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【コーヒー豆専門店に行こう】苦い=美味しいではなかったー後編ー

本エッセイは【コーヒー豆専門店に行こう】苦い=美味しいではなかったー前編ーの続きです。

「ミルクは入れますか?」と、その店員が言った。筆者は突然の問いにどぎまぎして、短く「はい」と返した。まだ緊張が解けていないのだろう、注がれた二杯目のトルマリン水にまた口をつける。程なくして、高さ3cmほどの小さなミルクピッチャーがコーヒーとともに出された。コーヒー豆専門店での初めてのコーヒーの水面は吸い込まれるように真っ黒であった。

果たして、自分に飲めるものなのだろうか?立ち上る湯気が、少しの期待と大きな不安を体現しているようだった。はじめにミルクを入れてしまうと、入れていない時とで味の違いが分からなくなるので、ひとまずブラックのままいただくことにした。その瞬間、筆者は生まれて初めてコーヒーというものを味わった。それは、今までに飲んだ市販のインスタントコーヒーや缶コーヒーとは全く別のものだった。

「何だ、これ!?」

思わず声に出してしまっていた。今まで大手コーヒーチェーンで飲んでいたものとも異なる、予想外の美味だった。舌はコーヒーそのものの苦味でしっかりと満たされているけれども、確かにそれは美味性を伴う苦味だった。この時、「コーヒーは苦ければ美味しいもの」という考え方は間違っていたことを思い知らされた。苦ければ何でもいいというわけではなかったのだ。

感覚的に言えば「まず、美味しいかどうか?」というのが先に来て、それを受けて「どのような苦味か?」というのが後追いしてくるのである。そのギャップを受け入れるまでの間、一つ混乱させられたことがあった。味が想像していたものとかけ離れていたのだ。偏見や思い込み、先入観というのは、本来見ることができたはずの世界に自らカーテンを閉めてしまうような行為なんだな、と強く感じた。

その味はコーヒーと言うより、かなり強く焙煎された黒豆茶に近いかもしれないな、と思った。半分ほど味わってから、ミルクを入れて再び飲んでみた。どちらも美味しいのだが、ブラックの方が確実に美味しかった。その時はじめて、人がコーヒーを求めて喫茶店に通う理由が分かったような気がした。

そしてしばらく、自分でもよく分からない深い感動に身を震わせた。自称、滅多なことでは感動することがない筆者ではあるが、それは時と場合による。偏見と意外性がもたらした落差が大きいだけに、感動の振れ幅はケタ違いだった。ーーーそういう感じで初めてのコーヒー豆専門店の体験は終わったのだが、いまでも筆者はコーヒー豆を求めてその店に通い続けている。SNSで店を紹介してくれた方には、未だに現実でお会いしたことはないがとても感謝している。

ところで、初めてコーヒーを淹れてくれたその店員は、つい最近独立してどこかに自分の店を構えたらしい。いつも見ていた顔が知らぬ間にいなくなっているというのは、何とも物悲しい気持ちにさせられる。だから、今では来店する度にその時のことを思い出すのだ。そして、初入店した2月には必ず思い出のムンド(ノーボ)を注文するようにしている。あぁ、今年もまた、そのコーヒー記念月がやってくるのだ・・・。

追記:このことがきっかけとなり、旅行先ではご当地のコーヒー豆専門店に必ず足を運ぶようにしている。そこで、コーヒーの抽出方法はたくさんの種類があるということに気づかされた。最もよく目にするペーパーフィルターを使ったペーパードリップ、アルコールランプを使うこともある見た目にもインパクトがあるサイフォン、蒸らしに特化して最高の舌触りを提供してくれるネルドリップ、金属フィルターで濾してコーヒーの油分まで楽しめるフレンチプレス・・・。様々な種類を試してみたものの、未だにこの店のペーパードリップ式を超えた味のコーヒーを出されたことはない。ちなみに、現時点で自分の中で美味しいコーヒーを出す店の2番手は出雲にあるふじひろ珈琲、3番手は(コーヒー豆専門店ではないが)御茶ノ水にある乙コーヒーとなっている。近い方は、どうぞ足を運んでいただきたいと思う。


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