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ドライバーは未来のモータースポーツに必要なくなるのか?

こんにちは、ドイツレースチームでエンジニアとして働く山下です。
ご存知のように、近年のテック系のニュースは深層学習などAI系の話題ばかりです。自動運転技術を代表に、その影響はレース業界にも来ています。

個人的に興味があり、調査する中で面白い論文を見つけたので紹介します。

(1) 走行ラインを自己学習するレーシングカー

Youtubeの実験動画が面白いので見てみてください。AIで走行ラインを学習するラジコンカーが走行しています。動画右下に周回数とラップタイムがあります。学習するにつれ、走行ライン取りが実際のレーシングカーのようになります!なんと縁石も使います!! 笑
ラップタイムも初期は18.8秒ですが、最終的には6.1秒と約1/3になります。


論文の概要をまとめると、
「1/10スケールの自動運転レーシングカー制御の手法を提案した。LMPC(Learning Model Predictive Controller)を用いた。前周回データを元に、安全集合 (safe set)と評価関数(value function)を計算して周回毎にアップデートする。走行ラインの収束後は横G(加速度)は1Gに達した。

うーん、なんか難しそうです。まあ、制御云々は置いておきましょう 笑
注目すべきは、最後の文章です。

1Gの加速度とは、僕らが一般車に乗って急ブレーキを踏んだ時くらいの値です (普通のブレーキは0.3G以下とも言われます)。この場合、ドライバーは車の進行方向に力を受けます。論文記載の加速度は横Gで、コーナリング中に受ける力 (=遠心力)を示します。その大きさが急ブレーキをかけた時と同じくらいなのです。僕らのような一般ドライバーにとっては非常に大きな負荷であることが分かると思います。

レースに詳しい方は「F1ドライバーにレース中にかかる最大5Gの負荷に比べると大した事は無い」と思うかもしれません。しかし、F1に代表されるレース車両は、ウイングとフロア (車両の底面)の風の流れによるダウンフォース、走りながら高熱になる事でゴムが溶けていくタイヤを使いコーナリング速度の限界値を高めています。ものすごく高性能な車両を、その限界値で走らせることが出来る人間がプロドライバーです。

論文で使っている車は、ただのラジコンカーです。ダウンフォースはなく、タイヤも溶けません笑
そのため車両の限界値はかなり低いはずです。それでも1Gの加速度が発生する領域で走っています。論文にも書かれてありますが、AI制御でも、学習後は車の限界付近で走らせることが出来ているようです。つまりドライバーとしては非常に高いレベルに達しています。

(2) ドライバーの居ないモータースポーツには存在価値がないのか?

このような研究結果を考慮すると、レースドライバー無しのモータースポーツの実現も可能に思えます。実際に規模はまだ小さいですが、Roboraceという自動運転レースシリーズも存在しています。2021年からはドライバーとAIが共同でレースを行うことが発表されています。しかし、彼らの最終目標は完全自動運転レースの選手権とアナウンスされています。レース業界にとってこれは正しいのか?

ドライバーの居ないレースはつまらないと思いますか?
ドライバーは絶対に必要ですか?

個人的には、そうは思いません。僕は子供の頃、ミニ四駆というプラモデルが大好きでした。毎日改造して、街で開催される大会に出場してました。レース業界はミニ四駆を改造して、大会に参加することに似ています。大きな違いはドライバーが居ないことです。それでも僕は、サーキットをぐるぐる回るミニ四駆を眺めているだけで幸せでした。何周でも見ていられたし、そのカッコ良さに惚れていました。
もちろんドライバーというシンボルが居なくなると、ファンとの関係性が難しくなるかもしれません。しかし、僕がミニ四駆にハマったようにドライバーが居ない、自動運転レースを好きになってくれる新しいファン層はいるはずです。

(3) 未来のモータースポーツにドライバーは必要か?

自動運転レースが存在する未来に、プロドライバーは必要なのでしょうか?僕の回答は "Yes" です。自動運転レース車両が完成すれば、ドライバーはAIの走行方法を学べば良いと思っています。これは他業界を見れば明らかです。AIとプロドライバーのコラボレーションによって、レース業界は新たなフェーズに突入することが可能だと考えています。

僕は囲碁が好きです。2016年にはDeep mind社が開発したAlpha Goという囲碁AIソフトが世界トップのプロ棋士を破りました。5番勝負で4勝1敗。僕が小学生の頃は、僕がソフトにハンデをあげても勝つことが出来ていました。そのため、プロ棋士が負けたことは、衝撃的な出来事でした。囲碁AIはその後も開発されて、現在はプロ棋士がハンデをもらっても勝てません。そんな囲碁界ですが、プロ棋士の魅力は落ちていません。現在、多くのプロ棋士はAIソフトを使い勉強しています。その中で、新しい定石 (研究済みの双方が最善を尽くした戦法)も次々に生まれてきており、非常に魅力的です。AIソフトの考えを解読する出来るのは、プロ棋士しかいません。AIとプロ棋士は新たな世界を創り出しています。

「20代の名人はありえない (坂田栄男 23世本因坊)」と言われた囲碁界では、令和2年に、まさかの10代名人が誕生しました。芝野虎丸名人はAIを使い戦法を勉強しているようです。囲碁の世界は実世界の縮図であり、既に起こっていることがレース業界にも必ず到来します。

定石を始めとした囲碁界の常識に大変革が起こったように、レース業界にも変革はきます。そこに対応できるのはプロドライバー、エンジニア、メカニックです。

僕は将来、AIの走行方法を学んだトップドライバーが出てきて、レース業界の記録を次々に更新してくれるをこと期待しています。

そして、願わくば「日本人ドライバーがいいな」と密かに思っています。

読んで頂きありがとうございました。
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ps: 上述の論文は下記リンクで公開されています。ご興味のある方は読んでみてください。

https://www.researchgate.net/publication/337201176_Learning_How_to_Autonomously_Race_a_Car_A_Predictive_Control_Approach


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