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忌日雑感ー桜桃忌・憂国忌・アンドロメダ忌など

俳句の季語に忌日という項目がある。文学忌ともいうが、そのネーミングは概ねペンネームや雅号を用いたり、代表作であらわしたりする。もちろん斎藤茂吉のように「茂吉忌、赤光忌、童馬忌」と複数ある場合も多い。茂吉忌は2月25日。童馬忌は彼の歌論『童馬漫語』に由来する。

▢ 作品にちなむ忌日の有無について

よく分からないのが筆名や雅号以外の、業績や作品にちなむ名前をもつ忌日の有無についてである。夏目漱石の場合は漱石忌(12月9日)、森鴎外は鴎外忌(7月9日)のみ。これはどうなんだろう。茂吉には名前以外に2つあって、それと同格、いやそれ以上の文学的業績を持つ両者が筆名由来だけとは。漱石の弟子、芥川龍之介だって、龍之介忌以外に、河童忌、我鬼忌、澄江堂忌と3つもあるのに、である。

業績を基準にするなら、漱石、鴎外は5つ星作家なので5つくらいあってもいい。名作だって多いし、候補には事欠かないだろうと思うのだが。
 
 猫に顔見られゐるなり漱石忌    林 淳実
 野良猫に軒借られゐて漱石忌    尾池和子
                   

河童忌があるなら「猫忌」だってありでは?
3音はきびしいだろうというなら、「餓鬼忌」はどうなんだ。猫がいやっていうなら、「こころ忌」は?こころが病みそうでよくないか。かといって「三四郎忌」は三四郎の命日になる。「道草忌」「明暗記」「坊ちゃん忌」「夢十夜忌」うーん。どうやら忌日において漱石は、「河童忌」を超えられそうもない。

▢ 桜桃忌

鴎外はもっと気の毒である。彼の墓は三鷹の禅林寺にあるが、そこに太宰治の墓が後からやってきた。しかもはす向かいに。

6月19日は全国から太宰ファンがあつまる。現在はそういうことはないだろうがずっと前に、鴎外の墓に入ってそこから太宰の墓の前でポーズをとる仲間を撮影するふとどきものも多いという記事を読んだことがある。忌日の横綱、桜桃忌のなせるわざである。もちろん「太宰忌」もある。だが、この美しい名の忌日を前にしてはかすむといわざるをえない。
       
 他郷にてのびし髭剃る桜桃忌   寺山修司
 黒板に人間と書く桜桃忌     井上行夫
 黒々とひとは雨具を桜桃忌    石川桂郎


さすがにいかす句がならぶ。でも、「太宰忌」の句もがんばっている。

 太宰忌の雨を忘れぬ空であり     林裕子
 太宰忌やシャワーに固く目をつぶり  櫨木優子

太宰忌は上五がほとんどである。なぜか。理由は一つ。4音だからである。
下五に持ってきたい場合はどうする?

 人の目を避けたき一日太宰の忌     福場朋子

この手で解決。

太宰は生前、「花吹雪」という短編で「ここの墓所は清潔で、鴎外の文章の片影がある。私の汚い骨も、こんな小綺麗な墓地の片隅に埋められたら、死後の救いがあるかも知れない」と書いていた。美和子夫人がその亡き夫の意を酌んでこの場所に決めた、といわれている。それがこんな事態になるとは。死してもなお太宰は迷惑な人である。

 団子坂上り下りや鴎外忌   高浜虚子

鴎外忌で詠んだ句は少ない。この文豪にしてはそくそくとさびしい。
「舞姫忌」ぐらいあってもいいような気がするが。

▢ 忌日名の決まり方

それでは、忌日の命名はどうやってなされるのか。これについて興味深い記述が新潮社のサイトにあった。

 山崎先生の文学忌は、没後3年を迎えるにあたり、山崎先生の甥である定樹氏が中心となり、生前に秘書を務めた野上孝子さんや、生前交流の深かった新潮社、文藝春秋、毎日新聞社の編集者らが協議して決まりました。
 「船場忌」や「暖簾忌」など、山崎先生の作品を思わせるネーミングが候補に挙がりました。しかし、先生の作家人生の後半に書かれた社会派の作品の雰囲気が感じられず、ネーミング決定は難航しました。何時間も協議した後、山崎先生が「直球勝負」を好んだことから、名前をそのまま使った「豊子忌」となりました。

新潮文庫メールアーカイブス

山崎豊子が亡くなったのは2013年9月29日である。その3年後に文学忌の名前が、故人の遺族、縁のあった編集者らの協議によって正式に決定したとある。なるほど、作家の没後イベントにはこの手続きは不可欠だろう。
 三島由紀夫の「憂国忌」もこれと似通う部分がある。

▢ 憂国忌

Wikipediaには以下のように記されている。

1970年(昭和45年)11月25日に起こった三島由紀夫の割腹自決事件(三島事件)を受け、三島を哀悼する有志により「三島由紀夫氏追悼の夕べ」が同年12月11日に開かれた。この追悼会は林房雄を発起人総代とした実行委員会により、池袋の豊島公会堂で行われた。これが後の追悼集会「憂国忌」の起源となった。

憂国忌-Wikipedia


つまり、この追悼集会の名前が忌日名になったということである。ほかの候補として 「潮騒忌」「金閣忌」があがったという。金閣忌は音がやばいから却下は当然として、ぼく個人としては「潮騒忌」だなあ。

 憂国忌止まつたままの砂時計   墳崎行雄
 松籟の闇にたかまる憂国忌      鷲谷七菜子
 黒板をねんごろに消し憂国忌   柏原眠雨


桜桃忌で黒板に書かれた「人間」が憂国忌で「ねんごろに」消される。「憂国忌」は物騒なこと半端じゃない。
いかにも三島らしい。(苦笑)

▢ アンドロメダ忌

ぼくの知る、命名の由来がはっきりしている忌日がもうひとつある。
埴谷雄高(1997年2月19日没)の「アンドロメダ忌」である。

埴谷が宇宙に強い関心を持ち、寝る前にオペラグラスでアンドロメダ星雲を眺め、思いを巡らせていたことにちなみ、本人がその名前を希望した

雑学ネタ帳

埴谷本人が生前に決めていた、ということである。なるほど、これも「あり」である。さすが埴谷先生、誰にも迷惑もかけなければ手間もかけさせない、といいたいところだが、俳人泣かせの季語。

 アンドロメダ忌虚体は橋に密集し    須藤 徹
 アンドロメダ忌空家の電話鳴りにけり  関 悦史

字余りはどうしようもない。「死霊」は難しかったなあ。

最近亡くなられた作家、それにこれからのひとはこの三つのパターンで忌日の名前が決まっていくような気がする。

自然に、なんとなく、という感じでものごとが決まる時代ではもはやないのかもしれない。ひょっとして、AIとかが決めたりなんかして・・・。

▢ 付録:次の忌日は誰のもの?

 寒梅忌         菜の花忌   亡羊忌       檸檬忌   風信子忌
 吉里吉里忌 桜風忌        ひとひら忌  白桜忌   星座忌
 木槿忌      くちなし忌   帰雁忌        糸瓜忌     レモン忌
 ゲゲゲ忌     オリオン忌   ナイアガラ忌  石榴忌

○ 語群から選んでください。「菜の花忌」は人気で3名います。

【語 群】
      有島武郎     伊東静雄     井上ひさし    江戸川乱歩    大滝詠一
      梶井基次郎  河島英五     楠本賢吉        司馬遼太郎    高村智恵子
      立原道造      藤沢周平     中野重治         前田夕暮       正岡子規
      水木しげる    水上 勉     向田邦子       村野四郎        与謝野晶子
       渡辺淳一
  

渥美清は8月4日が命日。リンドウ忌です。命名したのは山田洋次。
12月10日、「男はつらいよ」の弟分、佐藤蛾次郎さんが逝かれました。
ふたりであっちでだんごでもくってるかなぁ。
忌日は絶対「ガジロウ忌」で。ぴったり5音。合掌。

かなつん __ʃ⌒ʅ__🖋 さんが答えをだしてくださいました。
答え合わせはコメント欄をご覧ください。


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