なぜMBAは高く評価されているのか? 大学院政策との関係
日本の大学院特に博士課程の政策が再度話題になっている。
日本の博士課程に関係する政策は、大学院生の給与など、在学中のものが多い。それでも倍率は年々下がっている。政策の目的は基本的に専門的な人材の人数や質を上げることによる競争力の向上と言っている。
一方で「大学院」のカテゴリーでは雑なのは承知であるが、学費が異常に高い割に、進学希望者が後を絶たない大学院に欧米のMBAというコースがある。これらは、学費が高く給料なんて基本出ないが、進学を希望する人が非常に多い。
なぜなのだろうか?この理由を仕組みから見ていきたい。なおどちらがいい、という内容ではない。あくまで仕組みを考えている。予めご了承いただきたい。
PhDとMBAの比較
説明のために、PhDとMBAの一般的な傾向を整理しておく。大学やコース、グループに大きく依存するという前提の下で以下のような傾向になる。
なおここで想定しているPhDは、日本政府が重点化すると言っているような一部大学の一部STEM系分野の専攻を指す。
まず形式としてMBAは確立されたコースである。毎年大量の人数が採用されるMBAでは、選考プロセスが確立されており、対策も取りやすくなっている。
PhDは研究室(ゼミ)という中小企業に就職するような側面が強い。これにより採用基準は大学や学科どころか、採用の権限がある研究室やゼミごとにも異なる。一部ではコースに採用されてから、配属されるような形式もある。コースによってはまず空きが無ければ採用が無い。これにより採用難易度は研究室やコース、年次ごとにも難易度も形式も千差万別になる。
また給料が出る場合、採用側は、研究費などの形で身銭を切ることになるために、必然的に審査が厳しくなる。一方で大量に合格を出せば出すほど儲かるのであれば、それはもう枠を増やしてでも最大限に取ることを考えるだろう。
MBAは国にもよるが大体1-2年で、修了のハードルもそこまで高くない。入学できれば、辞めるなどよほどのことが無い限り修了できるだろう。一方PhDは専攻などにもよるが、3年以上どころか、下手したら10年以上在籍している人もいる。途中でクビや退学になったりもありうる。多くの場合クビになると修士号が貰えて退学となる。
MBAは基本的に学生が高額な学費を学生が払う。一方でPhDは専攻にもよるが、学費が免除で給与が支給されるコースも多い。
一方で、PhDは空きが無いとまず人員が募集されない。よって人数は千差万別であるし、数は少ない。そして大学の研究室は広告費などないので、メールの転送などで人づてで探すようなこともあるので求人が外に出づらい。さらに業者も特に儲からないので宣伝もしない。これにより余計に目に触れられない。
なおPhDでも入りやすいマスターコースに入って途中でコースを変えるみたいな一種の裏口・裏ワザとして知られているような方法も場合によってはあるにはある。ただそういう人は、知る限りで多くは修了できなかったのか、クビになったのか、知らぬ間に消えていたりするので、まあそういうことなのだろう。
修了後は、一部研究分野に限ってはPhDでないと相手にされないが、他の分野ではどちらも採用されうる。場合によっては、PhDは職種が1つ上のポジションであることもある。
なおMBA、Master of Business Administrationの日本語訳は経営学修士なので、こちらは修了が出来れば修士号である。PhDはDoctor of Philosophyの略で博士号である。学術的な位置づけではPhDの方が扱いは良い。PhDはDr.と敬称まで変わるが、MBAはあくまでMasterなので、Mr. Mrs. Ms. のままである。
この辺りは以下の記事と概ね同意見である。「高学歴プア予備軍」こそ、米ビジネススクールの博士号を目指せ
おおむね上記のような傾向がある。どちらがいいというわけではないが、MBAの方が標準的なプロセスが確立されている。
MBAと「コスパ」
よく言われていることではあるが、欧米のMBAは、実態よりも高く評価されている印象を受ける。
直接的にコースを体験したわけではないが、少なくとも課題の中身を見せてもらったものや、参加者の方々の説明から予想する感じだと「…MBAってこれで修了できちゃうのか・・・。」と思った例はちらほらある。
もしかしたら日本の理系修士の方が内容・実力ともに高い可能性すらあるように感じた。
しかしながら、現状でも日本の理系修士よりも、欧米MBAの方が高く評価されている傾向があるように思われる。少なくとも日本の理系修士はシンソツ待遇である。
経済学部ではMBAの他にもDBA等の別のコースもある。そういうコースに在籍している方々の話によると「脇で見ている感じだと、MBAの人たちの就職とか実績、正直…(笑)って感じになっちゃっているよね。」という話題は、少なくとも何回かいろいろな国籍の方から出たことがある。(ソースが用意できず申し訳ない)
しかしそれでも卒業後に評価されるのであれば「お買い得」や「コスパ」という一定の界隈で馴染みのある単語との相性が良いことになる。
特殊な機材が必要なわけでもなく、内容はYoutubeや書籍で学べる内容であるともよく言われている。
そして学費が高い。しかしそれでも進学希望をするのは修了後のキャリアの期待値が高くなるからだろう。
儲かる
端的に言えば、MBAは設置大学や周辺産業を含めて「儲かる」。これで大体の説明がつく。
単価が高い
まずMBAは、巨額の学費を払ってでも進学をしたい人たちが多い。進学自体の学費が高ければ、対策費用が高くても受け入れられやすい。
高いインテリアの付属品は、少々高くても売れやすいのと同じである。
さらに社費派遣などで対策も経費になる場合もある。この場合、余計に経費を使う方向に力もかかりやすい。
ただ、蛇足だが社費派遣の場合、辞めるのは難しくなるらしい。留学費用 3000万円の返還命じる 帰国後すぐに退職 東京地裁
人数が多い
MBAは確立されたプロセスで、さらに合格者も出願者も人数が多い。合格者の人数が多いと出願者も多い。これはマーケットの大きさを意味する。そして毎年行われるプロセスである。更に卒業生も多いと、宣伝する際にも良い「うちの母校が1位だ!」と二次的な宣伝をしてくれる可能性も高まる。
新年のおみくじで大吉を多く入れて置いたほうが神社の人気が出やすいのに近いか。そんなもんか。
間口が広い
MBAコースは様々な採用をするために間口が広めである。このことが更に「私でも頑張れば受かるかも?」と感じる層が増えるためさらに、潜在的なマーケットが広がる。スクールなどの業者としては好循環となる。
日本の大学受験予備校のコースで、入学することによる付加価値が高いが科目数が多く難易度が高めな東大コースや医学部コースよりも、科目数が少ない割には卒業後の評価が高くなりがちなコスパ重視の早慶専願コースの方が、より多くの人が興味を示す状態にも近いように見受けられる。
再現性が高い
PhDの選考は、もはや研究室という中小企業への就職であることは上でも述べた。どんなにスコアがあろうが、実績があろうが、一緒に働く教員と馬が合わなければ採用はされない。逆に言えばスコアが無くても、一定の実力と馬が合えば採用されることもある。また、ポジションに空きがないと採用もされないし、一気に空いた場合にはハードルも下がるかもしれない。これはもはやタイミングと相性の問題なので、試験対策のような汎用的な対策が難しい。
一方でMBAの選考は、推薦状もあるが、テストのスコアやエッセイにより主に行われる。一定の確立された選考プロセスである。これは確立されたプロセスを研究し、対策をすれば、選考を再現性が高く通過することが出来ることを示している。これは予備校のように、各種スコアを上げて対策をする業者が事業を展開しやすくなる。
同時に、MBAコースは入学さえできれば、自主的にやめない限り大半は修了出来る。この傾向は社費派遣や官費派遣のような厳格に期間が決まっている制度とも相性が良い。
一方でPhDでは、入学が出来ても、修了できるかが分からない。少なくない人数が途中でクビになって修士号(お土産マスター)をもらって退学ということもある。修士号すらもらえないこともある。クビにならなくとも、何年も修了できずに10年単位で在籍している学生も中にはいる。教員が転籍して研究室がなくなることまであり、最近ではBrexitやコロナなんていうのもあるため、時代や運の要素も強い。
私は運良く修了が出来たが、順調にいったわけではないし、一歩間違うと大幅遅延していた可能性もある。同時に周りにクビになった人もいる。下手をしたら私もクビになっていたかもしれない。そして当然うまくいかなかった例は表には出てきづらい。お土産マスターの人も、あまり話したがらないだろうし、退学になったという事実をひた隠しにする例も見かける。
これでは派遣側の視点から見れば、短期間で確実に修了してもらいたい社費や官費とは相性は悪くなる。
人数が多くマーケットが大きく、巨額の金が動き、再現性が高いとなると、業界が発展するのは当然だろう。
ビジネススクールや対策予備校は、なるべく多くの人が出願してくれた方が収益があがる。希望者が多いと塾などの周辺産業も発展する。
対象を持ち上げて憧れさせ、潜在的なMBA出願に対して、モチベーションを上げることが重要となる。「そして入学すればどうなるか?」を積極的に宣伝し、煽り、進学希望者を増加させる大きなインセンティブがある。
アフィリエイトサイトのランキングなどでもそうだが、売りたいもの、売ることで得をする人が多いものが、ランキングやヒエラルキー上位に位置づけられやすい傾向がある。ランキングはある程度好きにいじることが出来る。
これらをまとめると、MBAを持ち上げておくことがほぼ全関係業者の利益につながるために、MBAを持ち上げている。これはある種、一部のトップ選手を持ち上げて、憧れさせるスポーツや声優の専門学校と構図が同じである。
リスクの観点から考えるキャリアにおける分布/期待値/確率
さて逆にPhDの場合、採用基準が対策が千差万別であることから、塾やスクールも対策が取りづらいために発展しづらく、人数が少ないのでマーケットも小さい。研究などが絡むと一般業者では対応が余計に難しい。これでは発展しづらい。実際にPhDの出願でスクールで対策していたような人はあまり聞いたことが無い。
こうなるとPhDを持ち上げたり積極的に宣伝をすることで得をする(≒儲かる)人がほぼいない。このために積極的に宣伝をしたり持ち上げたりする人がほぼいなくなる。むしろMBA関係業者は、PhDについてはひた隠しにしたほうが得である。アフィリエイトに参加していない商品が、アフィリエイトサイトでは紹介されない状態に近い。
結局、関係者がTwitterなどで投稿しているような情報にとどまっているのが現状である。そしてなんだかアカウントのクラスタが似ているように感じられる。
これらをまとめると、客観事実や勧誘をしている業者なども本音では、次のようになるのではないだろうか。
「確かにうまくいけばPhDは学費を払う必要もなく給料も出て、結果的にはコスパという意味でも良いかもしれない。ただ採用される人数も少なく合格しづらいし、仮に君が出願しても、無事に卒業はほぼ無理だろう。奨学金もまずつかないし、コースに受かるかもわからない。一方で高額な学費がかかるが、結構な確率で入れ、修了も出来るコースがある。MBAっていうんだけど、こちらはどうだろうか?」
ただこの表現が客観事実に忠実であったとしても、この表現はあまり表には出てこない。このような「セールストーク」をされると、志願者の出願意欲が下がってしまいセールスにならない。
むしろ逆に次のような宣伝をするはずである。
「(PhDは、大変なだけでコスパも悪い。あんなものは俗世から離れたモノ好きがやるもの。一方で、)あなたみたいなお目が高い賢い人にはMBAをおすすめしたい。MBAならコスパもいいし、うちのスクールで対策をすれば、合格しやすいしキャリアアップに直結する!是非うちのスクールで対策をしよう!高い値段の対策コースもMBAに合格すればすぐに元が取れる!」
そして実際そうなっている。
終わりに
なぜMBAは高く評価されているのか?という問いに対しては、MBAの進学業界全体が儲かるので、高く評価しておいた方が得をする人が多いためであろう。
そして進学者としても在学中の学費が高くても、修了後に元が取れる、コスパ・費用対効果の高い進学のであれば、進学希望者は集まることが分かる。関係者の利害関係が一致している。
冒頭の日本の大学院に関して言えば「国際競争力を保つために博士を増やす必要がある」という問い自体が疑問ではあるが、人数を増やし在籍する人材のレベルを上げていきたいのであれば、上記のMBAのように修了後のキャリアアップの保証までとはいかなくても、高い期待値が有効なように感じられる。
昨今の政策については別の記事にまとめた。
当記事は、以下記事からの一部改変・転載です。
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