家族、という生き物の難しさについて、わたしは今日も考えている。
「明日の仕事、休みになりました」
起きたら、そんな連絡が入ってきていた。
ねぼけまなこで、もう一度読む。
休み、なるほど。
休みになったのは、わたしではない。
わたしは休職中だから、今日も明日も休み。
休みになったというのは、家族からの報せだ。
明日休み、なるほど。
もう一度頷いて理解する。
メッセージの送信時間と照らし合わせて、今日休みになったのかと理解する。
*
家族が家にいると、わたしの行動はほんの少し異なる。
少しだけ、静かに過ごすようにする。
睡眠の邪魔にならないように、電気を消したままにする。
この行動を言語化するとしたら、答えはたったひとつ。
「気を遣う」。これに尽きる。
シャワーを浴びて、気を遣いながらドライヤーの電源を入れる。
昨日は早く寝たので、いつもより早く目覚めたわたしは、何をしようか考える。
ますは、昨日弾けなかったピアノを… それから…
最近、弾き語りの練習をしたり、音声配信をしてみたり、
家の中で、声を使うことが増えた。
特に、弾き語りの練習は大変に良いことだ。
それなりに大きな声を出すと元気になるし、いつもと違う細胞と筋肉が動いている気がする。
それがとても、心地良い。
多少眠くても取り組める。というところも良いことだ。気分転換にもなる。
昨日、うたの練習できたかったしな。今日はやりたかったのにな。
でも、君が寝ているうちはできない。
べつに、音声配信の収録予定があったわけじゃないけど、それも「できない」と思った時点で、気が重くなる。
もちろん君は、わたしが何をしていようが怒ったりしないわけだから、「できない」というのはわたしの勝手な考えだ。
でも、久々の、急な休みで、寝ている人を気遣えるわたしでいたかった。
それが「善人」だと、後ろ指をさされても。
これはわたしのプライドであり、時折わたしは「プライドより大切なものはない」と思っている。
*
いろいろ考えても仕方がないから、とりあえずピアノを弾いた。
「うたの練習はできないのか」と事実を確認したあと、仕方なく置いてあった譜面を開いた。
そうだ、ピアノの練習はできる。
うたわなくてもピアノは弾けるじゃないか。
置きっぱなしになっていた譜面を引っ張り出して、少しずつ読み進める。
最初は信じられないくらいへたくそで、
「このレベルで自分はピアノ弾けるって思ってたの?」とか
「何年ピアノ弾いてんの!?」と自己嫌悪したけど、弾いてるうちにそれなりになってきた。
ああ、よかった。
コード譜を見てうたったりすることはあったけど、譜面を読むのは久し振りだったな。
*
家族、という生き物の難しさについて、わたしはいつも考えている。
このあいだ、ブレーカーが落ちたときもそう。
わたしは、弾き終えたピアノの編集をしていた。
自分の悪い癖でもあるけど、編集の作業を終えるまで、保存ボタンは押さない。
だってふつう、ブレーカーは落ちない。
エアコンを2台つけて、電子レンジを使ったのはわたしではない。
「ごめん」と謝られても、消えたピアノは戻ってこない。
ぎりぎりのところでほほえんで、「だいじょうぶ」と言って散歩に出た。
深夜3時。
「怒ってはいけない」と言い聞かせて。
ずいぶんと具合の悪い夜だった。
ピアノもやっとだった。
それを伝えたところで、やっぱり消えたピアノは戻ってこない。
伝えて、落ち込ませて、その事実に自己嫌悪するという結末に、なんの意味があるだろう。
だから、家を出た。
*
ピンポーン、と音が聞こえてわたしは慌てて立ち上がる。
ああそうだ、荷物を頼んでいたんだと思い出す。
印鑑を押して、「ありがとうございます」とほほえんで告げた。
そう、ほほえんで。
知らない人とか、友達には微笑むことができるのに
執筆中に、ドアをノックされることを、わたしはすごく嫌う。
「ドアを閉めているときは、声を掛けて欲しくないときだから」と何度も伝えているのに、
「スーパーに行くけど何かいる?」とか、親切心で声を掛けてくれたりする。
そのたびにわたしは、唇を噛む。
*
家族、という生き物の難しさについて、わたしは今日も考えている。
まあでも、今日のところは
うん、わたしが悪かった。
「君がいるからできない」と勝手に落ち込んで、
「家の中で、思い通りにできないと腹を立てる」なんて、とんだ暴君だ。これはよくない。
「今日は弾き語りの録音と音声配信をする」と決めていたならばまだしも、そんな予定はなかった。
「代わりにピアノの練習をしてよかった」
そんなわたしでいたい。
ずっと、そんなふうに思っていたい。
いつも、じゃなくていいから。
勝手に落ち込んで、最後に自分勝手さを発揮するならば、「自分勝手にしてよかった」って盛大に笑って欲しい。
誰と暮らしても付きまとうこの問題について、
少しでも、許したり許されたりできるように。
わたしたちが望むあいだは、この暮らしができるだけ快適に続くように。
わたしは今日も、
心の中に住む、わがままで小さな鬼と、戦っている。
※今日のBGM
さっきまで、ユーミンを弾いたりしていました。
やっぱりユーミンは良い。
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