ピアノと、いつかのわたし
すごく久し振りに、ピアノの練習をした。
ピアノ日記を毎日更新して、もう半年くらいになるけど、これはほとんど一発録りなので、毎日2〜3分しかピアノに向かってない。
“練習”をしたのは、久し振りだった。
地道に練習するだけじゃつまらないので、自分で作った曲を歌ってみた。
うたはもともとへたくそだったので、いまさら何も言わないけど、ピアノがへたくそくになっていてびっくりした。
笑ってしまった。
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指を鍵に、落とす速度や深さ
五本の指をしっかり独立させる意識、筋肉の使い方
重心の置き方を、ひとつずつ確認する。
最初はよちよち歩きみたいなピアノだったけど、30分とか1時間とか弾いてると、少しずつ感覚を取り戻してくる。
ああ、これだ。と、思う。
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「これだ」と、取り戻した感覚は、一体何歳の頃のわたしなんだろうか。
20代の半ばに手を怪我してから、わたしのピアノはずいぶんと変わった。
不安と、時折襲いかかる痛みを抱えながらバンドに加入して、そのあとわたしのピアノは「バンド用」に、また変わっていった。
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手を怪我したときは、ピアノが弾けなくなったというよりも、ドアノブとか蛇口とかを握れなくなってしまったので、「日常生活に支障が出るレベル」だったのだと思う。
あの頃は「音楽しかない」という不安の中で生きていたので、弾けないことがすごく怖かった。
居場所が、どこにもないような気分だった。
痛いけど、24時間激痛だったわけではないし、わたしは逃げるようにピアノの前に座った。
いま思えば「やめておけばよかったのに」と思うけど、そうするしかなかった。痛みに耐えられない自分が悪いのだ、とすら思っていた。
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当時、付き合っていた人も音楽をやる人で、
彼はあるとき、わたしの譜面台の上に一冊の楽譜を置いた。
なんという名前だったか覚えてないけど、表紙がピンク色の教本だった。
「ピアノは恋人だ。だからもう、二度と殴ってはいけない」
静かに、そう言った。
*
あの怪我をした当時、わたしはうたとピアノの二人組にユニットの、ピアノの方だった。
絶対に歌わない、コーラスもしない。
ピアノ一本がわたしの誇りであり、
わたしたちふたりは、ふたりでありながら、交わりきらない個と個だった。
わたしたちは、いつも戦っていた。
戦っていたというより、相方はただただ「自分のうたを歌っていた」だけの自由人だったから(そういうところが好きだった)、戦っていたのはわたしだけだったかもしれない。
若かりしわたしのピアノは、苛烈を極め、それは「殴っていた」ようだったのかもしれない。
たぶん、そうだったと思う。
わたしは、ピアノと殴り合っていた。
恋人からのメッセージは、「そういうピアノはもうやめなさい」という、心優しきメッセージだった。と、思う。
いま思えば、「恋人だから殴っちゃいけない」っていうのは、なんだかおかしい。
基本的に、誰だって殴ったらいけないに決まってる。
そしてそれを「恋人」という立場の人に言われて、わたしは「なんだよ、うるさいな」というようなことを思ったのを、覚えている。
受け止められなかった。
「殴ってはいけない」というのは、
「殴るような苛烈なピアノは、もう弾けないんだよ」と、言われたような気がした。
実際に弾けなかったんだけど。
誰かにそれを、言って欲しくなかった。
どれほどの、やさしさを蓄えていたとしても。
*
わたしは今日、ピアノの上で指のひとつひとつがほぐれていくことを、確認した。
「弱い」があるから、「強い」が存在する。
最初は、チカラのコントロールができなくて、ぜんぶが強い音になってしまったのを、次第にコントロールしてゆく。
支える低音、ただよう中音、そして高速に強く抜けるような高音。
ああ、これだ。わたしのピアノだ。
この音の中に、「殴っている」ような苛烈さが、滲んでいる。
わたしは、そんなふうに思っている。
どうせ、うたなんか上手に歌えないんだから(うたを始めたのは、ここ数年の出来事で、ピアノはもう30年近く弾いている)、ピアノに比重を置く。
どっしりと、そして自由に。
ああ、これだ。
思い出して、笑う。
やっぱりわたしは、殴っちゃってるかもしれない。
そういうピアノが、楽しいよ。
ぜんぜんやさしくなくて、わたしのためだけのピアノ。
強さが、弱さを引き立たせ、時間と空間をコントロールして、すべての音がわたしの呼吸に吸い付いてくる。
誰のことも、なにのことも守らないピアノ。
*
約束は守らないよ。
君と僕の約束なんて、それくらいでちょうどいいよ。
ただ、あのとき”やさしく”してくれた君のことは、これからもずっと覚えておく。
あのとき「うるさいな」と思いながら、健気に「恋人に言われたことだから」と、胸に留めた。
あの頃のかわいかったわたしは、いまはもう、いない。
そして、今日のわたし
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