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オリジナル作品「青春の決意」


 春爛漫。そんな言葉がよく似合う。桜の花びらが舞う正門。新しい制服を着た生徒たちがたくさんいる。


 加藤愛は、中学入学のタイミングで丁度、引っ越してきた。知らぬ者たちばかりの入学式。これを機に、自分の嫌なことはしない、そう決めてきた。陰口などは、最も嫌いな行為だ。絶対にしてやるものか。


 「明日から早速授業だから。忘れ物無いようにねー」

担任の間延びした声を聞きながら、立ち上がる。もうすでにグループが出来上がっている人たちもいる。慌てて、一人でいる女子に声をかけた。

「一緒に帰ろう」

彼女の名は、田中景子というらしい。自己紹介で、大人しそうな子だなと思った記憶がある。もっとちゃんと聞いていれば良かった。

「私さ~、陰口って大嫌いなんだよね。悪口言うなら、正々堂々と直接言えって思っちゃう」

「だから中学では、絶対陰口言わないって決めたんだー」

どうしてだろうか。自然と告白していた。彼女とは話しやすい。良い友人になれそうだ。

「えー、かっこいいね!凄い!!」

キラキラした目で見つめてくる彼女は、心からそう言っているように見えた。


 昼休み。昼食は自由で良いらしい。給食ではなく、お弁当だ。一緒に食べる相手は、自分で探さなければならない。

 

食事中、女子のリーダーといった佇まいの南明子に、話しかけられた。

「西って男子、暗くてキモくない?」

「私はそうは思わないかなぁ。悪口は良くないよ」

たった一言。その一言が引き金だった。

 ――陰口を言わない――

自分の信条を守るため、肯定するわけにはいかなかった。ああ言うしかなかったのだ。


 「加藤愛ってさ~、調子乗ってるよねー。かっこつけちゃっててダサーい」

「景子もそう思うよねぇ」

初日一緒に帰った景ちゃんが、南さんに話しかけられていた。気になって、チラチラと目線を送る。景ちゃんは、目線に気付いていそうだった。

「何とか言いなよ、景子ちゃん」

梶さんは、いつも南さんと一緒にいる。少し派手な見た目だ、と思う。

うろたえた様子の景ちゃんだったが、しかしとうとう、頷いた。


その日の帰宅時にたまたま、景ちゃんと目が合う瞬間があった。

「私は愛ちゃんみたいになれないよ」

涙をたっぷりと浮かべたその目は、しかしはっきりとした別れを意味していた。


 「加藤愛と話したやつは無視な」

南さんが発したその命令は、静かだったが、クラス全員が知っているようだった。


 誰に話しかけても、無視される。一緒に食事する相手もいない。一気に襲う孤独に、寂しさが押し寄せる。

中庭で一人、お弁当を食べていたら、後ろから声をかけられた。

「そんなとこで何してんの」

「佐藤……くん?」

彼は特別、何か言いたいことがあったわけではなさそうだった。ただ、少しだけ話をした。

「そういや、南ん家、今大変なんだって。ま、だからどうってわけでもねーけど」

そう言い捨て、去っていった。何故だかとても心地良い時間だった。


 部活動の体験入部に参加し、いつもよりも遅い時間の帰宅になった。帰り道を歩いていると、どこかから怒鳴り声がした。喧嘩だろうか。

「お前の教育が悪いんだろ」

「何でも全部、私のせいにするのね」

何かが割れる音までする。大丈夫だろうか。目の前にある家からの声らしい。表札を見ると、南、と書いてあった。人の気配がして振り返る。そこにはあの、南明子がいた。

「なんか用」

睨まれて、怯んでいた時、気が付いた。

「南さんの……お家?」

「だったらなんなの。どいて」

昼休みに、佐藤くんの言っていた言葉を思い出す。家庭に問題があるらしい。

「ねぇ、南さん」

「自分が傷付いているからって、人を傷付けて良いわけじゃないよ」

「それってただのやつあたりだよね。かっこ悪い」

気付いたら、畳み掛けるようにそう言っていた。はっとする。

「ご、ごめん」

そう言って、足早に逃げてしまう。ああ、なんてことを言ってしまったのか。


 次の日、覚悟して登校したが、クラスの様子は変わらなかった。いや、一つだけ変わっていた。

いつもは南さんの席で話している梶さんが、中村さんと話している。南さんは、一人だ。

次の日も、その次の日も、南さんは一人だった。

中村さんが、南さんの代わりになったみたいだった。梶さんは、中村さんと仲良くなっていた。しかし彼女がいない時は、彼女の陰口を言っているようだった。南さんの陰口も言っているかもしれない。

愛は考えた。私があんな事を言ったせいだろうか。一人の寂しさを知っているので、孤独になった南さんを、放ってはおけなかった。

「南さん」

返事はない。

「ご飯、一緒に食べよう」

「情けでもかけたつもり?」

生意気な口ぶりに一瞬腹が立ったが、ぐっと我慢した。

「寂しい時は、寂しいって言って、誰かと一緒にいるのが一番だよ」

一瞬、驚いた顔をした彼女は黙ってはいたが、お弁当の用意をしていた。一緒に食べる気になったらしい。その後ずっと、ただ黙々と食事をしていた。食べ終わった瞬間、意を決したように愛へ話しかけてきた。

「今まで、ごめん。」

「反省したなら、許してあげる。もうしないでね。私、愛、ね。」

「明子」

時間はかかるかもしれないが、案外と彼女とは仲良くなるかもしれない。そんな気がした。

 何を思ったのか、明子は突然、一人で食事をしている男子のもとへ行った。

「ごめん」

話しかけられた西くんは驚いていたが、愛は合点がいった。明子の悪口はいつも愛と、西くんに向けられたものばかりだった。

「何が」

「悪口、言ってごめん」

「別に」

「別にってなに。馬鹿にしてんの」

明子は導火線が短い。もう少し、気が長くなると良いな、愛は一人考えた。

「違う」

「じゃあ何」

「分かった」

明子はまだ、腑に落ちない顔をしていたが、また別の男子に話しかけた。

「アンタもなんか言いたいことあんなら言いなよ、秀才くん」

たしかに彼は、ずっとこちらの様子を見ている様だった。

「別に何も」

「は?」

やっぱり、導火線が短すぎる。白鳥健は恐々、といった様子で話した。

「適当に話合わせたほうが合理的なのは間違いないだろ。悪口くらい言って当然っていうか。面倒なことしてんな、って思って」

ああ、人のことは言えない。愛はそう思ったが、もう声は出ている。

「悪口って人を傷付ける、最低な行為でしょ」

「だからってわざわざ否定しても良いことないだろ。お前みたいに」

「寂しかったけど、信念曲げるよりまし」

「ふーん」


 あれからしばらくたったが、クラスの様子は変わらない。中村さんは人気者だが、いない時は陰口の標的だ。梶さんが裏のボス、といったところだろうか。景ちゃんも相変わらず、愛想笑いをしている。

健は、愛たちと仲良くなっていた。正直なところ、愛は不思議に思っている。

「健。私のこと、馬鹿にしてなかった?」

「今でも、わざわざ反抗するなんて馬鹿だと思ってるよ。ただ、愛たちといる方が、楽だからさ。ま、仲良くしてよ」

楽、の中に楽しいが含まれていること、本当は健も陰口を悪と思っていること、短い付き合いだが十分に伝わってきた。

明子はいつの間にか、西くんのことをとおると呼んでいる。今日も何か言い合いになっているようだ。

愛から改めて礼を言ったことで、佐藤君とも仲良くなった。とても気が合う。学、と呼びかけると笑顔を見せてくれた。


 気が付けば、正門にある池では蓮の花が咲いている。もう夏休みだ。愛は、晴れ晴れとした気持ちで、通信簿を受け取る。健がクラス一位だ。

仲良くなった皆、いい顔をしている。ああ、間違っていなかった。加藤愛の決心は、一層堅くなった。


stand.fm(本人の朗読)のリンクを貼っておきます。

一回目の朗読(少し文章が変わっている箇所があります)

最終稿

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