小説 | 島の記憶 第31話-発見の時-
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タネロレの言っていた大宴会が近づいた。私達巫女は、当日披露する唄の稽古に余念がなかった。私は一曲だけ歌うことになっていた。以前タネロレが言っていたこの町の最初の人から順に名前と何をやっていたかを歌う唄は、あまりに長すぎるので次回の宴会に向けて改めて稽古しようということになった。
宴会の当日の朝が来て、私たちは街の広場へ向けて出発した。神殿からは少し遠いので、私たちは早めに出発した。この日のための準備はすでに街の人たちが広場で何日も前から行っているという。
到着した広場を見て、私は感動した。私の村がまるまる一つすっぽり入って、それでも足りないくらいの広さの草地が広がっている。晴天の元だが、中央には薪が置かれて赤々と燃える火が見えた。
広場に向かって中央には大きな木の椅子が何脚か据えられ、プルメリアとブーゲンビリアの花で飾られている。そこには街の長と来賓が座るという。
街の人たちはすでに何人かが集まっており、子供たちがはしゃいで広場を駆け回っていた。料理を担当している人達は、豚の蒸し焼き肉だろうか、それの最期の支度に余念がない。その蒸し焼きの数を数えてみると、ここには100名以上の人が集まるのではないかと思った。
私は自分の声が伝わるか、武者震いをした。
広場には人がどんどん集まり始め、その人数と熱気に圧倒された。やはり百人以上はいるようだ。このような大勢の熱気に私は圧倒されそうになった。
街の長が、来賓を伴ってやってきた。その来賓を見た瞬間、村が襲撃されたときの白い生き物を思い出した。私がココヤシの林で身を隠していた時に見た、白くてつるっとした頭に、白いふわふわした不思議な布。足元には奇妙な革が被っており、らんらんとした眼は色がなかった。私はインデプに長の横にいるのは誰なのかと尋ねた。
「あれは最近この街と商売をするようになった、海の向こうから来た人たちだよ。うちの村で作る織物を買ってくれるんだ。船という、海を渡る乗り物で来ているから、水も買ってくれる。その代わりにあちらも毛織物という布を売りたがっているんだけど、何せここは暑いからね。何に使えばいいのか分からないものを買うわけにはいかないので、今交渉を進めているところさ」
私は来賓を見ていて怒りが込み上げてきた。村を襲ったのはあの人達である可能性がある。私は深呼吸し、来賓の方をあまり見ないようにした。似ているけれど別の人たちかもしれない。
大宴会が始まり、まずは子供たちの唄から始まった。
Love Song Tahiti (huapala.org)
http://www.huapala.org/Lo/Love_Song_Tahiti.html
次に太鼓の音が高らかになり、踊り手たちが広場の中心の薪の方へ向かった。
二列に向かい合って、少しずつ進みながら踊っていく。
これを見て私は驚愕した。この踊りは村で豊作だった時に捧げる男舞だ。
動きの切れや完成度は違えども、回転や跳躍、足踏みなどの組み合わせは紛れもなく私の村で兄やタンガロアおじいさん、カイやアリキといった従兄達が踊っていたものだ。
街の長から長い挨拶があり、この時こそ街の言葉がもっとわかればと悔しかったことは無い。恐らく難しい事を言っているのだろう。
大量の食事が皆にふるまわれ、私達にもお皿が回ってきた。バナナの葉に乗せられた食事は、やはり村で食べていたものとあまり変わらない。猪か豚かの違いだけかもしれない。他の野菜はほとんど同じものが使われていた。共通点に興味が出て、私は食事を担当している人のそばに行ってもっと詳しく見てみた。
するとインデプがやってきて、唄の準備ができたから、あなたも列に居なさいと言う。
「口をぱくぱくしていれば大丈夫よ。ほら、早く来て。」
私たちは薪に背を向けて円形に並ぶと、唄を歌い始めた。
「海を越えて幾月日。私はこの地へ流された。太陽と月が何度も沈めども、水に浮かんでは沈み、沈んでは浮かび、私はこの浜へたどり着いた・・・」
この歌詞に、あっという声が出そうだった。古語で唄われるこの曲は、私たちの村のものと同じ歌詞だった。
その後は人の名前と、その人が何をやっていたか簡単な説明が続く。確かにこの唄は長い。30分ほど唄ったところで、私はまた奇妙な歌詞を聞いた。
「カフランギとマイアの息子のロンゴ・・・・・、マナとミルの娘のモアナ・・・・・。彼らの息子達のタフリリ・・・・・とタネー。タネーは神殿の踊り子。十八の時に海に流されて行方不明」
ほんの少しの歌詞ではあったものの、私は驚いて口を閉じて聞き入ってしまった。
その他の歌詞は記憶に残らないほど、私はその時に出てきた歌詞を頭の中で繰り返した。
「タネーは神殿の踊り子。十八の時に海に流されて行方不明」
この歌詞がしっかりと頭の中に焼き付いた。
唄が終わって周囲から満場の拍手がわき、巫女達が元居た位置に戻ろうとしても、私は足が動かなかった。次の瞬間、私は自分の村で歌っていた祖先の唄を歌い始めた。
「カフランギとマイアの息子のロンゴ、マナとミルの娘のモアナ。彼らの息子達のタフリリとタネー。タネーとウィートゥの息子・・・・・・」
その後も唄い続け、最後のマナの名前まで唄い切った。
会場ではざわざわとした声が広がった。
私は、会場に向けて大きな声で言い放った。
「これが私の村に伝わる唄です。タネーお爺さんは私の先祖でした」
長が私の所へ駆けてきた。「今の唄をもう一度」
私は長の前でもう一度最初から唄った。
「君の祖先は海からやってきたんだね?」
「はい」
「どのような暮らしをしていたか分かるかい?」
「一人で村を作り、畑を作り、家族を持って暮らしていました。」
「そしてあなたがその子孫だと」
「はい」
「ここの街とあなたが来た所で、何か共通点は?」
「古語が通じます。言葉も少し共通点があります。そして唄もいくつか共通点があります。食べ物も似ています。あとは先ほどの男舞の踊りの振付が同じものでした」
それを話している間、私は自分の喉がグルグルなり始めたのに気が付いた。そして強い眠気。
次の瞬間、私は地面に倒れて気を失った。
眼を覚ますと、長の他、マイナおばあさんやインデプ、テマナオ達がこちらを覗き込んでいる。
「私・・・またお告げですか?」
「そうだよ、ティア。この間あなたに懸かってきた老人の男性だった。その男性に家族全員の名前とどこから来たか尋ねたところ、その人は唄に出てくるタネーで、この街の出身だった。あなたの村で巫女や審神者のなり手が減ってきており、心配して自分の故郷となんとかつなぐことができないかと思ってあなたをこの地に導いたそうだ。」
「ということは、ティアはこの街の末裔、という事になるのね!」マイアお婆さんが嬉しそうに大声をあげた。
その後は、街じゅうの人たちがお祝いに来てくれた。そしてタネーお爺さんのお兄さんにあたるタフリリさんのご子孫は、じつはマイアおばあさんとタネロレだということも判明した。遠い昔の祖先なので、私たちの血はもう薄くなってしまっているが、でも祖先が兄弟だったとの偶然に、私たちは涙を流して喜んだ。
岩島で豪雨と波にのまれてここへ来た私は、気が付いたらもっと大きな自分の家族の中にいたのだ。
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