見出し画像

美里さんインタビュー「憧れを職業にするか?」

公募制のインタビューに先駆けて,この企画を面白がってくださった大学の先輩・美里さんにお話を伺いました。「憧れを職業にするか?」というテーマをご提示いただき,事前にいくつか質問をしてインタビュー本番に臨みました。

以下,最初に「―――」が付いているのがはなすばの発言,付いていないのが美里さんの発言です。


演劇の記憶「憧れだけではない」

―――よろしくお願いいたします。

お願いします。

―――今回,「憧れを職業にするか?」というテーマでお話していただきます。美里さんにとっての「憧れ」は演劇とのことなので,そちらから伺います。

美里さんの演劇遍歴
5歳 ミュージカル「赤毛のアン」をきっかけにバレエを始める
      市民団体のミュージカルに出演
中高 女子高に入学し,オペレッタ部に所属
大学 ミュージカルサークルに所属

※オペレッタ…娯楽的な要素をそなえた小規模の歌劇。軽喜劇。喜歌劇。by明鏡国語辞典第二版

―――美里さんはかなり長く舞台に立たれていますが,この中で印象に残っている思い出はありますか?

そうですね,やっぱり…あ。新聞の募集欄でNPOがやってるミュージカルを見つけて,母親に頼んで参加した時に舞台の嫌な面というか…憧れだけではない面を知ったことですかね。小学4年生の頃だったかな。入ってみて,お金沢山積んだ人が良い役を貰ったりオーディションの権利があったり,親の劇団への貢献度で配役が決まったり…舞台というより「芸能界」の嫌な面を見て。憧れから一段降りた出来事でしたね。それまでは本当に「舞台大好き!」って感じで,信じて疑わなかったんですけど。

―――そうでしたか。舞台が持つ「憧れではない面」を見た後でも,中学校に入って部活という形で舞台に関わることになったわけですが,この時の思いはどういったものだったのでしょうか?

そうですね…中学に入って部活を選ぶとき,「まぁバレエもあるし部活は適当なの入ろうかな」って思ってたんですけど…やっぱり見て回っているうちに「あーいいなぁ仲間に入りたいな」ってオペレッタ部に対して思ったんですよね。ちょっと宝塚みたいなことをする部活なんですけど。ダンス部とか演劇部とかも見たんですけど,全部が総合的にできるミュージカルとかオペレッタとかに「これなんだろうな自分がやりたいのは」って思って。見学して公演を見た後に,「バレエを続けながら部活もやろう」って決めました。女の人がやる男役ってめっちゃかっこいいんですよね笑 ちょっと恋に落ちたみたいなところもあります。当時の部長さんに。

―――美里さんは,ご自身でも「男役やりたい」って思ったんですか?

思いました思いました。ちょっとジェンダーの話にもなっちゃうんですけど,女役がしっくりこないというか。「男役のスター!」みたいなポジションで女の子にキャーキャー言われる方が憧れたというか笑 なんかしっくり来たんです,そっちの方が。ドレスを着て娘役,というのも良いなと思ったんですけど,やっぱり「なりたい」って思ったりキラキラして見えたのは男役ですね。女子高だったので。

―――引退されるまでずっと男役だったのですか?

そうですね。年2回あるオーディションを全部受けたんですけど,名前の付いた役は全部男役でした。それしか受からなくて。審査は顧問の先生と声楽の先生の2人がやってたんですけど,全部男役。それも主役とかで。それ以外は落ちるんです。

―――中高ではずっと男役でしたが,大学のミュージカルサークルでは女役もやられていましたよね。その時に何か心境の変化や,「こっちもいいな」と思ったり違和感があったりしたことはありましたか?

めちゃめちゃありまして…中高時代のオーディションで結構勝率が高かったので,サークル内の上手さでは中の上くらいに入るだろうなと思ったんですけど,いざやってみると求められているのは上手さとかではなく「ヒロインの可愛さ」や「いかに皆に愛されるか」とかで…男役は男子学生がいるし。なので居場所がないというか「私の枠ってないんだな」って感じました。「美里ちゃん上手いんだけどどこで使えばいいのか」って言われたこともあって,「あ,まじか」ってなったな…

―――そうですねオーディションってテストとは違うので,「合う・合わない」や周りの人とのバランスが大事だったり,凄いかどうかよりも「求めているか否か」が大事にされると感じますよね。

うん,自分未熟だったなって思います。学生同士とはいえね,うん。
部活の先輩でプロになった方とかは,「欲しいキャラクターをいかに出せるか」が大事で,合っているかいなかじゃないって言ってたので…より高い点数を出した人が勝ち,の受験とは違うと痛感しましたね。

なぜ舞台に立ち続けるのか

―――ここまで色々なタイミングで舞台の嫌な面も見てきた美里さんですが,どうしてここまで自分は舞台に立ち続けていると思いますか?

うーん難しいけど…やっぱり最初に観に行った劇団四季の衝撃が忘れられないのはあるし…でも確かにスポーツとかでも良いですもんね。そこは本当に性格の問題かもしれないんですけど,私自身どうして自分は人前に立つのが好きなのか分からなくって。気がついたらやってましたね笑 ただ初めてミュージカル観た時に,お客さん側ではなくて「あっち側に行きたい」って思ったのはあるかもしれないです。絵とか見ても「綺麗な絵だな」で終わっちゃうんですけど,ミュージカルは「こっち側(客席)にいていいのかな」って思わされるんです。

―――美里さんにとって,舞台上から見える景色はどんなものなのでしょうか。

なんかこう…真っ暗なんですけど,こっちが発した言葉で湧いたり空気が変わったりするのが面白いですね。それぞれ知り合いを見に来ているからバラバラの人たちなのに。そんな多くの人たちがたまたま一緒に座席に座ってるだけなんだけど,開演するともうこっち(舞台)しか見てない。それが面白いなって。ライブとかはそのアーティストが好きで皆来てるけど,学生演劇とかはそれぞれの友達目当てで見に来る。なのに終演すると「面白い作品だった」とか言ってるのが。

―――確かに演劇は,ライブと違って,最初は人を見に行ったつもりが最後にはストーリーへの感想になっていることがままありますよね。

そうそう。

演劇は「職業」?

―――そんな演劇への思いを持っている美里さんですが,いつから演劇を「自分の職業の選択肢の一つ」と思うようになったのでしょうか。

ちっちゃい頃は「好きなことを仕事にしよう」って言われるじゃないですか。「将来の夢は?」とか。だから当時は,女優しかないと思っていました。ただ,事務所に入ってる子や親がバレエの先生でスタジオ持ってる子とかに比べて不利だとは感じており…普通に受験とかしていくうちに「あれ?これどこに舞台の道への分岐点あるの?」ってなりました。

―――「分岐点」というのは…

「役者を仕事にするタイミング」ってことですね。今でも親交がある大学受験の時の塾の先生に,「そんなに舞台が好きなのに女優にならなくていいのか?」とか聞かれたりもしたんですけど。

―――塾の先生にそう言われた時には,どんな気持ちでしたか?

「いや,大学は出とかないと就職先無いでしょ」って感じですかね。女優として成功する自信があるわけじゃないから,失敗してもいつでもサラリーマンに戻れるようにしようと思っていたんですよね。

―――「女優にはならない」と決めて大学受験に舵をきったというよりは,仮に女優になったとしても会社に戻ることができるようにしておこう,と考えていたんですね。

そうですね,たった一つを極める決意ができる人には,どうしてそんなギャンブルができるのかなって思います。まぁでも,そうする人が大物になりますよね…でも誰も責任取ってくれないしなぁと思います。

―――責任…そうなんですよね。

演じない関わり方

―――これまで演者側のお話を伺っていましたが,今度はそれ以外の関わり方について伺います。美里さんは中高時代に部長,大学のサークルでは広報として舞台に関わっていましたが,その時の気持ちは演者の時とは違いましたか?

演者じゃないからどうこうというより,舞台をより良くするために,人に頼むのではなく「自分ができる範囲はやりきりたい」って思ってましたね。舞台に関わっている時には時間を忘れられるので。

まぁ本音を言うと,自分が気持ちよくやるために周りを整えている部分はありますね。人がいない会場ではやりたくないから人を集めようとするし,キャスト同士仲が悪い状況で幕を挙げたくないから部長として後輩の話を聞くし…結局自分のためです。私が気持ちよくやるためにやってる,ってことになっちゃいますね。

―――それに対して,なんというか「後ろめたい」とか感じますか?

いやー,こんな話したの初めてだから周りにはバレていないと思うんだけど…うしろめたさは無いかな。結果的に皆にとっても良いことになってる気がするし。

―――そうですよね。動機が何であれ,自分が舞台をより良くしようとしていて,その舞台の中に皆もいるので,素晴らしい取り組み方だなと思います。

まー,でもエゴだったなぁ。大道具作るのをよく手伝っていたのも,万が一大道具担当が蒸発したら困るとか,親切以外の気持ちもありましたよ。

―――それは責任感とは違うように感じますか?

責任感…まぁ参加している以上責任はあるんですけどね。一人でやらせるのもかわいそうだし,舞台にのる人が一人でも「今回ものだけ造らされたな」って気持ちになったら嫌なんですよね。

仕事への思い

―――今度は今回のテーマ「憧れを職業にするか?」から現在のお仕事について伺います。

美里さんの現在のお仕事
PR会社に新卒で入社し,現在三年目。
プレスリリースの作成やイベントの運営などに携わり,忙しい日々。

―――今のお仕事は演劇と直接的にはかかわっていないように感じましたが,就職活動の軸や希望業界はどう考えておられたのでしょうか?

どうしてエンタメ系を狙わなかったのかというと,「自分が役者をやれないのならどうでもいい」という思いがあったからなんですよね。自分が演じない団体には別に入りたくなくて…でもだからといって,演劇と全く関わりがない事務職とかは違くて。今の仕事の,アイデアを出してそれに基づいて締め切りまで動く,っていうやり方は少し演劇に似てるんですよね。

―――確かに,舞台も一つのプロジェクトみたいですよね。オーディションはメンバー集めで,台本は企画書みたいな。

そうなんですよね。なので,プロジェクトごとに動く仕事がやりたくて。

―――いわゆる「9時5時で終わる仕事」よりもそっちの方が良かったんですかね。

いや早くは帰りたいんですけどね笑 働きたくないんだけど,女優をやめてサラリーマンをやるならせめてそういうことがしたくて。

―――事前にいくつか質問をさせていただいた時に,「忙しくないのは性に合わない」と仰っていたのがかなり印象的だったのですが,それはここに繋がるんですかね?

そうですね。この仕事でもたまに閑散期があるんですけど,タイムカードは動いてるけど何もしていない時間は,居心地が悪かったり余計なことを考えてしまったりするんですよね。調べものくらいはするんですけど,これはこれでちょっと辛く感じます。

―――就職活動の軸が「舞台ではないけど,舞台作りみたいに動く仕事」だったとのことでしたが,就職活動をしている時には「いつか舞台に戻るぞ」という気持ちはあったのでしょうか?

いや就活の時にはもう,お金をもらってミュージカルをやるのは嫌だと思い始めていたんですよね。サークルの先輩方が,卒業してからも有志でクオリティの高いミュージカルを作っているのを見て,「お金が発生したら仕事になっちゃって,今までみたいにできないんじゃないかな」って思いました。なので,もう消えていましたね。

―――大学生活の中で「演劇活動は趣味でやろう」と決めて,就職活動をされたんですね。
美里さんが持つ仕事への様々な価値観を形成したものに,心当たりはありますか?

うーん難しいですけど,漫画…いや母親ですね。自分の母親が仕事大好きな人だったので,そういう人に育てられたのは大きいです。「女の子だから家にいればいいよ」って感じではなくて,男女雇用機会均等法1年目の世の中で外資系の金融企業でバリバリ働いてた人で。それを見てたので,仕事は忙しいものと思ってましたし,仕事で充実を得ていない人のモデルを思い描けませんでした。「ママが稼いだお金でパパの車買ったのよ」とか聞かされたこともありましたし笑 「美里が大きくなったらまた仕事始めようかな」とか仕事について楽しそうに話す姿を見て,仕事へのイメージがつきました。

―――そのイメージはポジティブなものでしたか?

ポジティブなものでしたね。「仕事ができる人」への憧れが強まりました。中には「仕事は決められた日数出勤するだけのことだよ」みたいな人もいると思うんですけど,毎日色んな事件について母親から聞かされていると,自分も将来そういう世界に行くのかなとなんとなく思っていました。

―――お母様の姿に憧れを抱いていたんでしょうか。

半分はそうでしたね。ただもう半分は「中途半端なところにいったら許してもらえないだろうな」ってのもありました。折角世間的に良い大学出たし。この学歴は,演劇の道に進むことを考えた時にも枷になってましたね。私がもし本当に勉強できなくて演劇の才能しかなかったらそっちに進むのを応援してくれてたと思うけど…「物分かりが良くて育てやすい」っていう言葉にまんまとのせられきた感はあります。ゆるふわな娘とか絶対許さないだろうなって思ったもん。

憧れの要素を「分解する」

―――今回美里さんから「憧れを職業にするか?」というテーマを伺った際に,私は「したい」という意味かと思いました。なので事前質問で「去年の秋くらいに完全に諦めた」と伺っておどろいたのですが…そこについて詳しく教えてください。

「自分がいくらでも追及できることで,しかもお金がもらえるなんていいな」っていう,役者でお金をもらうことへの憧れはあったんですけど…今回のパンデミックで「この国ではマジで役者って食っていけないんだな」って感じたんですよね。その時まで,役者の道を選ばなかった自分をチキンだと思っていたけど,今回のことで自分は正しい道を選んだのだと感じました。賢い選択したな,と…。でもそう思ってしまった自分は少し嫌で,良い言い訳を見つけちゃったなって思いました。

―――「言い訳」と捉えるんですね。

言い訳…そうですねまぁ逃げ道みたいな。でも私には居酒屋バイトしながら役者やって,コロナでバイト無くなって実家のすねをかじる,みたいな選択肢は無かったので賢い選択だったのだとは思ってます。
「憧れを職業にする」の話に戻ると,今やっているPRも憧れではあったんですよね。広告代理店とか,コピーライターとして短い言葉で人の目をひくとか,小学校の頃から良いと思ってたんです。ちょっとミュージカルにも似てますし。なので,今の仕事で自分のアイデアが世に出ていくのを見ると,舞台活動とは違うけど似たような憧れを仕事にはできていると感じます。今回のテーマの結論としては,「憧れを職業にする」は「舞台が好きだから役者!」ではなく,「憧れの要素を分解すると,その中にはサラリーマンでも叶えられるものがある」ってことですね。それでできないものは趣味に回す,みたいな感じで。舞台の板の上に実際に立つこととかがそうです。最近読んだ「左ききのエレン」がまさにそんな感じでしたよ。

「左ききのエレン」
cakes連載の漫画作品。これまでにテレビドラマ化もされている。キャッチコピーは,「天才になれなかったすべての人へーー。」

自らの才能の限界に苦しみながらも、いつか“何者か”になることを夢見る朝倉光一。一方、圧倒的な芸術的才能に恵まれながらも、天才ゆえの苦悩と孤独を抱える山岸エレン。高校時代に運命的に出会った2人はやがて、大手広告代理店のデザイナー、NYを活動拠点とする画家として、それぞれの道を歩むことになるのだが…。
凡才と天才、相対する2人の敗北や挫折を通して、その先に本当の「自分」を発見するまでをリアルに描き出す青春群像劇となっている。
by https://www.mbs.jp/eren_drama/#intro

作中の広告代理店には,作家になれなかったコピーライターや,画家になれなったアートディレクターがいて,「夢を掴めなった人が手軽に掴める夢が広告代理店だ」みたいなことが出てくるんです。凄い刺さりました笑,もうこれだよなって。

―――そうですね。私自身,「憧れを職業にするか?」と聞いた時に「憧れの職業に就くか?」へと脳内変換してしまったんですね。ですが美里さんのお話を聞く中で,憧れの職業のどこに憧れているかは人それぞれで,その要素を他で叶えられないとは限らないのだな,と知りました。美里さんは今PRのお仕事で,演劇への憧れの一要素を叶えているんですかね。

そうですねそうですね。最終のリアクションを考えながら次の手を打つところとか,結構似ていると感じます。演技とか歌は趣味でやっているので,本当に「憧れを分解した」って感じです。

今芸能人の方と仕事をしていて思うんですけど,事務所に入ってそこが求めるキャラクターを演じることは,自分には無理だったと思うんですよね。「ミュージカルが好きだからこそ,そこではやりたくないな」って感じです。PRでも相手のニーズに合わせることは当たり前なんですけど,一番好きな演劇でそれはやりたくないな…

―――「憧れを職業にするか?」という話でよく「一番好きなものを嫌いになるのが怖いならやめとけ」ってよく言われますよね。

そうですよね,「ディズニーオタクはディズニーでバイトするな」とか…でもその二択だけじゃないと思うんですよね。「好きなことを仕事にして裏側も受け止めるか,お客さんのままでいるかを選べ」ではなくて,ちょっと裏側も知っててお客さんとしても楽しめる折衷案みたいなものでもいいんじゃないかなって思います。私は今そんな感じかな。
「定時に仕事が終わってそれ以外の時間は目一杯演劇につぎ込む生活」か「役者一本で給料が安定しない生活」の二択の時代ではもうないですし。欲張ったわけですよどっちも笑 充実した仕事の中でちょっと演劇っぽいことをして,休日は演劇に使う,みたいな。よく「事務職ならもっと演劇に時間使えるよ」って言われますが,そもそも週5の事務職が私には耐えられないです笑 長い目で見たら凄い時間をそれに費やすことを考えると,私は楽しみを見出せない気がします。


―――美里さんは仕事と演劇を完全に分けるのではなく,仕事でも演劇の良さを一部得つつ休日に演劇に浸かる生活を選ばれて,それに満足しているんですかね。

そうですね,まぁ「もう少し仕事の割合減らせないかな」とは思いますが笑 忙しすぎますし。周りからも「忙しいの嫌ならなんで広告代理店なんだよ」って言われますしね笑

―――もしも,美里さんが演劇を好きな理由の一部を持っていて今よりも忙しくない仕事があったら,転職を考えますか?

まぁ中身にはよるけど,検討はすると思いますね。とはいえ今やってるPRや広報が天職だと感じていて内容は好きなので,シンプルに時間が欲しいです笑

―――「一日48時間ほしい」みたいな感じですかね笑

そうですね,一日8時間働いて終了が良いな。たまにだけど10時間とかもあるので…「こんなやんなくていいじゃん」とか思います笑 自炊したりする時間が欲しいです。9時5時で今の仕事ができたら最高。フリーになるしかないかなぁ,一人PR屋さん笑 5時以降は連絡返さない,みたいな。そういう実力がある人は凄いと思います。

―――自分では,今はそっちにはいけないなと感じますか。

今正社員として会社に守られている状況は,嫌いじゃないんですよね。そこの安心感は大きいです。だから心に余裕を持ってミュージカルができているんだと思います。5月に出演が決まっていた外部の舞台(※感染症防止の観点から中止)の共演者の中に,事務所に入ってるけどラーメン屋のバイトで生計を立てている子がいて,本当に困ってたんです。

再挑戦への道

―――その公演への出演オーディションに参加された時は,趣味の一環という認識だったんですか?あの劇団はアマチュアではなくセミプロですよね?

セミプロ…「アマチュアでありながら,本職に近い技量などをもっていること。」by明鏡国語辞典第二版
演劇界では,演劇出演を本業としているメンバーとそうでないメンバーが混ざっている劇団・全員が演劇を副業としていてもレベルが高い劇団などを指すこともある。明確な定義があるわけではなく,自称したり周りがそう言っていたりする。byはなすば

セミプロですね。参加を決めたきっかけは,さっきも出てきた大学受験の時の塾の先生なんです。この前その人と食事をした時に,その先生の生徒で大学生の女の子に会ったんです。その子はお母さんがダンサーで,本人も小さい頃からずっと子役として芸能活動をして,「シンガーソングライターになるために,この前自分のバンドを解散した」って言ってました。
私とは真逆で,お母さんからは「あんたここまでやってきて今更普通に会社入るの?このままいきなさい!」とか言われてるみたいなんです。もう死ぬほど羨ましかったですよ。ただそのお母さん,週7とかで働いてその子の学費を稼いで,でもその子は言っちゃあれだけどお金になりにくい活動をこれからもしていって,「ずっとお母さんのすねをかじるの?」って思ったんですよ。まじ「こんなこと許されていいの!?」って,言い方酷いですが思ったんです。「今まで私が我慢してきたのは何だったんだろう,もっと親にわがまま言えばよかった」って。
でもその子に「今からでも遅くないと思いますよ」って言ってもらえて,塾の先生は相変わらず「まだやらないの?」って言ってくるし,彼氏も「やることに損はないと思うよ」って言ってくれたんです。そしたらそのタイミングで自分が出たい劇団に出会って,応募したら通っちゃったって感じです笑 

―――「こんなことが許されていいのか」って自分のやりたいことに生きる女の子に対して思ったけれど,周りの人に励まされてご自身も一歩踏み出したんですね。

そうですね。あとは実家を出ていたのも大きかったと思います。そうじゃなかったら「会社員でこんなの応募するの?」とか言われてたと思いますし…同棲してたのはデカいんですよ。彼氏が親だったらな,って思います笑

―――もし親御さんが彼氏さんみたいだったら,今の自分は違っていただろうと思いますか?

思いますね本当に。彼の家は,子どもがやりたいと思ったことにはバンバン教育投資をする家なんですよね,彼は悲しいかな「やりたいことが無い」って言ってるんですけど…でもそれも,「んーー!!」って感じなんですよね。「『やりたいことなんでもやってみなさい』って家に生まれて,やりたいことが無いとはなにごとだ!」ってずっと思ってます笑 彼の親は私のことも凄く応援してくれてますし。

―――「なにごとだ!」っていうのは,羨ましい感じですか?

いやもう,ずるいずるい妬ましいって感じです。彼も苦しんでるとは思うんですけどね,今でも自分のやりたいことが見つからないって言ってますし。

―――なんとなく私は,やることに障害がある人ほど「自分のやりたいこと」を見つけられる場合もあるのかなって思いますね。「駄目!」って言われてもなお自分の中に残るものを見つけやすいというか…

それはあるかもね。私が5歳バでレエを始めた時,親の反対を押し切りましたもん。親に歯向かったのは,それが最初で最後かもしれないです。バレエって月謝高いし,親が衣装作るから面倒くさいところもあるので,「フリフリの衣装着たいだけでしょ」とか言われたりしたんですよ。でも,フリフリの衣装への情熱だけで十年はやれないですよ笑

―――それは間違いないですよね笑

掴んだチャンスと「中止」

―――セミプロの舞台オーディションに参加するまでの経緯を伺った中で,私は正に「転機」だと感じました。励ましてくれる人が一気に集まって,やりたいものが見つかって,しかもそれに選ばれて…。だからこそ,それが中止になった時の気持ちは単純なものではなかったのではないかと思うんです。自分が舞台に立てなくなったことについて,どんな気持ちでしたか?

結構「絶望」,って感じでしたね。「ここまで来たのにな」って。

―――そうですよね…今後できるかも分からないし,今回のチャンスが凄く大きくキラキラ輝いて見えるからこそ「これの次って何?」って思ったり…

そうそうそう。うん。思いましたね,「ここまでやったのにマジで中止になるんだ」って思いましたし,やっと掴んだ大きな役が…って。その役には憧れの方との共演シーンがあって,本当にやりたかったです。

演劇と仕事の相互作用

―――その役に自分が選ばれたことに対して,「これが理由かな」って思うことはありますか?

いやーそれは,仕事で培ったアピール力・交渉力がオーディションの時に活きたんだと思いますね。エントリーシートで,その劇団がいかに自分に合っているかを書いたり…これは就職活動をしてなかったら身につかなかった力だと思います。面談の時も,営業で学んだ相手の心を掴む話し方を心がけた結果ですかね。これは出演オーディションの話で,良い役を貰えたのは配役決定までの期間の練習を全力でやったからだと思います。あとは劇団員の方と仲良くなれるように色々頑張ったり。

―――演劇から少し離れて,仕事を掴むために培ったものが,今度は演劇の方に活きてきたというのは面白いですね。

面白いですよね。余談なんですけど,一緒にzoom面談受けた人が全然zoomマナーがなってなくて。社会人で良かった,って思いましたよ笑

―――ここまで話を伺っていると,演劇を好きな理由の一部が仕事に活きたり,趣味としての演劇を楽しんだり,その中で仕事でやったことが活きたりもしていているんですね。演劇で食べていくことを選ばなくても,美里さんの中心には演劇でやったことやそれへの思いがあるんだな,と感じます。

そうですね,確かに。それはあると思います。一番良いとこどりをしちゃってる感はありますが笑 一時期「自分があっち側に行けないなら観てもしょうがない」って思うと辛くて,ミュージカルとかを観に行けなかったことがあったんです。結局今でも演劇を観ると,「この人は何で上手いんだろう」とか観察するのがやめられないんです。お客さんとして観るのが辛くて。「もう一生舞台に立つことは無いですよ」って言われたら,正直観劇するか怪しいんですよね。

―――「舞台に立たないから純粋に楽しめる」って言う方もいるかと思うのですが,美里さんにとっては「辛い」んですね。

観たらやりたくなっちゃいますもん。だから受験期とか就活中とかは観ないようにしてました。

―――美里さんにとって演劇はやるものだからこそ,お客さんとして観ることは演劇との距離が空いてしまうことなんですかね。

そう,なんか寂しい感じになるんですよね。舞台に立つときのための勉強,として観ないと辛いです。オーケストラとかはそんなことないんですよ。バレエも,実はもうそんなことないです。「凄い回るな」っていう感じで。バレエをやってる時は違ったけど,今はもうバレエを踊りたい気持ちが無いから,普通に楽しめます。

―――ミュージカルは…

無理ですね笑


今,思うこと

―――今日は演劇のことや仕事のこと,そしてその間のことについて伺いましたが,ここまで振り返ってみて今どう感じますか?

これまでもちょこちょこ振り返る機会はあったにせよ,最近のことを含めてここまで詳細にみることは無かったので,良かったです。あらすじが整理できた感じで。記憶から抜けてるシーンも多かったので。


―――話すことで思い出すこともありますもんね。そういったことを含めて,今回の振り返りで何か変わったことはありますか?

なんというか,「これでいいな」って思いました。自信になったというか。1月に舞台を企画しているんですけど,なんのためにやるのかが見えた気がします。そのミュ―ジカルは出演者が少なくて,頑張ってお客さんを集めないとお金的に厳しい上,コロナでできるかどうかも分からないんですけど…改めて,なんのためにやるのかを整理できました。

―――その「なんのためにやるのか」をお聞きしても良いですか?

演劇の軸が無くなって自分の軸もブレちゃったらどうしていいのか分からなくなるので,公演に向けて走ることで1月までは生きていけそうな気がしました笑 迷わなくなるというか。私は生活の中心を仕事にすることはどうしてもできないので,そこを演劇にして横にちょっと仕事がある感じが良くて…仕事と相互作用するものをまた得られて,ほっとしています。たまにやるコスプレとかも楽しいですし,代替にはなるんですが,完全にはミュージカルの代わりにはなれないんですよね。この空虚な穴を,埋め続ける人生だとおもいます。今後の人生。

―――今後の人生も,自分の軸を仕事にするのではなく,仕事と相互作用する大事なものを探していくだろうと考えていて,それを良い道だと感じているんですかね。

そうですね。やっと答えが見えてきました。


あとがき

今回美里さんのお話を聞いて,「憧れとの向き合い方だって沢山あるのだ」と気付かされました。
演劇を人生の軸に据え走り続ける美里さんが次の舞台について話す様子は,とてもイキイキとしています。
そんな美里さんがスポットライトの中でもまた輝くために,無事次の舞台の幕が開くことを心から願うばかりです。

美里さん,ここまで読んでくださった方々,ありがとうございました!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?