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バンドマンの彼女にはなれない

事実はタイトルと相反していて、わたしはバンドマンの彼女だった。
もう、10年近く前のことになる。

大学に入って軽音部に入ったわたしは、バンドに憧れていたのだと思う。
音楽に惹かれていた、というほうが正しかったかもしれない。
ピアノのレッスンに通っていたわたしから、脱したかった。
嫌いだったのはレッスンだけで、先生も、音楽教室の存在そのものも、わたしは好きだった。

おそるおそる、軽音部の新歓ライブに潜入して、その後すぐ入部を決めた。
初めてライブハウスに行ったのもその頃で、上京したての18歳。
軽音部で知り合った埼玉出身の友達は、ずいぶん都会の人に見えたし、背が高くおとなっぽかった。
ライブの前にサブウェイに行ったことも、今でも覚えている。
そこから、町田のライブハウスに向かった。

そのとき見たバンドのギタリストは大学の先輩で、大学2年になったときから付き合うようになった。

恋人でありながら、彼は尊敬するギタリストで在り続けた。
"神様のギター"
いまでも彼のギターの音をわたしはそう呼ぶし、どこへ行っても一目置かれる存在だった。
「楽器屋でギターを試奏すると、そのあとギターが売れる」
「楽器屋の店員から名刺をもらったことがある」
そんなことを言っていたが、実際その場面に遭遇することはなかった。
嘘をつく人ではなかったし、なにより「そういうこともあるのか」と、わたしだけでなくみんなが納得するような、そういう音を出す人だった。
バンドや楽器に関する知識は、このときに培ったものが大きい。
ほんとうに、たくさんのことを教えてもらった。

付き合う前と変わらず、わたしは彼のライブに足を運んでいた。
それは、町田だったり、下北沢だったりした。
「曲の作り方がわからない」と言って、スタジオにお邪魔させてもらったこともある。
同じ街に住んでいたギターボーカルの人と道端であったときも、曲作りの相談をして、その言葉は今でもわたしの宝物であり、信念となっている。
話が一段落して、「もうすぐスーパーが閉まるから」と言って別れたときには、「ああ、あんなすごい曲を書いてライブをする人も、スーパーには行くんだよなあ」と、ばかみたいに思ったことを覚えている。

つまるところ、わたしはひどく憧れていたのだ。
ライブハウスで輝いていた、その姿に。
わたしもそうなりたい、と願ってしまっていた。

ライブハウスには物販と呼ばれる席が用意されて、バンドのグッズやらCDを売っている。
基本的には自分たちが直接その席でCDを売るわけだけど、CDをいちばん売りたい瞬間、自分たちのライブの直後には、楽器の片付けをしていて物販に戻れないことも多い。

そんなとき、物販に座っていたのは、ギターボーカルの人の彼女だった。
挨拶をしたかどうか覚えていないけれど、お互いを認識していたと思う。

わたしは最後まで一度も、そのバンドの物販に座ることはなかった。

「物販を頼む」と言われたことも、そういえばなかったなと思う。
もう頼まれてくれる人が別にいるわけだから、当然なのかもしれないけれど。

頼まれないでよかった、といまでも思う。
頼まれていたらわたしは、どんな顔をしていただろうか。

わたしは、バンドマンの彼女にはなれない。

彼女ヅラ、という言葉がまあよくないのはわかっているけれど、そういう顔をして「ありがとうございます」と”他人”のCDを売りたくない。
わたしはわたしのCDを作って、売りたかった。
ステージで輝くその男を、わたしは「恋人だ」と物理的に理解しながら、どこかで「ライバルだ」と認識にしていた。
わたしも、こうなりたい。
そしてその夢を燻らせていたわたしは、「彼女じゃなくて、この音楽が好きで来ているんです」という顔を、し続けたかった。

いまならどうだろうか、とぼんやり考える。
物販に座って「noteでエッセイ書いています」なんて言って、笑っている自分も、想像できなくない。
10年前と今では、夢の燻らせ方が違う。憧れは少しずつ形を成し、拙くとも自分の「在り方」みたいなものを、言語化できるようになった。
「いまは物販に座ってるだけですけどね、ほんとはこういう者なんスよ」と言えたら、それでよかったのかもしれない。
大切な人のCDを売るお手伝いができたとしたら、それはそれですばらしいことだ、とようやく思えるようにはなった。

それでも、死なないでくれ、と叫んでいる。
バンドマンの彼女になれなかった、夢を燻らせていた幼いわたしが、叫んでいる。
あの感傷を、激情を、殺さないでくれ、と今でも心の中で、暴れ続けている。

わたしは、そのことを嬉しく思う。
だいじょうぶだ、忘れていない。
プライドだけで、唇を噛みながら背筋を伸ばしていた、あの頃のわたしは、確かにまだ生きている。





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