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美容室に行ったら、「楽しい」の賞味期限が延びた

髪がまとまらなくなると、たいてい調子も悪い。
定期的に訪れる私のジンクスだ。

元々毛量が多く、インスタントの乾麺のようなくせ毛。
現在はパーマをかけているが、広がるわ、縮毛矯正の名残でウエーブの弱い部分があるわで、日中は必ずひとつにまとめている。

加えてここ数年、ストレスのせいで生え際の白髪がしょっちゅう主張してくる。北朝鮮のミサイル発射くらい、うんざりする周期で。

2~3月は特に不安定で、鏡を見るたびに真っ白なアホ毛がぴょこんと挨拶をしてくる。まだらなこめかみを見るだけで10歳くらい老けた気がして、みぞおちのあたりが重くなる。

先日、夫と話をして、社会復帰のため就職活動をすると決めた。
経緯はまた別の記事にするとして、ハローワークや支援窓口に相談に行くにしても、まずはみすぼらしい白髪を根こそぎ排除したい。

だが、最近の不調は私をかなり怠惰にさせていた。

徒歩で息子を保育園に送り、前の日先送りにしていた美容室に今日は行くぞと息巻いていた。
けれど帰ってきてから15分ほど居間のテーブルに突っ伏し、地を這うようなうめき声を一言だけ発し動けずにいた。

どんな不調かというと、何かにつけ「楽しくない」「やる気が出ない」「つまらない」トリオのいずれかが頭の中に居座るのだ。
時々楽しいことはあるが、賞味期限は短く、ふとしたことでつまらない気持ちになる。時折声を上げて泣く。立派な抑うつ状態だ。

せめてもの抵抗として「セルフコンパッション」という、自分をいたわり思いやる行為を試した。そのとき書いた言葉を思い出す。

「低空飛行でもいい」。

行く予定の美容室は予約不要、余計な世間話もない。
どうせマスクをしているのだ。死んだ魚のような目をしていても、何も触れずに手を動かしてくれるだろう。

とりあえず立ち上がり、月の頭に買っておいたベージュの春物のコートをおろした。財布の中身を確かめ家を出る。
機械的に除菌スプレーを手のひらにすり込み、美容室の自動ドアをくぐった瞬間、まずは行けたことを心の中でほめた。お店に入ればこっちのものだ。

口頭でメニューを注文し、通された席に腰を下ろす。
最低限の会話以外は、しばらくの間投げやりな表情でぼんやりと鏡を見つめていた。もしくはくたびれた仕事帰りの中年サラリーマンのように目を閉じ、椅子にもたれていた。

幸い、この日の美容室はちいさな楽しみがいくつかあった。
ひとつは、カラーの待ち時間に読んだ料理雑誌に、おいしそうなラッシーの作り方が載っていたこと。
もうひとつは、有線で大好きなゴスペラーズの曲が流れたこと。
懐かしいシングル曲を手際の良いシャンプーの最中に聴いていると、すこしずつ心が安らいでいった。

最も懸念していたのは、「思ったような仕上がりにならなかったらどうしよう」という勝手な妄想だった。
とれかけのパーマと膨張したシルエットが気に入らない。かといって3ヵ月前に当てたばかりのパーマを繰り返すのは髪へのダメージが大きい。
くっきりしたウエーブが出るか心配だった。

調子が悪いときの考え方はあまり信用しないほうがいい。
毛量を減らし、落ち着いた茶色に染め、ムースで仕上げられた髪を見せてくれた美容師さんは淡々と告げた。
「きれいに(ウエーブ)ついてますよ」。

パーマなのか天然パーマなのか分からない、お笑い芸人の又吉や見取り図の片方よりも中途半端だった髪型が、いい感じに仕上がっていた。
ちゃんとパーマがかかっている人の髪型になっていた。

「どうもありがとうございました」。
入店時は迷子になってかけ込んできたようにつっけんどんだったのに、帰り際の声はずいぶん明るくなっていた。

雪解けの陽気を受けながら、ふと本の対談でコラムニストのジェーン・スーさんが語っていた言葉を思い出す。

私は昔、一世一代の大失恋をしてボロボロになったとき、ネイルサロンに行ったら、「女の悩みなんてお金で解決できないことはひとつもないんですよ」とネイリストさんに言われて、神かと思いました。
誰かに大切に扱われて爪をきれいにしてもらうと、気持ちは確実に上がる。
そうやってお金を使って自分の気持ちを一瞬上げられる美容というのは、自分の力で階段を上がるのはちょっと難しいときの補助台くらいにはなってくれる。
私のカントリー別冊 見た目を、整える P7より

赤の他人に大事に扱われて、気を悪くする人などいないだろう。疲れ切っているときは尚更だ。
ネイルサロンは行かないけれど、やっぱり美容室に行くことは、私にとって一種の「厄払い」なのだろう。

ちょっと嬉しくなったぞ。
いくぶん軽くなった足取りでドラッグストアに寄る。
貯まったポイントと10%オフのクーポンを使って、ロレアルパリのヘアオイルを買った。

楽しくなくて、つまらなくて、ドライヤー前のトリートメントすらつけるのをおろそかにしていた。
せっかくきれいにしてもらったのだ、もっと大切にしよう。

すっきりした髪と、テスターでつけたホワイトジャスミンの甘い香りが「楽しい」の賞味期限をすこし延ばしてくれた。


※ヘッダー画像はみんなのフォトギャラリーよりお借りしました。ありがとうございます。

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