スペイン：旅人の喉を潤すサングリア
大分昔の事。当時勤めていた旅行会社の同僚が辞めることになり、前途を祝して課の皆で一席設けることになった。その同僚が好きなスペイン料理を食べに行くことになり、たしか当時入社二年目ほどの社員の方々が美味しいお店を見つけてきてくれた。
スペイン人の方が営むそのお店は会社から程近くにあり、その日は店が団体用の個室を用意してくれていた。定番のパエリアなどに舌鼓を打ち、ワインも進み、かなりへべれけになった我々に、何か追加はございますかと店主の方が尋ねてくださった。その時、誰かが「サングリアが欲しい」と声を上げた。
店主の方が若干うろたえた様に見えたのが気になった。キッチンに戻った店主の方は、大きなピッチャーに入れたサングリアを三つほど持ってきてくれた。オレンジなどの果物のたっぷり入ったそのサングリアは冷たく、酔いが回った我々にはありがたい一品だった。
しかし、その後も店主の方のさえない表情が気になった。何か粗相でもしてしまったのだろうかと心配したのだが、その後、恐らくだがその理由が分かった。
サングリアと言えば、海外旅行に携わる旅行関係者にとってはありがたいものである。海外のパッケージツアーだと、約一週間余りを団体行動で各地を回ることになるのだが、旅行商品を高額にしない範囲でお酒もお出ししたい、という企画がお客様から良く出る。その度にお客様のイメージ通りのお酒を見積もるのだが、その一杯でお一人様当たりの単価がぐっと上がってしまう。
ツアーの企画段階で色々とお客様と相談をし、多少高額でもこの企画で行ってみようという時はそのまま商品となり、やはり値ごろ感を重視したいと言う時はあきらめる、というパターンが常道だった。
サングリアは、その中でも比較的ツアーに組み込みやすい値段のお酒の一つだった。値ごろ感を求められるツアーではやはりNGが出てしまうものの、暑い季節のスペイン旅行で、港町でお出しするにはもってこいの一品だった。
しかし、ある時スペインでガイドをされている方とお話しする機会があったのだが、サングリアはどちらかというと観光客向けのお酒で、地元の人はあまり飲まないという話を聞いた。観光客向けのお酒があるなどという事を聞いたことが無かったので、もう少し詳しく聞いてみた。
「あれは、果物がたっぷり入っていて、ワインを薄めてしまうでしょう？スペイン滞在中に沢山果物を見たり食べたりして、盛り上がっているお客様には良いと思うんですけど、地元の方々の飲んでいる物とは少し違うのよね・・・」
そこで、地元の方が飲んでいるのはどのようなものか尋ねてみた。すると、
「やっぱり薄めないワイン。もしカクテルの様にワインに何か入れるとしたら、レモネードの様なものを入れるかしら。でも、それも家で飲むというよりも、ビーチで飲むものかもしれないです」
なるほど・・・と、そこまで聞いて、私はスペイン料理店のご主人が浮かない顔をされていたのを思い出した。薄めないワインをさんざんに頼んでいた我々が、最後にオーダーしたのがサングリア。最後に追加するには手間もかかってしかも薄めたワインとあっては、ちょっと複雑な気分になられたのだろうか。
サングリアには何の罪もない。むしろ、観光客の特別な時間を盛り上げてくれる素敵なカクテルの一つだと思う。スペインにいる間にオレンジの生った木々を見かけたり、食後のデザートで出てくる果物を味わったりした後で、軽く飲めるお酒としては見た目も華やかで、味もすっきりしていて、外国人の気分を盛り上げてくれる飲み物の一つだろう。
これを考案した人は誰なんだろうといつも思うのだが、なかなかルーツまではたどり着けていない。きっとどこかのおもてなし上手なレストランかバルのご亭主かおかみさんが作ったものが評判を呼んだのかな、などと推測するが、未だその出所は謎のままだ。
地元の方々があまり飲まないカクテルであっても、異国情緒たっぷりにあふれたサングリアは、きっと今後もスペインを訪れる旅人の喉を潤してくれることだろう。柑橘類などが氷と一緒にたっぷり入った冷たいこのカクテル、今年の夏に作ってみようかと今から思案して止まない。
「ヨーロッパのお酒と旅」の連載の一部が、Amazonより書籍となりました。
日本及び世界各国のAmazonで購入可能です。
ペーパーバックとKindle Unlimitedの電子書籍の両方をご用意しております。
また姉妹編の「ヨーロッパのお酒 歴史と旅」もAmazonより書籍になりました。全世界のKindle Unlimitedで無料ダウンロードが可能です。
サンプル記事をマガジンにまとめております。ご興味があられましたら、覗いてみてください。
立ち読みへのリンクはこちらです。ぜひ一度お立ち寄りください。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか？