん話をしている二人のホーミーにとっても、気が滅入るばかりで、気持ちのいい話ではありませんでした。
「どだい、わたしたちホーミーにコドモをもつことはできなかったのだよ」
「わたしたちホーミーは増えもしないし、減りもしないから、どだい、コドモは持てないのだよ」
 こどもが持てなくて、二人のホーミーは悲しい気持ちでいっぱいでしたが、泣き出したいのを我慢して、チムニーにお礼のバスケットを手渡しました。
 チムニーは、二人のホーミーが見えなくなるまで見送ってから、ふたつの手の平で胸を暖め、ホーミーと同じくらい悲しい気持ちで、お菓子のお皿と三つのカップを、泣きながら洗いました。
 
   ❃ 4 ❃
 
 二人のホーミーが、村の外れでトロイの赤ん坊を見つけたのは、ちょうどその頃でした。
 二人のホーミーは、にわかには信じられない思いでいっぱいでした。なにしろ、コドモがほしくてたまらないところに生まれたての赤ん坊が泣いているのを見つけたのですから、宝石が土から涌いて出るような、信じられないほどの幸運です。
 トロイの赤ん坊は泣くばかりで、ホーミーにはどうして良いか分かりませんでした。おまえはトロイのコドモなのに、どうしてここにいるのか、と訊ねても、赤ん坊は泣くばかりで何も答えません。どうして泣いているのか、と訊ねてもおんなじです。二人のホーミーはほとほと困り果ててしまいました。
「どうだろう。このトロイのコドモを村へ連れ帰ってみるというのは」
「いやはやどうだろう。チムニーは言ったよ。わたしたちホーミーは、わたしたちと似た形をしたコドモを持つべきだと。見てごらんよこのトロイのコドモを! 浅黒い肌で真っ赤に顔を染めて、びーびーと泣いているじゃないか。わたしたちホーミーとはてんで似つかないよ」
 二人のホーミーは村外れの切り株に腰掛けて、ずいぶん長いこと相談をしましたが、やがてトロイのコドモを引き連れて、村に帰っていきました。二人のホーミーは、とにもかくにもコドモを泣き止ませるべきである、と考えたのです。
 そこで、二人のホーミーは村に帰ると、前にチムニーに教わった通り、あたためたミルクを布に含ませて赤ん坊に咥えさせてやりました。するとどうでしょう。赤ん坊は途端に泣き止んで、それはもううれしそうに、二人のホーミーを見て笑うのです。
「コドモというものは、泣きながらでも笑うものなのだね」
「見てごらんよ、赤ん坊が笑った。これがコドモというものなのだね」
 二人のホーミーは、チムニーの言葉を忘れたわけではありませんでした。
 このトロイのコドモのパパとママが見つかるまで、わたしたちホーミーが親の真似事をしてみたって、けっして悪い事はないはずさ、そう思っただけなのです。
 
   ❃ 5 ❃
 
 それからホーミーは、コドモのために畑を増やしたり、寝床を増やしたりと大忙しでした。
 コドモはずんずんとまるで植物のように育ちます。はじめはミルクだけだったのに、しだいに固いものが食べられるようになり、ぐらぐらだった足もしっかりして、やがて一人で立つことができるようになりました。
「ごらんよ。トロイのコドモがもう大きくなった。すばやいものだね」
「まったくすばやいものさ。まだ二つ目の春だってやってきやしないのに、もうこんなにも大きくなった」
 もちろん、トロイのこどもが特別に育ちが早いわけではありません。はじまりとおわりのないホーミーたちにとって、こどもの育ち方はあまりにもすばやいものなのでした。まさしくあっという間に、トロイのこどもはみるみるトロイの少年になって、ホーミーたちの大きさに追いつきました。
 やがて、こどもがずいぶんと大きくなって、ひとりで村を出て森に出られるくらいになった頃、トロイの群がホーミーの村にやってきました。たくさんのトロイが手に手にこん棒や槍をもって、物々しく武装してやってきたのです。
 ホーミーの村は、天地がひっくり返ったような大騒ぎになりました。それもそのはずです。ホーミーたちの村は、いままでただの一度でも、他の種族に攻められたりしたことはないのです。ホーミーたちは、他のあらゆる種族が生まれるずっと前からこの土地に住んでいましたし、決まった範囲の畑を耕し、ずっとおんなじ家に住んでいたのですから、ホーミーたちが他の種族から厭われることなどありはしなかったのです。
「やい、ホーミーども。こどもを返せ」
 トロイたちは、ホーミーの村の入り口で、手に持った武器でガチャガチャと音を立ててホーミーを威嚇しながら、怯えるホーミーたちに向かってそう言いました。
 ホーミーは抗うことをしない種族です。切り株を机にしてていねいに胡桃の皮を剥いていたトロイのこどもを、いちばん近くにいたホーミーがしっかりと押さえつけて、トロイの群に渡そうとしました。
 ところが、トロイのこどもは大人のトロイの群を見て、他のホーミーとおんなじようにずいぶんと怯えて、その場に座り込んでしまいました。
 それを見て、トロイの長は、がっくりと肩を落とし、それ以上何も言わずに、自分たちの村に帰って行きました。トロイのこどもはホーミーの村に、怪我をすることもなく、そのまま残されたのです。
「まったくびっくりだ。わたしたちホーミーの村に、あんな物騒なものがやってくるなんて」
「まったく物騒だ。しかしどうしてトロイのこどもはトロイのところに帰らなかったのかしら」
 トロイのこどもは、それから立派な青年に成長し、ホーミーの村でもいちばんの働きものになりました。畑を広げてたくさんの作物を作ったり、誰も踏み込んだことのない森の中に入って、冬眠前のホーミーのために、薪を集めるようになったのです。

   ❃ 6 ❃
 
 やがて、大人になったトロイは、自分とおんなじように親のないトロイを見つけて、新しいこどもを作りました。ホーミーたちも、畑が広くなって作物が余分にできるようになったので、親のない生き物や、捨てられたこどもを拾ってきては、村で育てるようになりました。
 ホーミーの村は、ずいぶんと活気に満ちてきました。村もどんどん大きくなりました。ホーミーたちも、こどもに助けられたり、こどもを養ったりして、パパとママの気分を存分にあじわいました。
 例の二人のホーミーは、自分たちホーミーを幸せだと思いました。いまや、村中のいたるところにこどもがいて、大声を上げて楽しそうに笑いながら、自分たちホーミーのまわりを走り回っているのです。いつだって軽快で気持ちのいい音楽が聞こえます。木槌でくいをたたく音、こどもが吹く草笛の音色。ホーミーにとって、それらすべてがはじめての経験なのでした。
 ある日、例の二人のホーミーは、お礼を言いにチムニーの丘に出かけました。
「やあ、チムニー。ずいぶんのご無沙汰だったね」
「やあ、チムニー。ご機嫌はいかが? わたしたちホーミーは、すこぶる幸せだよ」
 チムニーはずいぶんと年をとって、黒々していた髪の毛は真っ白に染まり、顎鬚は伸びきって、まるで獣のしっぽのようになっていました。
 二人のホーミーは、チムニーの淹れてくれたお茶を啜りながら、片方は高い声で、片方は低い声で言いました。
「きみはわたしたちホーミーに、ちがう形をしたコドモは持つものじゃないと言ったね。どうだろう。わたしたちホーミーは、ちがう形のコドモに囲まれて、今はとても幸せだよ」
「きみはわたしたちホーミーに、ちがう形をしたコドモはペットだと言ったね。どうだろう。わたしたちホーミーは、ちがう形のコドモに愛されて、今はとても幸せだよ」
 年老いたチムニーは、うつむきかげんにお茶を啜りながら、寂しそうな声でホーミーにこう言いました。
「きみたちホーミーは、ばかだね。まったくたいした大ばか者だよ。ちがう形のこどもを持つようになってから、きみたちホーミーにもはじまりとおわりができちまった。なにしろこどもときたら、きみたちホーミーにとって見れば、明日になればもう、ぜんぜんちがうものになっているのだからね」
 二人のホーミーは、チムニーがそう言うのを聞いて、びっくりしてお互いの顔を見合わせました。
「いったいどうしたと言うんだい? チムニー」
「いったい何が君の気に触ったのだろう? チムニー」
 チムニーは、とても静かに話を続けました。
「きみたちホーミーは、これからすみかを広くしたり、たがいに名前をつけてその名前で呼び合ったりすることになるだろうさ。なにしろ、はじまりとおわりができちまったんだからね。これで、きみたちホーミーは、いろいろな事に備えなくちゃいけなくなった。明日や明後日のことを、今日のうちに考えないといけなくなってしまったんだ」
 二人のホーミーは、このごろはあまり天気が良くないから、チムニーはちょっとばかり機嫌が悪いのかしら、と思いました。幸せな二人のホーミーには、チムニーのお話は、右の耳から左の耳へ、まったくの筒抜けなのでした。
「ぼくは、生まれてから年を取るまで、ずっとこの丘に住んでいたよ。きみたちホーミーも、これからもずっとそうしてゆくのだと思っていた。これでもう、きみたちはこどもが食べる分の畑をひとつ、増やさないといけなくなった。こどもの眠る部屋だって必要だから、きみたちは野原を少しけずって何本か杉の木を倒すことになるだろう。もう、ここに留まってはいられないよ」
 チムニーはとても悲しそうな顔をして二人のホーミーにそう言いました。
「でも、チムニー。わたしたちホーミーは、幸せだよ」
「でも、チムニー。わたしたちホーミーは、満足だよ」
 二人のホーミーは、困った顔をして、高い声と低い声でじゅんばんに言いました。
「それは、きみたちがもう、ホーミーでなくなってしまったからさ」
 チムニーはそう呟くと、お菓子のお皿と三つのカップを、泣きながら洗いました。


※涌井の創作小説です。


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