くらしあそビスト*ハルチン

ストレスをあそびに、トラウマを愛に✧ギフテッド&HSPチャイルドの子育て記録、ヨガとN…

くらしあそビスト*ハルチン

ストレスをあそびに、トラウマを愛に✧ギフテッド&HSPチャイルドの子育て記録、ヨガとNVCのリトリートを開催中。Podcast「ボサツ耳」配信♡https://is.gd/uDI4q5 公式ライン【風のラボ】https://line.me/R/ti/p/@076ecifb

マガジン

  • サードプレイス

    話題はなんでもいい。くだらなくても、オチがなくても、ただ受け止めてくれる相手がいる。 そんな希望を持てる場所。 ちょいと立ち寄ってみてください。 コメント・フォロー大歓迎です。

  • 脳と体と心

    ヨガと瞑想は、体と心のOSを入れ替えていくツール。  出来事に惑わされないレジリエンス(耐性)を育む。  自分自身とのつながりを実感する。  他者との質のよいつながりを感受する。  そして自在に、第6感を使って生きる。 そのためのエッセンスを集めました。

  • NVCノォト

    NVC非暴力コミュニケーションを学び日々実践する中で、気づきやぼやきをラジオ・文章で発信しています。

  • 読んだ本の反芻

    一度読んだだけでは、その本の表面にしか出会えていない。何度でも繰り返し、反芻するように読みたくなる本。そしてその本を経た後の、自分に残ったなにか、を表現したくて。

  • ギフテッドたちの居場所

    「ギフテッド」というのは、知性、精神性、創造性、芸術、リーダシップ、あるいは特定の学術分野において高い潜在能力を示し、また、そうした能力をフルに開発するには通常の学校教育にはない支援や活動を必要とする子供、生徒、若者を意味する[Wikipediaより]。全人口の2~3%程度いるといわれるギフテッドの子ども、その親のひとりとして、体験したことを綴っていきます。

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はじめまして。の自己紹介

はじめまして。 わたしは、ヨガをやっています。 なぜか?理由はシンプル。「幸せであり続けたい」からです。 ある人にとっては、おいしい食べ物かもしれない。あるいは他の運動や、人とのおしゃべりだったり。幸せであるために、必要な要素、それがたまたまわたしにとってはヨガだった、ということです。 わたしの20代は、苛酷でした。 憧れの仕事に就いたつもりが、心身共にすり減らし、お給料の大半を飲み代とマッサージ代に費やすような日々を送っていました。 そんな時に出会ったヨガが、自分自身

    • 自分の『本質』に辿り着く

      こんなに選択肢にあふれた時代はない、と思う。 選ぼうと思えばいつでも、自分の本質に沿う生き方を選べるし いつまでもそれにフタをして、新たな刺激に心を彷徨わせることもできる。 あらゆる哲学や宗教、ヨガや瞑想、武術やアート、旅や本や人との出会い。 本質に至る道筋は人それぞれだ。 同時に、本質から目をそらし、気を惹き続けるものもたくさんある。 日常のぬかるみに足を取られて、なかなか本質が立ち上がらない、ということもあるだろう。 人は、『誰かのため』とか『頼りにされる』ことで、

      • 学び、歌い、汗ばみ、そして寝る

        くらしあそビスト・ハルチンです。 こうしてnoteを綴るようになって早4年。 その間は、コロナ禍があり、子どもの進学があり、犬を飼い始め、そして友人知人にもさまざまな変化がありました。 わたし自身の変化は、やはりヨガを教えることを通じて、どんどんオープンマインドになっていった、ということです。 人の顔色を気にして言えなかった、いろんなモヤモヤも 人と比べて自分をジャッジする声も 全部まるっと認めて、オープンにすることで格段に生きやすくなりました。 ここからの人生は、イ

        • 「何が起こるか」ではなく、「必ず何かは起こる」というマインド

          わたしの知り合いに、マヤ暦に詳しいRさんという人がいる。 初めての妊娠中に知り合って、彼女の波乱万丈な人生(4人の子どもを生み育て、その間離婚もして、お母さん引退宣言もしつつ、常に新しいことにチャレンジしている)に勇気をもらったり、毎回刺激を受けている。 彼女が発する言葉には、受け売りではないホンモノの生活者としての実感がこもっている。わたしだったら二度と立ち直れないようなこと、人生を呪いたくなるようなことも、咀嚼し、呑み込んで(ビールとともに)笑っている。 そんな彼女と久

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        記事

          おみやげを配る、という生き方

          4日間、旅をした。 荷物はでっかいスーツケースひとつに、手提げトートバッグ。 子どもと自分の着替えだけなら、小型キャリーで十分なのだけど 帰りのスーツケースはおみやげで満タンになってて 自分でも意外だった。 20代はバッグパッカー旅行に夢中で ヨーロッパやアメリカを最小限の荷物で移動し お土産なんてものは、せいぜい自分の家族くらいにしか買ったことがない。 (もしかしたら自分用のしか買わなかったかも) 北海道に移り住んで思ったことは 「みんな、知り合い程度の他人によくお土産

          おみやげを配る、という生き方

          わたしたちは、つながりあって強くなる

          はぐママ設立前夜 それは、町の中のとあるカフェで起きた。 長男の就職にまつわる、さまざまな心配事。発達障がい、という個性を認識するまで、たくさんの無理を重ねたことによる二次障害。行き着くところまで行ってしまった、と後に回想するほどの状況に直面し、一人でずっと戦ってきた母が、はじめて弱音を吐けた場所。 同じカフェの客として来ていたYさんのひとこと『わかるよ』が、張り詰めてきたココロを一瞬にして溶かした。 はぐママ代表・龍至雅子は、たったこの4文字に救われた、と語る。 それ

          わたしたちは、つながりあって強くなる

          森のリトリート・モニター参加者募集【2024.5.3-5】

          2023年に、ワンデーリトリートというものを開始しました。 心と身体、両面からのアプローチで、自分本来の神聖なエネルギーとつながり直す旅をナビゲートさせてもらいました。 その時の感想が、こちらです⇊ 『すごく贅沢な時間でした。いつもと同じだけ時間は流れてるはずだけど、満足度がまったく違う』 『自分の気持ちを分類してみるって、楽しい作業。気持ちの言葉を拾ったときに、それを味わうのがすごい大事だと思いました』 『”本来の自分でありたい” だなんて、全く予想していなかった感

          森のリトリート・モニター参加者募集【2024.5.3-5】

          5年後のわたしへのプレゼント

          ここ数年、耳鼻科に行っていないことに気づいた。 以前は年に1〜2回、たいてい秋か春先に鼻づまりがひどくなって副鼻腔炎をおこし、耳鼻科に駆け込んでいた。 長男を産む時、産婦人科の先生の巡回に「鼻づまりが苦しくて・・」と訴えたくらい、わたしの弱点であり体調のバロメーターだった。かんでも、かんでも出てくる洟水は、「脳みそが溶け出てんのか?」と思うほどだったし、頭重感、そして横になって眠ろうとしても息が苦しくて眠れない、という三重苦に悩まされていた。 ここ数年、季節の変わり目に

          5年後のわたしへのプレゼント

          リトリートを始めます

          風のラボ、という屋号をつけたのは2018年の終わり頃だったと思う。 センスの塊のような建築家の友人に、「ヨガ教室を始めたいのだけど、なにかいい屋号ないかなあ」と相談していたとき。 「なんか、晴子さんからは風を感じるんだよねえ」 という返事が返ってきた。 そのときはまだ、「風の時代」という言葉も知らなかったので 「へえ、風かあ」 と意外な気もしたけれど、とにかくセンスのいい彼女の言うことなので、そのまま使わせていただくことにした。 ただ、ヨガ教室をしたいとは思っていたけど

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          わたしを誰よりも大切にする〜「性教育」が意味するところ

          先日、地元のおかあさんグループで「性教育座談会」を開きました。 「性について親子で話す」ということにハードルや、恥ずかしさを感じてしまうおかあさん・おとうさん。わたしもその一人です。 いきなりストレートな質問をされてドギマギしたり、正しい知識を自分も持っていないことに気がついて答えを濁したり・・ そんな親たちにちょうどいいボードゲームがあります。 一般社団法人sowledgeの「ブレイクすごろく」(※1) このすごろく、スタートの『誕生』からゴールの『成人』まで、マス

          わたしを誰よりも大切にする〜「性教育」が意味するところ

          ぜんぶ遊びの世界

          NVC的に言うと「ものごとを行う時の動機」それは「遊び」です。 はじめからワケのわからないことを言っているように聞こえますが、それが意味するところは、 物事を行うときに、「これは人生によろこびを与えるかどうか」で判断する、ということです。 決して、罰を与えられるとか、義務や責任、羞恥心や罪悪感から物事を行ってはいけない、そういう意味での「遊び」です。 「遊び」は人間が生まれたときからやっています。 赤ちゃんが指をしゃぶったり、手足をバタバタさせる行為も遊びの一種だし、子ど

          誰もが誰かに必要とされてる世界

          小学生のときに見た、忘れられない光景がある。 お正月、父の実家に親戚一同が集まった帰り道。 公園で寝ている人たちを見た。 初めてホームレスの存在を知った。 いとこたちと遊び、ご馳走を食べ、お年玉をもらってウキウキしていた私の気持ちは寒空に吹っ飛んだ。  なんでこの人達は外で寝てるの?  お正月、一緒に祝う家族はいないの?  誰かに心配されたり、心配したりしないの? 自分の信じていた100%の幸福、信じていた世界にヒビが入った瞬間だった。 ナイーブな子どもの心に衝撃を

          誰もが誰かに必要とされてる世界

          読書会をはじめます。

          NVC(Non Violent Communication)の学びは幅広く、どこから手をつけていいかわからない。 講座も色々なタイプがあり、どれが一番自分にしっくりくるか手探り。 そういう時、一番手っとり早いのが読書会だと思う。 わたしも「NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法」の約15ヶ月にわたる読書会に参加して(こんなにのんびりペースのものは珍しいと思う)、各章をじっくり読み返したり、月1回の会でシェアリングをしたりすることが、ムリなく自分のペースで学びを深めていけ

          読書会をはじめます。

          「心配」と「不安」の分岐点

          うちの娘がもうすぐ受験。 年末年始はかなりのんびりと過ごしてて、いったいいつやる気になるのか・・と思っていたら、直前でお尻に火がつきだした。 まあ、最悪落ちても行くところはあるので、そんなに切羽詰まって受験勉強しなくてもいいか、とは思っていたけれど、実は他にも理由がある。 娘は極度の心配性なのだ。 学校がある日には、寝る頃になると慌てだして明日の予定はどうだ、忘れ物はないか、宿題はやったかなどを2度確認しないと寝れないらしい。 そのくせ忘れっぽくて、朝になってお箸を洗って

          「心配」と「不安」の分岐点

          わたしたちは闇より光をおそれる

          「わたしたちがもっとも恐れているのは自分の無力さではない。自分の並外れたパワーだ。わたしたちが怯えるのは自分の闇ではなく、光だ。(略)自分の光を輝かせるとき、わたしたちは知らず知らずのうちに人にもそうするように許可を与えている」(マリアン・ウィリアムソン) 昨年末から、瞑想を積極的に行っています。 とはいえ、長時間の瞑想には、かなりの身体的苦痛が伴い・・ 私はいまのところ30分程度で背中や脚がつらくなって集中が途切れるので、せめて1時間くらいは続けられるようになりたいなと思

          わたしたちは闇より光をおそれる

          わたしたちは、罪人じゃない

          罪悪感って、持ってますか? たとえば 食べることへの罪悪感 消費することへの罪悪感 働かないこと、休むことへの罪悪感 人との関わりの中でも 人を怒らせてしまった、という罪悪感 人の期待に応えられない、という罪悪感 あるいは ただ生きているだけで、 誰かに迷惑をかけているのではないか、という罪悪感 この罪悪感って、いったいどこからきているのでしょうね? 生き物はみな、生まれてくること自体が贈り物です。 人も、動物も、昆虫も、新しい個体が生まれるから、その種が生き残れる。

          わたしたちは、罪人じゃない