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我々はものを見ることができているのか
1.序
いつからかものを見るということができなくなった。こう言うと何を言っているのかさっぱりわからないだろうが、ものを見ることができなくなっているように感じる。無論、目が悪くて見えないとか、盲目だということではない。物体としてそこに存在している事実は受け入れている。が、見えていない。
幼いころはそんなことはなかった。目に映るものすべてに発見と感動があり、世界が明るく刺激に満ちていた。ただ小学校
誰か読む人はいるん?
あれ? そもそも、だれかのんびりウェブサイトを読む人っている?
若い人はTikTok、YouTube short とか、短い動画を見る気がする。お年を召された方は、スマホやタブレットよりも書籍媒体を好む気がする。だとすると、誰がウェブサイト見てるん? 情報が欲しければ、検索すればどれだけでも出てくるからブログである必要性はないし、複雑な込み入ったことを調べたいとしてもChatGPT使えばいいよね
その文章には恥がある
有名な人が書く文章と、我々一般庶民が書く文章って、同じようなこと言ってても全然印象違ったりするじゃないですか。有名な人が言ってたら素直に「なるほどー」って思えるけど、同じようなことをフツーの人が言ってたらなんか違う風に思えるとか。
あとは何だろうなあ。見るに堪えない文章ってあるよね。これもきっとそうなんだけど、フツーの人が頑張ってそれっぽいブログを書いてみました!みたいな文章。あれ、とんでもない