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小説|メルクリウスのデジタル庁の年末 第3話 年末気分と仕事


今日のテラはグレゴリオ暦の2020年12月31日。

デジタル庁のあるメルクリウスと各惑星の一年間という概念は異なっている。各惑星の公転周期が異なるため、一年の締めくくりは惑星ごとに異なるのだ。またテラのように1年を12の月に分け、年末を12月31日と定めている惑星もあれば、冬至などの季節の変わり目で区切ったり、その年一番日の明るさが長い日と定めている惑星もある。

ヘリオスには一年という概念すらなく、曰く「毎日が一年の始まりのようなもの」とのこと。常春の惑星ウィーヌスでは、ある花の開花日を新年と定めている。

どの惑星でも共通しているのは、何らかの形で年末年始を寿ぐ習慣だ。

メルクリウスはテラの公転周期からすると、1年間に3回は新年を祝う計算となる。私の暮らすテラからの転生者のエリアは地上と同じグレゴリオ暦で日にちを数えているため、入庁直後はメルクリウスのカレンダーに慣れるまで少し時間がかかった。

庁内で支給されるカレンダーには、各惑星の年末や新年の日、月齢などが記載される。惑星に月などの物質のバイブレーションに影響を与える衛星がある場合、どの日付にマザーコンピューターでの閲覧回数が増えるかの予測がついた。

衛星からのバイブレーションは、生物の身体に精妙な影響をあたえ、生物の体にあるエーテルを活性化させる。テラを例に挙げると、一番活性化の率が高いのが、テラで呼ばれる満月という日で、その日の夜は生物の睡眠時にそのエーテル体が体から離れやすくなる。

普段から地上の生物が夜にエーテル体のままこちらに来て、タブレットで何らかの検索をして知識を得たり、普段は地上でなかなか会えないグループソウルの友人と会うなどをすると、その記憶の断片を夢として地上に持ち帰ることになる。

1年の区切りとされる日の前の満月は特にエーテルの活性化率が高く、特に今日のようにグレゴリオ暦最終日の満月の日は、デジタル庁のみならずどの情報館でもテラの地上からの多くの来館者を見込んでいた。

「今日はテラの年末ですね!忙しくなりますね。少し早いけれどよいお年を。」通りかかったウラノスチームのシンイーさんが声をかけてくれた。

「テラ時代はよく爆竹を鳴らして、赤い提灯を沢山飾って年末年始を思い切り祝って楽しんだんですよ。あれだけは今も忘れられないですね。今年もテラチームではお祝いなどされるんですか?」

「今年は千佳のいたイアポニアの伝統を取り入れて、納会という軽食と飲み物をふるまう行事をやる予定です。そのあとオールド・ラング・サインを歌おうかと。」サラさんがうきうきしながら答えた。食べ物と飲み物という、固体や流動体を体に取り入れるのはテラならではの習慣。これを体験したくてテラの年末を楽しみにしている職員もいるくらいだ。

「ウラノスでは、今頃はまだ昼の季節。夜の季節に切り替わるのはまだまだ先の事ですが、その時は思いっきり祝おうと今から計画しているんですよ」

シンイーさんは続ける。ウラノスの季節は2つ、昼の季節と夜の季節で、一度昼になるとテラ暦で42年間は昼が続き、残りの42年間は夜が続く。基本的に地下に暮らす住民の体のサイクルに影響はないが、季節の変わり目がはっきりしているので、季節が変わったときの喜びはひとしおだ。

ひとしきり年末年始の話題に花を咲かせた後、私はタブレットに向けた右手に集中した。

登庁してまずやるべきことは、この数時間の間に地上の生命を終え、こちらに戻ってきた魂のフォルダーを確認し、保護すべき情報に鍵をかけていくこと。

生命体は地上でのその命が終わると、肉体からエーテル体が離れ、肉体とエーテルを結んでいるコードが切れ、本格的にこちらに戻ってくる準備ができる。そのタイミングでその生命体の命の記録のフォルダーは書き込み不可となり、一つの人生としてマザーコンピューターに記録ができる。

地上での経験値が高く、知識や体験を豊富に蓄えた魂の記録は、充実してフォルダーの容量も重い。フォルダーの中にはその魂が見たものは動画ファイル、感じたことは文章ファイル、聞いたことは音声ファイルとして保存され、今後このファイルが情報収集などでアクセスされた場合に音声付きの3Dの映像としてタブレットから閲覧ができる仕組みとなっている。

鍵の保護の申請があった魂のフォルダーを画面上で一覧にしていく。こうしたフォルダーに触れるとバチッという電気反応があり、フォルダーの検索画面から追い出されることがある。申請内容は通常は生きた記録を死後ある程度の時間が経たない限り外部に出さない、ということだ。

申請を上げる魂で多いものは、地上での生を全うした後は無になる、と固く信じていた魂や、無神論者、魂という存在は科学的ではないと否定し続けた魂、それに凄惨な運命や激しい自己嫌悪で心の傷を負い、自分の人生をしばらく振り返りたくない魂などがある。傷がいえるまで他からの閲覧不可にしたい、という気持ちがある。

電気反応があるフォルダーのままでは、一見保護されているように見えても、魂のバイブレーションが近い存在の場合はそのフォルダーを開けて、本人が希望する前にフォルダー内を閲覧できてしまう可能性がある。まずは感電しないように防御しながら各フォルダーに鍵をかけていく。

映像や音声、文章での記録が終わったばかりのフォルダーは若干もろく、鍵をかけるのには自分のフォルツァを精妙に操作する必要がある。テラの感覚では、伸ばしたねり消しゴムやブルータックなど、柔らかくもろい繊維の塊を想像していただければよいかと思う。触れるだけで壊れそうになるフォルダーも少なくない。最後に祈りの言葉のバイブレーションをかけて締めくくる。

いくらこちらに帰還した魂であれども、地上ではその変化を死と呼ぶ。

死を悲しむ人々や動物のバイブレーションも感じられるため、やはりこちらに帰ってきた喜びのほか、かの地での別れに対しては魂の平穏のための祈りの言葉をささげるのが常である。また、祈りの言葉にはフォルダーを強化する作用があり、今後情報収集等でアクセスがあった場合に情報漏洩、不正アクセスや、フォルダーの破損などを防ぐ役割がある。

またこの祈りのバイブレーションをかけることで、フォルダーには私のIDが記録される。だれがどのタイミングでフォルダーのチェックをしたか、私のバイブレーションも最終アクセス者としてマザーコンピューターに記録が残るわけだ。

申請が出された魂のフォルダーの処理が終わると、今度は申請のなかった魂のフォルダーの確認がある。こちらは量が多いほか、隠しファイルというやはり鍵をかける必要があるフォルダーが混ざっているので、慎重を期す必要があった。

申請のされていないフォルダーの中でも、一般に公開してよいと魂が判断しているフォルダーは非常に開きやすい。今日、この未申請のフォルダーを一覧にしてみた所、早速2つのフォルダーが開いてしまった。

一つはテラにあるアフリカのジンバブエでその一生を終えたばかりのバオバブの木だった。樹齢は1032年。長年サバンナを見渡し、水を貯え、土地を支える役割を果たしてこちらに帰ってきた。長年人や動物、天候や気候の変動を観察し、知識や哲学にあふれている。

もう一つもやはり樹木で、ニュージーランドにあったカウリの木だった。この木の樹齢は1852年。やはり天候や気候変化などの知識や経験が豊富で情報用も多い。2000年以上生きる樹木ではあるものの、こちらは少し早めにお役目を終えたようだ。

二つのフォルダーを閉じると、私はフォルダー一覧を見ながら、メインのフォルダーから紐づけられている小さな隠しフォルダーを探していく。この中には、本来なら個人またはその関係者以外に一般に公開してはならない情報も入っている。

大概の場合そうしたフォルダーの持ち主は、急な病や事故等で亡くなり、死に対する心構えもないまま、地上を去ることになった魂だ。事前に自分の人生の個人情報の開示範囲を決めることもないまま、死を迎え、こちらに来ることになった魂のフォルダーには、やはり本人と関係者以外には公に知らせたくない記憶がある。こうしたフォルダーに鍵をかけていくには、惑星の資格をもった人間が必要というわけだ。

フォルダーの様々なバイブレーションに対応しながら、私は慎重に鍵をかけていった。

先ほどのメインのフォルダー同様、フォルダーは柔らかく慎重な対応が必要なうえ、情報量の少ない隠しフォルダーは往々にしてサイズが非常に小さい場合がある。そこに鍵をかけて保護していくのには集中力のほかにバイブレーションの使い方がものを言う。

私は時々クリスタルのバイブレーションの力も借りた。精密な作業をする場合の補助器具のようなものだが、フォルダーによっては惑星間を転生し続けている魂の記録である場合がある。テラの魂のバイブレーションに他の惑星の魂のバイブレーションが混ざっているのだ、そうしたケースの場合、クリスタルのバイブレーションが非常に効果的な場合もあった。

この鍵がかかったフォルダーを誰かがこじ開けようと試みると、すぐにデジタル庁および近隣の警備隊のアラームが鳴る仕組みになっている。フォルダーを開けようとした魂はすぐに警備隊の手に渡り、アクセスを事前に申請していたか、正当な理由があるかどうかを入念にチェックされる。デジタル庁ではこうした不正アクセスの記録をとっており、不正アクセスの手法を確認した後、フォルダー保護の脆弱性を検証した後、新しいファイル保護の方法を、SEを交えて構築していく仕組みになっている。


(続く)


(このお話はフィクションです。)

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