見出し画像

サッカーを始められなかったきっかけ

タイトルを二度見した方もいらっしゃると思います。

サッカーを始めたきっかけならこのnoteでもよく目にしますが、その逆について公開する例というのはほとんどないんじゃないでしょうか。
結論から言うと、私のサッカー歴はほぼゼロです。

きょうは8月12日。あの日航機墜落事故の日ですが、私の人生を左右する出来事が起こったのも8月12日でした。その理由は本文の最後のほうで明かします。

スポーツと触れ合ってはいけない

9歳のころでしたか、あることがきっかけで自分は心臓が弱いという理由で激しい運動を禁じられました。

それまでスポーツらしいスポーツの経験もなかったのですが、この宣告でスポーツというものに触れ合う機会はほぼ完全に閉ざされました。(学校体育程度なら別ですが)

以来、そのころからなんとなく興味のあったサッカーを見るのが辛くなりました。街角でサッカー少年を見るのも辛かった。なぜ自分はああでないのだろう。胸をえぐられる思いでした。

サッカー漫画でさえ読む気になれませんでした。なので自分はキャプテン翼を読んだことがありません。初めて読んだサッカー漫画はGIANT KILLINGです。(笑)

それでも他のスポーツを目にするのはそれほど苦ではありませんでした。でもサッカーだけは本当にダメでした。いっそ嫌いになれたらと思ったこともあります。でもそんな事はとても出来ませんでした。

スポーツが苦手で、嫌いだから距離を置いているわけではないのです。サッカーをやりたいのにできない。
それも心臓という一目見ただけではわからない理由で。いっそ目に見える障害があったほうがどれだけ気持ちが楽かとさえ思ったものです。

様々な著書やマスコミなどで、心身に与えるスポーツの効用について目にする機会があります。選手の皆様も、そうした点についてnote等に書き記すことが多いと思います。

そうしたものを見るのも辛かった。自分はそうした体験をすることは許されない。このままでは、自分は人間として重大なものが欠落したまま大人になってしまうのではないか、とさえ思ったものです。

サッカーをする人間と自分との心理的距離感、そして焦りは、年を追うごとにつれてひどくなっていきます。彼らと自分は、同じ空間で別の世界を生きているのだなと感じるようになりました。それこそ、目の前に壁があるのではなく、その壁すら遠い、何もないところに置いていかれた心境です。

騙されていた

二十歳のころでしたか、ひょんなことで家族と喧嘩になりました。そこで衝撃の事実を知ることになります。

心臓が悪いなどというのは、全くの嘘でした

嘘で、人生でいちばん大切な時期を棒に振ったのです。怒りに震え、このまま実家にいてはダメになる。就職の際には実家を出なければ、そう決意しました。

なぜ親はそんな嘘を付いたのか。実は心当たりがあります。

私には叔父が2人いました。母の弟です。過去形になっているのは、下の叔父が早くに亡くなったからです。

下の叔父は本当に心臓が悪く、やはり運動は止められていたそうなんですが、本人は納得いかなかったのでしょう。構わず体を動かしていたそうです。

しかし私が生まれたばかりの頃、下の叔父は道端で行き倒れて急死してしまいました。当時まだ高校生でした。

その命日が、8月12日なのです。

物心付いてなかった頃の自分は、下の叔父との直接の面識はありません。しかし、まだ若い弟を亡くした母の悲しみは察するに余りあります。

それで、私に激しい運動をやらせたくなかったのではないでしょうか。

とはいえ、人生を台無しにされた事実に変わりはない。

就職後、配属調査では首都圏外勤務の希望を強く伝えました。

実家を離れるためです。

次回は、実家を離れてからサッカーとの関わりにも急展開を迎えたことについて書きます。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?