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花子出版 hanaco shuppan
2021年10月9日 10:36
始まり 年代物の赤ワインが、透き通るほど磨かれたワイングラスに注がれていた。ワイングラスは高層ビルから溢れる光を受け、薄い縁が刃物のように輝く。二つのうち、片方のグラスの縁には、薄い桃色の口づけが付いていた。グラスの間に置かれたキャンドルは、親指くらいの炎を上げ、時の経過を穏やかに奏でつつ、テーブルを挟む若い男女を眺めていた。どこか、覚束ない炎だ。空調が効き過ぎているわけではなく、紺色の蝶ネク
2021年10月25日 07:18
多磨霊園に眠る 新宿から下り電車に乗り、多磨霊園を目指す。黄色の横線が入る電車の車窓に、小粒の水滴が疎らに張り付き、東京の街をより不鮮明に描き直していた。少ない乗車客の中、大輔は窓の外を眺めながら過ごしていた。 地下施設での二日目は、静かに明けた。馬乗りで殴られていた吉田は、ジャクソンの腕の関節を取り、苦戦しつつも勝利した。額には複数の切り傷を作り、頬には真っ赤な痣が痛々しく浮かんでいた。
2021年10月26日 06:46
『義』とは それから、数日経った。大輔は大学図書館の机に座り、複数の辞書を引いていた。『義』について、辞書を引き、細部までも深慮したかった。 ある辞書には、『人としてふみ行うべき道。利欲を捨て、道理にしたがって行動すること。「義人」「信義」』 ある辞書には、『儒教における五常(仁・義・礼・智・信)の一。人のおこないが道徳・倫理にかなっていること』 との記載がある。大輔は辞
2021年10月29日 07:34
山岡家にて (後半)「ただいま」 男の声が響いた。低く滑らかな声色だ。「あら、主人かしら。大輔くんはこのまま、お座りになっていて下さいね」 幸子は玄関へ向かった。大輔は姿勢を正し、廊下の奥で聞こえる幸子と男の会話に耳を傾ける。二人の会話には、若い男女に見受けられない、尊重と尊厳の絡み合いが自然と溢れていた。 幸子と男が戻って来た。幸子の隣に立つ男は、白髪で目尻の垂れた穏やかな表
2021年10月30日 09:03
バーボンロック・ダブル 都庁前にて停車し、大輔は車を降りた。修一へお礼を伝えると、車は走り去った。辺りには、身体に纏わりつく蒸された空気が重く居座っている。新宿駅を目指す終業後の人の群れに溶け込み、地下施設の入り口へ向かった。 汗を滲ませ、地下施設の入り口に着いた。警備員室を覗くと、初めて見る警備員が立っていた。風貌は若い。警備員が大輔の視線に気付き、警備員室を出てきた。「何か御用でし