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君に伝えたい百の言葉

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あなたに伝えたい言葉が残っている。見失っても、百個積んだ先に何かがあるかもしれない。光を追う者のエッセイ集
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#恋人

家族、という生き物の難しさについて、わたしは今日も考えている。

「明日の仕事、休みになりました」 起きたら、そんな連絡が入ってきていた。 ねぼけまなこで、もう一度読む。 休み、なるほど。 休みになったのは、わたしではない。 わたしは休職中だから、今日も明日も休み。 休みになったというのは、家族からの報せだ。 明日休み、なるほど。 もう一度頷いて理解する。 メッセージの送信時間と照らし合わせて、今日休みになったのかと理解する。 * 家族が家にいると、わたしの行動はほんの少し異なる。 少しだけ、静かに過ごすようにする。 睡眠の邪魔に

バンドマンの彼女にはなれない

事実はタイトルと相反していて、わたしはバンドマンの彼女だった。 もう、10年近く前のことになる。 大学に入って軽音部に入ったわたしは、バンドに憧れていたのだと思う。 音楽に惹かれていた、というほうが正しかったかもしれない。 ピアノのレッスンに通っていたわたしから、脱したかった。 嫌いだったのはレッスンだけで、先生も、音楽教室の存在そのものも、わたしは好きだった。 おそるおそる、軽音部の新歓ライブに潜入して、その後すぐ入部を決めた。 初めてライブハウスに行ったのもその頃で、

まっすぐな靴底で歩きたかった

階段を歩いているとき、前をゆく人の足元を見る。 スニーカーの靴底が、斜めにすり減っていた。 わたしはそれを、懐かしい気持ちで見つめる。 ああ、そうだ。わたしもそうだった。 * いまでも、わたしの靴底は内側のほうから薄くなってゆく。 それでも、昔よりはずいぶんマシになった。 20歳を少し過ぎるまで、わたしは極度の内股歩行だった。 いまでは、あの頃の比べると「極度」ではなくなったのだと思う。 あの頃までのわたしは、ずいぶんとひどい歩き方をしていた。 子供の頃は、ずいぶん

いいじゃないか。 泣きたいときは、ビショビショ泣いたって

「わかってるんだ。でも、悲しいし、悔しいよ」 わたしはそう言いながら、大粒の涙を落とした。 * ちょっと不安なことがあって、同居人に相談した。 もともとは相談するつもりじゃなくて、「こんなことがあったんだよ〜」と話したかっただけだった。 相手を不安にさせるから、相談はしたくない。 かつてのわたしは、強くそう思っていた。 この気持ちが強くなればなるほど、何も話せなくなり、結局のところひとりで決めてしまい、相手が「どうでもいいひと」になってしまう。 その結末にも気が付きなが

のび太くんみたいに笑うひと

「ぐふっ、ぐふふふふっ」 文字にすると、かなり奇妙な笑い声が響いている。 これは、我が家で定期的に聞こえる、同居人の笑い声だ。 同居人は、数年前に鬱病をくらっていた。(くらっていた、というのは本人の表現) 家ではとにかく笑わなくなった。 無表情だった。 もともと、「接客業で毎日笑顔で過ごしてるのに、なんで家でも笑わなきゃいけないの?」というのが彼の言い分で、100%納得できるわけではないけれど「い、一理ある…!」と頷いてしまった。 「家は、家族全員の”パーソナルスペース

真夜中の白い箱

真夜中、ベッドの中。 思い出すのは、いつもそんなときだ。 わたしだけの悲しみがある、と思う。 苦しみとか、痛みとか、時々そういう類の感情を”わたしだけのもの”だと思って、抱きしめる。 苛烈な苦味を伴いながら、それでもわたしは安堵する。 いま、この瞬間 わたしの悲しみは、誰にも侵略されない。 わたしだけは、この悲しみを、「悲しみのまま」享受していい、と受け止める。 * ずいぶん昔のことになるけれど、女友達から相談をされたことがある。 本当は、相談でも愚痴でもなかったのか

魔法が消えた日

「今日はもう書けない」と思う夜は、突然訪れる。 心身のバランスを崩している日、というときもある。 そのときは「書くことがない」というよりも、「書く体力がない」場合が多くて、それでも心が「書きたい」とか「書かなきゃ」に向かっているから、苦しいけれど頑張り続けてきた。 「なぜ今日?」という日に、不慮の落とし穴にハマったみたいに、ダメになることもある。 元気なのに。 今日は当社比で早起きをして、日中に家事をすませて 元気よくダイナマイト(SMAP。子供のときによく聞いた)を流

特別じゃない、ちょうどいい幸福

「マック、好きなんだよね」と言われてびっくりした。 マッキントッシュじゃなくて、マクドナルドのほう。 知り合って10年近く、一緒に暮らして数年が経つのに、マックが好きだとは知らなかった。 だいたい君はいつも、晩ごはんを作って、わたしやら友達に与えて、それで満足して、「この人が食べているところをあんまり見たことがない」と、みんなに言われていた。 だから、マックが好きなことも、知らなかった。 それからわたしは時折、帰り道に君に連絡する。 君が、家にいることを知っているときに。

ピアノと、いつかのわたし

すごく久し振りに、ピアノの練習をした。 ピアノ日記を毎日更新して、もう半年くらいになるけど、これはほとんど一発録りなので、毎日2〜3分しかピアノに向かってない。 “練習”をしたのは、久し振りだった。 地道に練習するだけじゃつまらないので、自分で作った曲を歌ってみた。 うたはもともとへたくそだったので、いまさら何も言わないけど、ピアノがへたくそくになっていてびっくりした。 笑ってしまった。 * 指を鍵に、落とす速度や深さ 五本の指をしっかり独立させる意識、筋肉の使い方

まさかのわたしたち

たまに、母親と電話をする。 母は、わたしの上京後「電話をかけて繋がらなかったら不安になるから」と言って、自分から電話をかけてくることはない。 気が向いたとき、わたしが電話をかける。 ほんとうに、思い出したときに。 このあいだ電話したときに、わたしの近況の話になった。 なんでそんな話になったか覚えていないのだけれど、日々の暮らしの話。 同居人とは、うまくやっているよ、とわたしは言った。 「案外、生活に於いては”大らかな人”だったんだよね」 母親は、同居人のことを「繊細そう

自由の枠組み

「調子悪いの?」 「なんか、イライラしてる?」 同居人が最近、鋭くなってきた。 いままでは、「なんかイライラしちゃってごめんね」とあとから謝ると「そうだったの?」「全然気づかなかった」と返ってきていた。 最近は、なんだか鋭い。 わたしの態度が悪化した、とも考えられるけれど たぶん、鋭くなってきたんだと思う。 * 思い返してみれば、「冗談とわかっていることに、悲しくなる」ということが多い。 同居人は嘘を吐かない。 だから、冗談であっても、それは真実だ。 「ばかじゃん

今日のところは、これで

やはりな…… わかっておったぞ、という気持ちで わたしはひとり、パソコンの前で頷いていた。 * マウスの充電がまもなく切れます という通知が、ディスプレイの右側で何度か点滅した。 そういうときは、10%以上残っています、の合図なので「もう少しいける」と思って、しばらく無視する。 作業をしながら、マウスの接続が切れる。そして繋がる。 やがて、繋がらなくなった。 そのときが来るのはわかっていた、わかっておったぞ。 という気持ちで、わたしは電池カバーを外そうとする。

言葉の線引き

「で、マツムラからの電話なんだったの?」 同居人との冷戦が終わり、共通の友人からかかってきた電話について、突っ込まれた。 一緒に住んでいる、空間はそんなに仕切られていない暮らしなので、電話をするときには一声かけるようにしている。 そうじゃないと、誰に話しかけているのか、よくわからなくなるからだ。 キッチンから声をかけられている、と思ったら、知らないあいだに同居人が電話をしていた、話しかけている相手がわたしではなかった。ということがあってから、このルールを徹底している。

一緒に暮らす、ということ

同居人と、冷戦のような数日を過ごしていた。 たまに、こういうことがある。 なんだか、ボタンを掛け違えて、ちぐはぐになったまま、数日を過ごす。 わたしは、気が済んだ頃にへらりと笑って、なかったことにしようとする。 こういうのは、どうせうまく理由とか話せないし、解決方法もない。 「アレをしないで」という具体的な解決方法が、いつも見当たらない。 だから、なかったことにしようとする。 同居人は「話し合おう」と言う。 先にも述べたように、解決方法があるわけではないのだけれど、 た